大切な貴方にこの想いを①
誰かが居ると分かった時点で、その相手が誰なのかは不思議と予感があった。
異界に来る直前に見た、涼香と舞香の姿。
その舞香はデスゲームのプレイヤーであり、朔乃を殺した相手。そしてその殺された朔乃は、どういうわけか幽霊として今この場にいる。
そして場所も学校の中だと関連が続けば、自然と相手が誰だか想像出来てしまう。
「望月……君」
呆然とする舞香を見ながら、空藍は思考を回す。
舞香はデスゲームのプレイヤーではあるが、空藍は違う。
理由は分からないが、突然この世界に呼び出された一般人だ。だから当然、舞香と朔乃のように二人で殺し合う必要性がない。
朔乃からこの異界やデスゲームのこと。舞香がプレイヤーであることを知っているから思わず警戒する気持ちが出てしまうが、デスゲームのことなど空藍には関係のない話だ。
今の最善は、無知を装うこと。敵意がないと伝われば相手の警戒心も薄れるだろう。
「良かった、舞香先輩。気付けばこんな意味の分からない場所にいて、しかも誰もいなくて……。舞香先輩、一体ここが何処かわか……――」
不安と安堵を織り交ぜた表情を作り出しながら、舞香に歩み寄っていた足が思わず止まる。
彼女が突然、声を上げて笑い始めたからだ。
「涼香がいるっていうのに、どうして……? これ以上、何を望んでいるの……?」
「舞香……先輩?」
端正だった舞香の顔がぐにゃりと歪む。
どこか虚ろにも見えた彼女の瞳に、炎が燃え盛る。
「ああ、良かった――」
それは憎悪に燃えた瞳だった。
「『エネプシゴス』」
「望月君、避けて!!」
突如、舞香の背後に人型の何かが現れた。
頭からつま先まで灰色の肌。背中には翼を生やし、両腕のない女の形をした肉体。その体には囚人のように黒い拘束具が巻かれており、目の部分もマスクで隠されている。
そんな人ではない何かの、本来なら腕のある両肩の近くで、一瞬だけ何かが煌めく。
「ッ!?」
空藍は本能に従って、倒れるように地面にしゃがみ込む。
直後に何かが空藍の頭上を通過し、そのまま壁に炸裂した。
全身から冷や汗が噴き出す。
間違いなく今、殺されそうになった。
「やめてください、舞香先輩!!」
いや、今も殺されそうになっている。
空藍が叫ぼうと、舞香の憎悪に満ちた表情は変わらない。再び、彼女の背後で浮いている何かの両肩辺りが煌めく。それよりも一瞬速く、空藍は体を翻した。
「ぐっ!?」
右腕に鋭い痛みが走る。見ると、切り裂かれたような一筋の傷が生まれている。
空藍はそのまま転がるように階段の踊り場に身を隠し、足を止めずに二階へと降りていく。
「逃げるな!!」
「っ、どうしてですか!? どうして攻撃してくるんですか!!」
背後から追ってくる気配を感じ取りながら、空藍は叫ぶ。
これを言うべきかどうか一瞬迷ったが、一縷の望みをかけて叫ぶ。
「僕はプレイヤーじゃない!! それぐらい、印とやらで分かるんでしょ!?」
返答は、不可解な存在からの攻撃だった。
空藍が居た場所に、一瞬遅れて攻撃が突き刺さる。
三階から二階に降り、足を止めずに廊下を駆けた。ほんの数秒遅れて舞香が廊下に姿を現すのを、空藍は首だけ動かして確認する。
舞香の背後霊のように存在するモノから、一瞬の光が煌めく。反射的に空藍は、壁に体当たりするように横に飛び、飛来するソレを避ける。
「ちょこまかと!!」
再び、背後霊のような存在――『エネプシゴス』から攻撃が飛来するが、空藍はギリギリのところで渡り廊下の曲がり角に身を隠した。
本校舎から第二校舎に移動しながら空藍は口を開く。
「あれが、『異能』だよね!?」
「そうよ!」
緊迫した表情で朔乃が応じる。
『異能』
ゲームマスターから、デスゲームのプレイヤーに与えられる特別な力。
舞香の異能は進行形で体験している通り、彼女の背後にいるモノを召喚する力だろう。その背後にいるエネプシゴスが、殺傷能力のある攻撃を放ってくる。
朔乃からの事前情報がなければ、初撃を完璧に躱すことは叶わなかっただろう。
「速いし透明で見えないけど、恐らく刃物のようなモノを飛ばしてきてる!」
「透明だけど、ちゃんと見れば輪郭は見えるよっ」
飛んでくるのはスマホのような長方形の物体だ。握り拳分の大きさもないが、代わりに速度がある。透明で見にくく、見てから回避を行うにはリスクの高い、厄介な攻撃だ。
「えっ!?」
「それに、彼女自身の身体能力も上がってる!」
空藍は、自分が運動神経に優れているという自覚がある。足の速さも同学年の中ではトップクラスだし、それに加えて舞香とは男女差もある。にも関わらず、背後から追ってくる舞香を引き剥がせない。
