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前触れ

 空藍が目を覚ますと、朔乃の顔が近くにあった。


「「っ」」


 ばっと空藍から距離を取る朔乃。

 寝起きの頭で何かを言おうと思ったが、面倒臭くて止めた。


「……おはよう」


「おはよう。思ったより早いのね。家から学校までそんなに遠くないわよね?」


 六時半の時計を見ながら朔乃が言う。空藍は流れっぱなしの曲を止め、ピピピとアラームの鳴り始めた目覚まし時計も止めた。


「自転車に乗れば二十分ぐらいで着くけど、それとは別にただの習慣だよ。朝のランニングの」


「昨夜も筋トレしてたけど、望月君って部活やってたの?」


「やってないよ。中学のバスケ部が最後」


 朔乃が部屋から出たのを確認し、空藍は素早く着替えて外に出る。走りながら、背後を振り返り「ところで」と口を開く。


「髪型変わってるね。似合ってるよ」


 昨夜、寝る直前まで胸の辺りまであった彼女の長い髪が、後ろで一本に束ねられてスッキリしている。俗にいうポニーテールだ。

 

「ヘアゴムとかどうやって用意したの? 物に触れないよね?」


「用意したとか物に触れたとかじゃなくて、なんか勝手に出来たわ。自分で髪を縛ったわけでもないし、気合……かしら?」


「ええ? 髪だけ変身したってこと?」


「ええ。でも、理由はあたしにも分からないわよ。ただ、基本はこの髪型だし、そのおかげでもあるのかも」


 へーっと相槌を返しながら、空藍は再び朔乃の方を軽く振り返る。髪型は変わったが、彼女の服装は変わらず制服のままだ。


「それなら服装も変えられるんじゃない?」


「確かに出来るかもしれないわよ。夜にでも試してみるわ」


 空藍は二十分ほど外を走ってから家に戻る。朝食を食べ。準備し、昨日より十分ほど遅い時間に登校を始める。

 教室に入ると卓也がやって来て、くだらない話で盛り上がる。その途中で灯里と久坂、他のクラスメイトも混ざり、チャイムの音が鳴るまで雑談した。

 平穏な日常の一コマだが、いつもと違うのは空藍の背後には幽霊がいるということ。朔乃の姿が見え、声を聞けた者はやはり誰もいかなった。



 *

 

 昼休み。

 空藍は弁当箱を持って廊下を出る。向かう先は生徒会室だ。


「教室で食べないの?」


「大体は生徒会室で涼香先輩と一緒に食べてるよ。今日は三人だけど」 


 ふーんと朔乃の気のない返事を聞きながら、空藍は生徒会室の扉を開く。

 部屋には既に約束していた二人揃っていた。


 空藍の恋人である、生徒会長の吉川涼香。

 涼香の親友であり、生徒会副会長の細野舞香。

 やあっと涼香は微笑み、舞香はクールに頷いて返す。

 

「なっ!!?」


「っ!?」


 お待たせしましたと、空藍は口を開こうとして失敗した。

 いきなり大声を出すなという怒りと驚き。そして突然どうしたんだという戸惑いを胸に、後ろを振り返る。


 「っ!」


 朔乃の驚愕に満ちた顔。その尋常じゃない表情を向ける相手を見て、空藍も動揺を受ける。


「どうしたんだい、空藍君?」


「いえ、何でもないですよ」


 空藍は椅子に座り、涼香と舞香と三人でお昼を食べ始めた。


「この三人で昼食を一緒にするのも何だか久しく感じるな」


「僕は一週間、丸々学校に来てませんでしたしね」

 

「私は空気が読めるので。二人の邪魔をしようとは思わないわ」


 会話を続けるも、背後が気になって集中出来ない。

 明らかに口数が少ない空藍の様子に、戸惑ったような涼香の視線を感じるも、反応を返すことはしない。

「ごめんなさい、少しやることが」と、一人だけ早くお昼を食べ終わり、空藍は生徒会室を出る。

 そのまま教室には戻らず、外に出て人気のない場所まで歩いた。


「ねえ、どういうこと?」


「…………」


 空藍の言葉に朔乃は俯いて返す。

 

「舞香先輩と知り合いだったの?」


 ――いや、と空藍は発した言葉を区切る。

 朔乃と舞香の二人が知り合いだとしても、それならそれで別にいい。実は仲良しだったと言われても、驚きはするが「そうだったんだ」で終わる。

 だが例え、知り合いだろうと友達だろうと、朔乃が舞香に対しての反応がやはり普通ではなかった。

 朔乃は一緒にいた涼香には殆ど視線を向けず、終始舞香にばかり意識が向いていた。怒り、憎しみ、恐怖、不安の四つが混じったような顔で、歯を食いしばるように黙っていた。

 そもそも黙ったまま何も言わないことが、言えないことが、ある意味で答えを言っているようなものだ。


「…………舞香先輩なの?」


「な、何が?」


「君を殺した相手は?」


「っ」


(思ったより素直な性格だな……)


