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自殺者

 それは月曜日の朝の時刻は七時四十分頃の時だった。

 まだ登校するには少し早い時間帯。それでも数人の生徒と教師が、その瞬間を目撃した。

 立ち入り禁止となっている屋上。本来なら誰もいないはずの屋上から一人の女子生徒が飛び降りたのだ。

 頭からコンクリートに落ちていったその身体は、誰が見ても助かるものではなかった。


 女子生徒が屋上から飛び降りたという情報はすぐに学校中に駆け巡る。女子生徒が落ちた後でも、救急車で搬送されていく場面を大多数の生徒が目撃していれば、それは当然のことだった。

 殺人の可能性を疑い警察の調査が入るも、飛び降りる瞬間を見た数人の目撃者から、すぐに自殺として処理された。 

  

 日常の中に突如襲ってきた非日常。

 誰もが思うだろう。

 どうして、なぜ、一体原因は何なのか。その自殺した女性は一体誰で、彼女はどんな背景を持っていたのかと。  

 いじめがあったから。男に振られたショックで。実は大きな事件に巻き込まれており、どうしようもなくなって自殺したんだとか。不謹慎であると自覚しても、様々なうわさや憶測や駆け巡っていく。

 

「いじめも、男女間のトラブルも、ましてや裏でヤバイのに巻き込まれたって話も全部デタラメみたいだけどな」


「いじめは自殺の原因として一番ありそうじゃない?」


「いやいや、彼女はそんな感じじゃないって。確かに一人でいるとこしか見たことないけど、孤独ではなく気の強い孤高って感じだったし。実際、ソイツと同じクラスメイトの奴から聞いてもイジメなんてなかったってハッキリ言ってるぜ」


「卓也は自殺した生徒が誰だったか知ってたんだ」


「去年、委員会が同じだったってぐらいでまともに話したことはないけどな。つか、外見は良かったし、お前だって顔ぐらいは分かるだろ?」


「いや、知らないけど」 

 

 空藍は首を横に振る。

 同じ学年なので廊下ですれ違ったことぐらいはあるだろうが、別にそれだけだ。

 少なくとも同じクラスだったことはないし話したこともない。少女の名前を聞いてもその顔が浮かび上がることはなかった。


「ホントにホントか? 顔の良さもだが、何より目立つ見た目だったろ?」


「……そう言われると実は友達だったかもしれない。うん、何だかそんな感じがしてきたぞ」


「まぁ、お前がいなかった間に起こった事件に関してはこんな感じだ」


 話し終えた卓也は少し長めに息を吐きだす。


「ありがとう、教えてくれて。後でジュースを奢ってあげようと思ったけど無視されたから奢らない」


「いや、奢れや」


 苦笑いを浮かべながら卓也は頭をかき、窓から外の景色に目を向ける。 

 

「俺も殆ど関わりがなかったとはいえ、こんな身近に誰かが死ぬってのは結構ショックがあるもんだな」

 

「…………」


「美少女だったのになぁ……」 


「それは残念だったねぇ……」


 そう言ってお互いに顔を見合わせて、ぷっと笑った。


  

 

 *


 昼休み。

 空藍は弁当箱を片手に廊下を歩く。

 既に全校集会が開かれており、少女の葬式も終わっているらしい。

 自分がいなかった一週間の間に、そんな事件があったのかと改めて反芻する。

 

 空藍が卓也から事件の概要を聞いたのは、単純に情報が欲しかったから。

 面識もない相手に対して、自殺の原因、その内情を詳しく知りたいという欲求も興味もない。

 ただ、少女の死とは別に、胸の奥にえもしれぬ感情があった。この感情が一体どこから来るものなのか考えるより先に、空藍は(くだん)の女子生徒がいた教室を通りかかる。

 

 出入口から見える教室ないの景色。

 生徒の半分もいない教室の中で、花瓶の置かれた机を見つけるのは簡単だった。

 そしてその机の前で、女子生徒が一人、俯いて立っている姿はどこか異質でとても目立つものだった。



 *

 

 生徒会長を恋人を持つ空藍もまた、生徒会の一員でもある。


 吉川涼香と知り合ったのは空藍が生徒会に入る前の出来事ではあったが、彼女に生徒会に誘われなければ、そのまま彼女と交流を続け、仲を深め、そして付き合うこともなかっただろう。 

 生徒会では書記を務める空藍が生徒会室まで行くと、その扉の前でお弁当箱を手にした眼鏡の女子生徒が立っていた。


「入らないんですか、舞香先輩?」


「っ」 

 

 空藍に声をかけられた少女が、驚いた様子で振り返る。

 生徒会副会長、細野舞香(ほそのまいか)。彼女はズレてもいない眼鏡に手を当てた。


「望月君……」


「ん……、何かありましたか、舞香先輩? 顔色が悪いように見えるんですが……?」


「何でもない。何もないわ……」


 そう言って舞香は空藍から顔を背け、扉から一歩離れる。


「え、入らないんですか?」


「二人の邪魔をするほど無粋じゃないわよ」


「別に邪魔だなんて思いませんよ」

 

 舞香は黙ったまま左腕を軽く撫でた。

 そしてそのまま背中を向けて歩き出す。

 若干の戸惑いを残しながら扉を開けると、中には涼香の姿があった。


「もしかして舞香がそこにいた?」


「はい。でも邪魔になるからーって離れて行きました」


 それを聞いて涼香は溜息を吐く。


「別に邪魔だとか思わないのに……」

 

「舞香先輩に何かあったりします? 普段と様子が違って見えたんですけど」


「空藍君もそう感じたかい? 実は舞香は先週の月曜日から水曜日まで風邪で休んでいたんだけど、それからなんだ。誘っても断られて、何故か私を避けるようになってる……」


 涼香は舞香を心配した様子で呟く。


 涼香と舞香。

 二人は幼少期からの付き合いで幼馴染の関係であり親友同士だ。空藍と付き合いだしてからは空藍と二人だけで過ごす機会が増え、反対に舞香と共に過ごす時間は減っているが、だからといって仲が悪くなった訳ではない。

 学校で空藍と昼食を摂らない時は一緒だし、何だかんだと三人で一緒に過ごす時もある。最近、喧嘩したわけでも怒らせた記憶もない。先週から急に変化した態度に戸惑いや不安を感じていた涼香だったが、段々と苛立ちを覚えるようになっていく。


「いくら私が悩んでも仕方ない。原因が何なのか、本人からはっきりと聞き出さないと」

 

「何かあれば僕も力になりますよ」


「相変わらず心強いな。困った時は迷わず頼りにするよ」


 当然のようにそう言ってくれる空藍に、涼香は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 苛立ちもどこかに吹き飛んで、恋人としての短い昼食の時間を楽しんだ。

 

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