出逢い
放課後。
『お昼は素っ気ない態度でごめんなさい』と涼香にLIMEを送り、空藍は教室を出て駐輪場に向かう。
朔乃の衝撃的な話を聞き、舞香には殺す理由があったのが分かった。
その是非は一旦おいて起き、少なくとも涼香と一緒に居ても舞香が彼女に害を与える心配や、その必要性もないと知れた。いくら二人が親友同士とはいえ、恋人と殺人犯が一緒だと不安を抱く。だが、今のところは大丈夫そうだと空藍は安堵した。
朔乃の話が真実なら、今の自分が力になれることはない。
なので当初の予定通り、今の自分に出来ることをやる。
朔乃のバイト先の喫茶店は、空藍も何度か入ったことのあるチェーン店の一つだった。
約束の時間の二十分前に店に入り、テーブル席を確保する。
コーヒーを注文し、教科書を手に時間を潰しているとスマホが震える。電話だ。
「もしもし、綾野ちゃん?」
『……そうです。……お店にいますか?』
「いるよ。待ってる」
電話を終えるとすぐに、店に制服を着た二人の少女が入ってくる。
左目に泣きぼくろがある明るい茶髪の少女と、全体的に色素の薄い灰色髪の少女だ。
「綾乃よ!」
「茶髪の子?」
「そうよ」
利発そうな顔立ちだ。姉妹だけあって目元もよく似ていると思いながら、空藍は席を立ち上がり軽く手を振る。
(なら、もう一人は誰……?)
透明感のある白い肌。長い髪を両側面から持ってきて後頭部にまとめた、お嬢様結びとも呼ばれる髪型。色素が薄い原因なのか瞳の色は青く見え、灰色の髪といい特徴的な外見をしている。だが、目を惹きつけるような明るさはなく、体の線が細くて全体的に儚い印象を受ける。
そんな少女を見ていると、空藍は名状しがたい感情が湧き上がってくる。
「あの……? 望月空藍……さん、ですか?」
「望月君?」
「あ、うん。そうだよ。ありがとう、来てくれて」
空藍は灰色髪の少女から慌てて視線を綾乃に移し、席に着くように促す。
「先輩?」
「え、えぇ」
綾乃と、ワンテンポ遅れて灰色髪の少女が席に着く。
「二人とも何か飲む?お金はこっちが持つから何でも注文していいよ」
「あのっ!」
空藍の言葉を遮るように綾乃は声を張り、テーブルの上に一台のスマホを乗せた。
それを見て「あっ」と朔乃は声を上がる。
「あたしのスマホだ」
「これ、お姉ちゃんのスマホなんです」
そう言って綾乃は空藍を睨みつけるように見た。
「どの連絡先にも望月空藍なんて人の名前、ありませんでしたよ。お姉ちゃんの彼氏なんて嘘ですよね。それどころか、友達かどうかも怪しい。一体どういうことなんですか?」
最低限の信用を得た後ならまだしも、初回でバレるとは想定外だ。早すぎる。
「……」
君のお姉さんは幽霊になっていて、そんな彼女と知り合ったのが昨日だったからだよと、馬鹿正直に答えるわけにはいかない。
「ど、どうするの?」と横で焦っている朔乃の声を聞きながら、空藍は片手で顔を隠すように覆い、俯く。
「君のお姉さん。朔乃には何度か告白したんだけど振られてて、結局最後まで片思いだったんだ……」
悲しげな声と共に空藍は顔を上げて、寂し気に笑う。なるべく同情を誘えるように。
「はは、ゴメンね。僕の見栄の為だけに嘘をついて……ごめん」
空藍は頭を下げて謝罪を口にする。綾乃と灰色髪の少女が戸惑った様子なのを感じ取りつつ、間を置いてから顔を上げる。そしてその時には、強い意志を宿した真剣な表情を浮かべていた。
「でも、朔乃が妹である君を心配していたのは本当だし、君達の事情を知っている僕が何かの助けになりたいっていうこの気持ちも本当なんだよ」
「事情?」
灰色髪の少女が軽く首を傾げ、綾乃が唇を噛みしめるように俯く。
彼氏という嘘がバレても、空藍が朔乃と綾乃の姉妹とその義父との間に、一体何があったのかを知っている事実は変わらない。誰にでもする話ではないからこそ、それは朔乃からある一定の信用を得ていたという左証だ。例えそれが、彼女が死んだ後で知った話であっても綾乃にそれを確認する術はない。
「不信感を与えているのは分かるし、いきなり信じてくれとも言わない。それでも、勝手だけども、朔乃が大切に思う綾乃ちゃんの僕に助けさせて欲しい。そしてそれを、どうか許して欲しい」
「…………」
綾乃はどこか呆然とした顔で空藍を見ている。それから口を動かそうとするも、自分自身でも何を言いたいのかが分かっていない様子で黙っている。
「泉さん。何となくだけど、信じてみてもいいと思う」
「せ、先輩……」
綾乃は灰色髪の少女の方を見て、もう一度空藍の顔を見る。
「しょ、正直、わたしにはよく分かりません。助けるとか、許して欲しいとか、いきなりそんなこと言われても……。だ、だから、勝手にしてください……。望月さんが何をしようと、わたしに止める権利なんてありませんし……」
「ありがとう。なら、そうさせて貰おうかな」
思わぬ形で出鼻を挫かれたが、上手く軌道修正することが出来た。