 朔乃は何も言わなかったが、表情を見れば一目瞭然だった。

 昨日の彼女は犯人について「名前が分からない」と言った。だからこそ、生徒会室に入るなり朔乃は不意を突かれ驚いたのだろう。心の準備もなく自分を殺した相手が現れれば驚くのも無理はない。


 空藍は長い息を吐く。

 というか生徒会副会長の名前を知らなかったのかと。いやでも相手は上級生だし、関心がなければ別に知らなくてもおかしくはないかと、現実逃避気味にどうでもいいことを考え、空を見上げた。

 

 舞香と知り合ったのは、涼香と知り合ったのと殆ど同時だ。彼女の親友だと紹介され、そこから同じ生徒会役員として交流を持ってきた。上級生の中で、恐らく朔乃の次に仲の良い先輩。流石に二人で出掛けるほどの仲ではないが、一緒にいても苦を感じない相手。

 これまでの交流の中で、舞香が理由もなく人を殺すような危険な性格でないことは分かっている。

 正直な気持ちとしては、やはり信じられないし信じたくもない。何かの間違いだとそう思いたい。

 だが、朔乃の反応から決して演技ではないことが分かってしまう。

 

「こうなった以上は、きちんと教えて欲しい。舞香先輩と何があったの?」


「…………」

 

「どうして黙ってるの? 確かに君の声は誰にも聞こえないけど僕には届く。自分を殺した相手を捕まえて欲しいとか思わないの?」


「いいの。本当に大丈夫だから……」

 

「……昨日も同じこと言ってたね。それもどういう意味なの? どうせ無駄だからとも言ってたけど」


 犯人と犯行が分かっている以上、無駄だとは思えない。流石に幽霊の証言などは認められないだろうが、殺された本人にしか分からない手掛かりや証拠は手に入れられるはずだ。

 数秒の沈黙の後、朔乃は薄く笑った。


「言葉通りの意味よ。だってあたし、月曜日に屋上で飛び降り自殺したことになっているんでしょう?」


 頷く。自殺かどうかはともかく、屋上から飛び降りた瞬間の目撃証言もあるようなので間違いないだろう。

  

「あれ?」


 考えて気付く。

 昨日のお昼の時に涼香が、舞香は月曜から水曜日まで風邪で休んでいたと、そう言っていたのを思い出した。とはいえ、授業に参加せずとも学校に登校することは出来る。学校に来ている姿を誰にも見られなければ、風邪という単純だがアリバイにはなるだろう。

 そう考えたところに予想もしていなかった言葉を発せられる。

 

「だってあたしが死んだのって日曜日だもの。それなのに、どうやって罪を立証するの?」

 

「……どういう意味?」


 空藍は言葉の意味を読む。


(死亡推定時刻が一日ずれていることに警察が気付かなかった? それとも日曜日に眠らされ、そのまま死んでしまったと勘違いしたまま、翌日の月曜日に殺された?)


 屋上に運ぶ手間と見られた際のリスクは大きいが、決して不可能ではない。

 他にも色々と理由付けを考えるも、それのどれもこれもが違うと感じる。

 いや、違うのだと、朔乃の表情を見て思う。日曜日に死んだというのは、言葉通りの意味なのではないか。

 空藍が想像もしていない、普通とは違う常識を疑うような何かがあるのだと、そう感じさせられた。

 

「謎めいたばかり言わないで、いい加減教えてほしい。きっと僕には想像もつかない驚くべき話なんだろうけど、言ってくれなきゃ何も分からない。信じる信じない以前の問題だ」


「……ごめんなさい。望月君を巻き込みたくないの」


「既に巻き込まれてる。この話を後回しにして、後からあの時に知っていればとか、そういう後悔をしたくないんだよ」


「っ」


 問題を先延ばしにしたところで、過去に起こった現実は何も変わらない。朔乃の死に舞香が関わっていると知ってしまった以上、今まで通りに過ごせるはずがない。

 どちらとも空藍と関わり合いのある相手なのだ。自分に何が出来るか、どんな対応を取るのかの判断も、まずは話を聞かなければならない。


「……荒唐無稽な話よ。きっと信じられないような話になるけど、それでもいい?」


「何を今更。幽霊と憑りつかれて、こうして話してるのだって十分に信じられない話だよ」


「……分かったわ」


 朔乃は話す。

 刻まれた『印』のこと。

 日曜日よりも前に起こった出来事を。朔乃の身に何が起こり、どうして舞香に殺されることになったのか。

 

 それは確かに、空藍の想像を遥かに上回る、非現実的な内容だった。

 

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