全力で走ってもこの状態では、スピードが少しでも落ちれば確実に距離を詰められる。
飛来する攻撃が耳元を通り過ぎ、渡り廊下のガラス扉を貫いた。体を掠ったのを感じ取りながら空藍は渡り廊下を走り切り、曲がり角を曲がる。
「仕掛ける、合図をっ」
「え、あっ、わ、分かった!」
空藍の意図を察して、朔乃は渡り廊下を覗き込む。
「っ、来た!」
舞香が渡り廊下を走りきった絶妙なタイミングで、曲がり角の影から空藍が飛び込む。
「なっ!?」
予想外の待ち伏せを受け舞香は動揺するも、彼女のエネプシゴスの両肩の付近から、空藍に向かって一瞬の光が煌めく。
だがそんなことは想定内であり、空藍はほぼ同時に、スライディングするように体勢を低くして攻撃を掻い潜る。そのまま勢いをつけたまま、空藍は右腕を大きく振った。
空藍の右手には、割れたガラス扉の破片が握られている。
心の中で短く謝罪をしながら、空藍は躊躇うことなく、舞香の右足に向けてガラスの破片の先端部を突き付けた。
「っ!?」
突き刺すつもりでやった。手加減できる余裕もなく、全力でだ。
だが、空藍の右手に伝わってきた奇妙な感触。
まるで大地に刃を突き立てたような感触。率直に言えば硬かった。舞香の右足にかすり傷一つ付けられなかったのだ。むしろ予想外の手応えとその反動を受け、ガラスの破片を持っていた空藍の右手に傷がつく。
「くそっ!」
不意打ちは失敗し、舞香を怯ませたり動揺を誘えなかった。
リスクを承知で行ったが、結果は想定外であり最悪だ。お互いの距離が一メートルもない。
空藍は再び渡り廊下に飛び込む。その背中を、彼女のエネプシゴスは狙いを定めた。
右頬に鋭い痛みが走り、同時に眼帯が切り落とされて外れる。
首筋に切り傷が生まれた。
あと数センチ横にずれていたら危なかったが、幸いにも大した傷ではない。
右肩、右脇腹が貫かれた。
空藍の体に穴が開く。致命傷でないことだけが、不幸中の幸いだ。
「いやぁああああ!? 望月君ッ!!」
「――ッ!?」
一瞬、様々な衝撃を味わって意識が途切れたが、空藍は足を踏ん張らせる。
そのまま勢いをつけて渡り廊下の塀を乗り越え、二階から中庭に向かって飛び降りる。
「~~~~ッッッ!!?」
芝生の上に飛び降りて上手に受け身を取る予定だったが、流石に大怪我を負った直前でそれは高望みし過ぎたようだ。
芝生の上で無様な受け身を取って転がる空藍の全身から、火が噴き出るような激痛が駆け巡る。
「ああっ、く、そ……っ!」
悶絶している暇がないのは百も承知。今すぐ動かなければならないのは分かっているのに、体が硬直して言うことを聞かない。
そしてその一秒程度の僅かな時間は、今の空藍には致命的だった。
「――――」
二階の渡り廊下から舞香が見下ろしている。
彼女の異能も、同じように空藍を見下ろしている。
視力には自信のある空藍だったが、大怪我によるせいか、視界がぼやけて彼女が今どんな表情をしているのか分からなかった。
(無理……かな……?)
次に放たれる攻撃を上手く躱せたとしても、舞香が同じように二階から飛び降りて来れば、結局は逃げられない。別に飛び降りずとも、再び空藍と追い掛けっこ繰り返しても同じだ。血痕は隠せないし、舞香を振り切って逃げられる自信はない。
(ならもう、一つしかないけど……、その前にまずは攻撃を避けないとなぁ……)
体に全然力が入らないこの状況。最低限の動きだけで、どこまで攻撃を躱せるかは殆ど運任せだ。
だがそれでも、例え僅かだとしても、生き延びる為の可能性を高めるために、空藍は舞香の異能を、その攻撃の発射口を睨みつける。
「ダメ……っ! そんなの、絶対にダメッ!!」
「さく……?」
朔乃が叫ぶ。
その絶叫に思わず視線をずらしてしまった空藍の瞳に、彼女の両手首に着けられた紅いブレスレッドが映り込む。
舞香に向かって突き出された、朔乃の両手の平。紅く光るブレスレッド。
同時に、彼女の手の平から炎の玉が発射された。
「そんなっ!?」
二階からでも分かる、舞香の驚愕。
空藍も同様の感情を抱いたが、彼には素直に驚いているだけの余裕はない。
「あり、がとうっ!」
ペッと血を吐きながら、空藍は校舎の中に向かって駆け出す。
朔乃の放った炎の玉は、舞香に当たらず壁に阻まれたが、彼女を怯ませるには十分だった。
舞香が渡り廊下から顔を出して攻撃を放ってくるが、全てが空藍の背後に着弾する。
一時的ではあるが、今度こそ彼は舞香の視界を振り切って、校舎の中に姿を隠した。