やったことは感情のゴリ押しだが、空藍は内心で安堵しつつ笑顔を作り上げる。
「さ、二人とも。せっかく店に入ったんだし、改めて何でも好きなの頼んでいいよ」
やや遠慮した様子の二人も、最後はジュースを頼んだ。
ジュースが届く間、空藍は学生証を見せながらきちんと自己紹介し、綾乃もそれに続く。
「私の名前は波多野ましろです。泉さんが人と会うと聞きましたので、その付き添いとして来ました」
そして最後に灰色髪の少女、ましろが名乗る。声は決して大きくなかったが、不思議と耳に届く澄んだ声だった。
「昨日、先輩の家でお泊りさせて貰っていて、その、心配だからって付いて来てくれたんです」
「会ったことのない相手でしかも男だからね。いい判断」
後輩思いの子だな思いながら空藍は、わざとらしくましろを見る。当然、少女の碧眼と目が合う。
初めて見た瞬間よりは落ち着いているが、まだ胸の奥がざわざわとした感じが残っている。会話をしながら頭の片隅で、この想いが何なのかを冷静に分析しているが、未だに答えは出そうにない。
注文していた二人のジュースがテーブルに運ばれたタイミングで、空藍は会話を切り出す。
「話をする前に確認しておきたいんだけど、綾乃ちゃんはましろ……ちゃんに、家のことをどの程度話しているの?」
「それは……」
「今から綾乃ちゃんの家、義父のことで踏み込んだことを話すけど、ましろちゃんが聞いても大丈夫?」
綾乃はどこか気まずそうな視線をましろに向け、ましろは気遣うように受け止める。
「最後に決めるのは綾乃ちゃんだけど、話せるならきちんと話したほうが良いと思う。勿論、誰にでもではなく信頼出来る相手に限られるけど、何も一人で抱え込むことはないんだ。助けになってくれる相手は一人でも多いほうが良い」
「泉さん。私に何が出来るか分からないけど、あなたの助けになりたいって思うわ」
「き、昨日だって家に誘って貰ったのに、先輩は十分、わたしを助けて……」
躊躇いはしたものの、綾乃は俯いて話し出す。
自分の幼い頃に父親が亡くなり、それから母が再婚して義父が出来たこと。その義父が、母の死によって豹変してしまったこと。姉や自分の体を意味もなく触り、性的な対象として見てくるようになったこと。
それを嫌悪し、姉と二人で徹底して義父を避ける生活を送っていたこと。だが、同じ家に住んでいる以上は、顔を合わせないようにするのにも限界がある。
だからついに、我慢の限界を超えた義父が、姉を強引に押し倒し欲望の牙を向けたこと。この時は何とか未遂で済んで終わった。でも、この三日後に姉が自殺したということを。
「ひ、酷いっ」
ましろは青ざめた表情で口元を手で押さえている。
「君のお姉さん、朔乃は義父が綾乃ちゃんに何かしないか心配していた。二人がまだ同じ家にいるのはとても正常じゃない。だから僕の意見としては、綾乃ちゃんは直ぐにでも家を出て義父と距離を取り、児童養護施設に入るのが良いんじゃないかと思う」
空藍の言葉に綾乃は目を丸くした。
「それがいいわ、泉さん。私もある程度は施設に口添え出来ると思います」
名案だと、ましろは綾乃の方に目を向けるが、綾乃の表情はどこか暗い。
「……家を出ないと、ダメなんですか?」
「何かあるの?」
「あの家はわたしの、わたし達の家なんです。中古住宅だったみたいですけど、わたしが生まれた時にお父さんとお母さんが買った家で……、お父さんとの記憶なんて殆ど覚えてないけど、お姉ちゃんとやお母さんとの、家族との思い出が詰まった家なんです。それなのに、アイツのせいでお姉ちゃんも……。 なのに、どうしてわたしが自分の家から逃げなきゃならないんですか……?」
「綾乃……」
悲痛に満ちた綾乃の言葉に、朔乃が痛ましそうな顔を歪めた。
共感出来る部分もあるが、家に留まり続けて何かあってからでは遅い。空藍としてはやはり家を出るのが一番安全だと思うが、綾乃本人に抵抗があるのなら仕方ない。説得することも出来そうではあるが、ここは綾乃の意を汲むべきか。別に、児童養護施設に入るだけが手段じゃない。
「ならもう一つの案として、君の義父を説得してみようか」
「「説得?」」
「どういう意味ですか、空藍さん?」
「言葉通りで簡単な話だよ。綾乃ちゃんのお父さんに、綾乃ちゃんに変なことをするなとお願いするだけだ」
「はぁ?」
「い、意味が分かりません」
「……」
泉姉妹が眉をひそめながら困惑しているのに対し、ましろは僅かに黙考した後に成程と頷く。
「空藍さんが何を狙っているのかはおおよそ読めましたが、どう転ぶにせよ上手くいくんですか?」
「そこは実際にやってみないと分からないよ。相手の出方によっても変わるしね。そういう訳で、綾乃ちゃん。明日も会えないかな?」
「え?」
「早速だけど明日、君のお義父さんに会いたいんだ」
綾乃は驚きながらも「分かりました」としっかり答えた。




