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一条の光

 時刻は深夜一時。

 真っ暗な部屋で、スピーカーから音楽が淡々と再生されていく。

 また曲が切り替わり、耳に馴染むメロディーが流れた。


「あ、この曲……」

 

 自分が好きな曲。

 最後に聞いたのはいつだったか。そんなに経っていないはずなのに、とても懐かしく感じる。

 思わず込み上げてくるものを耐えるように、朔乃は目を強く閉じた。

 



 *



 ――あたしが『意識』を取り戻した時、彼女は教室の中で立っていた。


「もしかして、夢……?」


 傷一つない自分の体。

 もしも意識を取り戻す前の出来事が本当にあったことならば、自分が無傷なのはおかしい。何より、意識を取り戻すこと自体があり得ないことだ。


「は、は……」


 と、現実逃避出来たのは、ほんの一瞬だけ。


 本当は分かっていた。

 泉朔乃は自分が既に死んでしまっているということを。


 宙に浮いている体。授業中にも関わず、そんな自分に誰も何の反応も示さない。

 物に触れらえない体。誰にも見えない体。

 

 ここ数日、現実とは思えない信じられないことばかり起こっていた。

 だから、自分が幽霊と呼ばれる存在になったことへの動揺はなかった。むしろ、幽霊とはいえ自分の意識がはっきりしていたことに感謝さえしていた。朔乃が朔乃でなければ、妹を妹として認識できない。

 幽霊である自分に何が出来るか分からない。それでも、まずは妹に会いたくて仕方がなかった。

 

 そして今度こそ、彼女は絶望した。 


「う、そ……。う、嘘よ! そんな、どうして!?」


 教室の扉から。あるいは窓から。

 鳥籠の中に閉じ込められたように、朔乃がどんなに足掻いても教室の外から出ることが叶わない。


「…………」


 休み時間や昼休み、クラスメイト達の話し声が自然と耳に入ってくる。

 その時、彼女は自分の死が飛び降り自殺になっていることを知った。

 それも今朝の出来事だ。その真実が違うことは朔乃自身が一番分かっていたが、訂正出来る相手がいない。

 彼女の声が聞こえる者は誰もいないし、昨日の出来事を語っても信じられる内容ではないと分かっていた。何より、今の絶望的な状況に比べれば自分の死因など些末な問題だった。

 

 一時間も、二時間も、何時間も彼女は行動した。

 誰か一人でも反応してくれないかと大声を出して見たり、黒板を遮るようにクラスメイトの前に立ってみたり、何度も教室から外に出ようと抗った。

 しかし、その全てが意味を為さずに過ぎていく。


 既に死んだ身にも関わらず、時間が経つにつれて全身から血の気が引いていく。心が恐怖に支配されていく。

 そして夜が訪れた時、自分の心に亀裂が走った音を聞いた。


 涙は出ない。いや、既に枯れていたといった方が正しいか。

 眠りのやってこない体を憎み、窓から学校の外を見る。

 今、外ではどうなっているか。妹がどうなっているかを考え、頭が狂いそうになった。それでも諦めちゃダメだと歯を食い縛り、真夜中の教室で再び扉に向かって突き進んだ。



 火曜日。

 朔乃の机に花が供えられた以外は、何も変わらない。誰も彼女の声は聞こえないままだし、教室の外に出られない。

 ただただ、夜が長い。

 義父のこともあり、学校が終わればバイトばかりしていた。部活はやっていないし、放課後に誰かと一緒に過ごすこともない。友達と呼べる相手がいないし、それを深く気にしたこともなかったが、誰もいない教室がとても薄気味悪く寂しいと感じた。


 

 水曜日。

 朔乃がどうして自殺したのかと、教室の隅でそんな話が聞こえてくる。どれもこれも間違っているし、明らかに出鱈目だと分かっていても、面白半分で口にするクラスメイトがいる。

 ある意味で呑気なその姿に、八つ当たりにも等しい殺意を覚えるが、その気配を感じ取ってくれる生徒は誰もいない。

 独りぼっちの真夜中。静寂の痛さに涙が零れた。


 

 木曜日。

 今日、自分の葬式があるのだとホームルームで担任が言った。友達のいない自分に、果たして何人のクラスメイトが参列するのだろうか。誰でもいい。一人でも構わない。

 ただ、妹が今どうなっているか、誰か綾乃の様子を何でもいいから教えて欲しいと切に願った。口にも出してみたが、結果はいつも通りだった。

 

