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異界

 店を出て、空藍は綾乃とましろの背中を見送る。

 昨日と同じ、今日も綾乃はましろの家に泊まることとなった。最初は遠慮していた綾乃だったが、ましろの言葉に説得された形だ。


「あたしは、早くあの家を出て行きたかった……」


 空藍の隣で、朔乃がぽつりと呟いた。


「高校を卒業したら一秒でも早く、綾乃と一緒にあんな家から出て行ってやるって思ってた。家族との思い出なんて……、そんなこと全然、考えたことすらなかった。綾乃も自分と同じで早く家から出て行きたいんだと勝手に思っていた」


 でも内心では違っていて亡くなった両親が残してくれた家から離れたくないと言う。「あたしは薄情ね」と、朔乃は自嘲気味に笑う。

 

「薄情って……、何の冗談さ。面白くもない」


「え?」


「何を勝手に落ち込んでいるのかは想像は出来るけど、別に君は間違っていないでしょ。家から出て行きたいっていう考えは、自分と綾乃ちゃんを守りたいという思いから来るものなんだし」


 綾乃は難色を示し、その理由も理解出来るし代案もあるが、やはり空藍の考えは変わらない。何か起こる前に早く家から出るべきだと。


「でもだからといって、綾乃ちゃんの思いが間違っているわけでもない。逃げたくないという、彼女の想いはとても尊くて共感を覚えたよ」


 当たり前の話だが、綾乃に落ち度など何もない。この件に関しては間違いなく義父こそが『悪』と呼べる存在だろう。その『悪』から、どうして自分の大切な家から逃げなきゃならないんだという綾乃の思いは至極真っ当ですらある。

 

「そうよね。出て行くのは、綾乃じゃなくてアイツの方よ……!」


 気力を取り戻した朔乃は、次に暗い笑みを浮かべた。


「明日、アイツを追い出す為に説得に行くのね?」


「時と場合によってはね。ただやっぱり、義父と会って話してみないとどうなるか分からないよ」


 朔乃の口から義父の存在は何度も聞くが、空藍自身は一度も義父に会ったことがない。義父の内面や外面によって、空藍の選ぶ説得の言葉を変わってくる。


「出来れば穏便にいきたいね」


「あたしとしてはガツンとやって欲しいわ」


 空藍は苦笑いをして返す。

 義父の心境次第だが、和解も選択肢の一つにあると知れば彼女はどんな顔をするか。まあ、朔乃だけでなく綾乃の気持ちを考えれば限りなくゼロに近いが。



 *

 

 帰宅の途中、自転車の上で空藍は見知った二人の後ろ姿を見つける。

 

「あ、先輩達だ」


「ん、どこ? ……あれ? 望月君、よく見えたわね」


 自転車を止めて空藍が指をさした方向に朔乃は目を凝らし、感心しながらも呆れるような声を出す。

 二人も放課後に寄り道したのだろうか。少し帰り道から逸れるが、昼のこともあるし声ぐらいは掛けようかと空藍が考えた時、それは起こった。


 

「ッ!?」

 

 ――ズンと、全身に圧し掛かる強烈な重力。

 それは一瞬のことで痛みを感じる間もなく、また痛みが体に残ることもなかった。


「はあ……?」


「なっ!?」


 そんなことなどどうでもよくなるぐらい、目の前にはありえない光景が広がっていたのだ。


 頭上に浮かぶ二つの太陽。二つの月。

 橙色の空模様の下で、空藍は屋上に立っていた。


「異界……!」


 朔乃は茫然した様子で呟いた。


 

 *



 朔乃が『ソレ』と出逢ったのは、義父に襲われそうになった金曜日の夜だ。

 綾乃の手を引いて家から逃げ出して歩いていた朔乃は、気付けば全くの知らない場所に立っていた。


 二つの太陽に二つの月。暗く染まっていた空は、夕暮れのように色で染まっている。

 綾乃の手を引いていたはずなのに、今は自分一人。幻覚を見ているにしてはあまりにもリアルで、思わずパニックを起こしそうになった時に『ソレ』が現れた。

 


 綺麗だと思った。美しと思った。

 朔乃だけでなく他の誰に聞いても、同じように見て答えるだろうと断言出来る程の、圧倒的な美少女。だが同時に、目の前の存在が『人』ではないことも一瞬で理解出来た。

 理屈ではなく本能で、目の前の人のカタチをした人ではない存在だと。

 もしかしたらそれは、神様と呼ばれる存在なんじゃないかと朔乃は思った。

 

 『ソレ』は言う。


『おめでとう! 君の願いは『デスゲーム』に参加する資格を満たしたわ! 君が最後のプレイヤーよ!』

 

 神秘的な外見や雰囲気からは想像もつかないような、陽気で軽い声だった。


『デスゲーム』

 最後の一人になるまで、『印』を刻まれた他のプレイヤーと殺し合いを行うこと。

 最後まで勝ち残った勝者には、どんな願いだろうと叶えられる権利を得られると、『ゲームマスター』と名乗る『ソレ』は語った。

 

 殺し合い? 願いが何でも叶う?

 どれも創作の世界ではありふれた設定の話。されど現実ではありえない話。馬鹿らしいと本来なら一蹴するべきだが、朔乃は信じた。

 自分が今居る現実的じゃない世界。何より目の前の存在が、それを可能に出来ると、根拠もなく信じられてしまった。

 

 そして、二日後の日曜日。その夕方。

 同じく『デスゲーム』の参加者であった『細野舞香』と朔乃は戦い、彼女は敗れた。


 

 *


「どういうこと……!?」


 太陽と月が同時に二つずつ存在する空を見上げて、朔乃は叫ぶ。

 

 異界。

「戦場としておススメだし有効に使ってね」と『ゲームマスター』が言った現実とは異なった裏の世界。

 朔乃と舞香が呼び出されて戦った世界。朔乃が死んだ世界でもある。

 

「どうしてまたこの世界に呼び出されているの!? だってあたしはもうっ……!」


「取り敢えず落ち着こうよ」


「逆にどうして望月君はそんなに落ち着ているの!?」


「君が僕の代わりに取り乱してくれてるからね。それに、事前に話を聞いていたからかな」


 昼休みの時に、異界のことやデスゲーム、舞香との勝敗についての、俗に言う『信じられない話』は聞いている。事前情報がなければ流石にもっと動揺していたはずだ。

 

「ここに呼び出された心当たりは何もないんだよね?」


「全くないわよ。望月君こそ、実はデスゲームのプレイヤーだったりはしないわけ?」


「確かに僕がいきなりこんな世界に来た理由としてはあり得そうだけど、でもプレイヤーは『印』を与えられるんだよね?」


 デスゲームの参加者が持つ『印』。

 朔乃の太ももに、菱形をした傷痕のような印があった。五メートル範囲内で相手がプレイヤーかどうかを判別する機能が備わっており、朔乃がゲームマスターに与えられたモノらしいが、空藍にそんな印はない。誰かに印を与えられた記憶もない。


「……あぁ」


「どうしたの? やっぱり望月君の方に心当たりがある?」


「いや、そっちはないけど。そう言えば夢で、こんな光景を見たことを思い出したよ」


「どういう意味?」


「言葉通りの意味。今の今まで忘れてたけど、太陽が二つに月も二つ。この橙色に染まったこの光景を夢で見たんだよ。まあ、だからどうしたって話ではあるんだけど」


「えぇ……? 凄く気になるし、それが原因なんじゃないの?」


「かもね。誰か答え合わせしてくれないかな」


 空藍は自分が今立っている場所を確認する。

 屋上。見覚えのある校舎に校庭。自分が通う高校の屋上で恐らく間違いないだろう。

 夢の中では校庭や門の所に何か変な存在がいた気がしたが、記憶にモヤがかかっていて思い出せない。今は人影一つ何も存在していない。


「どうやったら元の世界に戻れるとか分かる?」


「……あたしが二回目にここに呼ばれた時は、相手を倒さないと出られないって言われたわ」


「ゲームマスターって名乗る、凄い存在にだよね?」


 朔乃は頷き、空藍は困った表情を浮かべる。

 今のところ、ゲームマスターと呼ばれる存在が現れそうな気配はない。スマホを見てみるが予想通り圏外。さて、どうしたものか。


「ジッとしてるのも手だけど、適当に動いてみるよ。なんか扉とか分かりやすい出口があればいいなぁ」


「やっぱりちょっと落ち着きすぎじゃない?」


「一人じゃないからね。君も一緒で心強いってのもあるよ、うん」


「どうかしらね。望月君なら一人でも平気そうな顔してそうだけど。慌ててる姿なんてもう想像出来ないわ」

 

 どこか呆れられた表情を向けられながら、空藍は屋上から移動を開始する。

 

 四階から、教室の一つ一つをゆっくりと見て回る。

 机の中に入っている教科書。ロッカーの掃除道具。水道の蛇口をひねっても水は出てこない。

 人が全くいなくなっただけど、置かれてある物は他は現実の世界と全く変わっていないように思う。

 スーパーやコンビニに行けば食料がそのまま置いてあるかどうか。食料があれば最悪一週間ぐらいは何とかなるかと、空藍は三階に降りる階段の前に辿り着く。


「…………」


「望月君?」


 不意に悪寒がした。

 この階段を降りれば、後戻りは出来ないという予感があった。

 

「っ」


「望月君!? 本当にどうしたの!?」


「い、いや……」


 ドッドッドっと、心臓の音が早くて五月蠅い。

 このまま屋上に引き返してしまおうか。もしかしたら今ならまだ間に合うかもしれない。

 だが同時に、引き返すにはもう、あまりにも遅過ぎると矛盾した思いも抱く。


 空藍はゆっくりと深呼吸し、階段を一段ずつゆっくりと降りていく。

 最後の段差を降り三階に辿り付いた時、人の気配を感じ取った。それは朔乃も同じだったようで、彼女は空藍から三メートル先行し、階段の踊り場から三階の廊下に顔を覗かせた。

 

 「望月君、来ちゃダメ!! 逃げて!!」


 朔乃は血相を変えて叫ぶ。

 それを見て空藍は、何故だか苦笑いを零してしまった。

 空藍と朔乃が誰かいると感じ取ったように、向こう側もそれに気付いていた。

 

「居るんでしょ!? 出てきなさい!!」


「望月君、ダメ!行かないで!!」

 

 無理だよと、空藍は心の中で呟く。

 少女の声だった。しかも、知っている声だった。


「今行きます、舞香先輩……」


「ッ!?」


 空藍は階段の踊り場から廊下に出る。

 眼鏡をかけた少女の顔が驚愕に染まっている。

 細野舞香。


 生徒会所属の副会長。そしてデスゲームのプレイヤー。

 

 泉朔乃を殺した少女と望月空藍は、異界にて対峙を果たす。

 

 

 

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