 長い夜。 

 何となく教室の扉に向かい、結果、阻まれた。最初から期待はしていなかったし、ショックはない。

 


 ――嘘だ。

 

 もしかしたらという思いを捨てられる訳がない。

 枯れたと思っていた涙が流れていた。



 金曜日。

 全校集会があったらしい。日中にも関わらず、少しの間だけ教室がとても静かだった。

 また、夜が来る。



 土曜日。

 八時を過ぎても教室の中は静かだ。

 校舎から部活動に勤しむ声が聞こえてくる。昼に教師が自分の荷物を回収しに来ただけで、後は何もなかった。

 

 

 日曜日。

 今日も変わらない。

 何も出来ないまま、夜が来る。

 そして長い夜が明けると、幽霊となって一週間経つことになる。


(まだ、たったの一週間……?)

 

「あ、あ、あああああああ!! どうして!! どうしてよ!!?」


 どうして死んでしまった後にまで、こんな思いをしなければならないのか。

 いつまでこの気が狂いそうな時間を過ごさなければならないのか。果たして終わりがあるのか。

 無理だ。一生このままだなんて考えるだけで発狂しそうになる。

 ずっと耐えられるはずがない。


「誰か、あたしを……」



 

 助けて。

 

 堕ちていく。どこまでも深く深く。

 もう、何も考えたくはない。感じたくない。

 一秒でも速く、この心が粉々に壊れて欲しい。


「?」

 

 暗い暗闇の底。

 何もないはずの場所で、一条の光が差し込んだ。

 温かい光だった。同時に恐怖も感じた。

 この光に裏切られたら、今度こそ終わりだという確信があった。

 それでも無意識のうちに、朔乃は。

 

「幽霊……?」


「――――えっ?」


 そして、君と出会った。

 

 望月空藍。

 同じ学年なら、話したことはなくても顔と名前ぐらいは知っている生徒。友達のいない朔乃とは正反対で周囲に人が集まる生徒。


 朔乃は空藍のことは知っていたが、お互いに一度だって話したことがない。

 そんな相手が朔乃の姿を見た。声を聞いた。

 あまつさえ、幽霊となった存在の言葉に耳を傾け、迷う素振りも見せずに妹を助けになると言ってくれた。

 その時に感じた衝撃を、感謝の気持ちは言葉に言い表せない。

 

 そして、――また明日ね、と。

 

 教室から出られない朔乃に。

 空藍と別れ、また長い夜を一人で過ごす彼女に向けて、当たり前のようにかけられた言葉。

 今日知り合ったばかりの、しかも幽霊を相手に、また明日も会おうと。

 

 それがどれだけ嬉しかったか。

 心が救われたのかを、彼は知らないだろう。

 

 とはいえ、あれ程出られなかった教室からあっさりと抜け出せてしまい、どこか気まずくて間の抜けた空気となってしまったが。

 

「取り憑かれてる……」


 自分と同じような空気を感じ取りながら、幽霊に取り憑かれた事実を呆れた顔で嘆く空藍。

 その時は苦笑いを作ったが、教室に出られたことや、彼と行動を共に出来ること。

 

 もう、一人じゃなくてもいい。

 彼がいれば綾乃をどうにか助けられるかもしれないという希望に、内心ではまた涙が出るほど嬉しかった。

 

 *


(それからの行動力の高さには驚いてばかりだけど……)

 

 望んでいたことではあるが、流石に圧倒された。

 妹の、綾乃との電話。

「もし良かったら」と言いながら、約束を取り付ける前に空藍は通話を終わらせた。

 それでも、あの会話の後で無視することは難しい。死んだ姉の彼氏を名乗り、自分達の事情を知る相手がどんな相手か。自分が逆の立場でも一度は顔を合わせようとする。

 

(恐らく明日、綾乃に会える)


 喜びと僅かな緊張を感じながら朔乃は目を開ける。同時に、流れていた曲も切り替わった。

 何度か聞いたことはあるが曲名は分からない。確かアニメかゲームの主題歌だったはずだと、耳を傾けながら、視線を横に移動させる。

 

 ベッドの上から聞こえる僅かな寝息。

 

「そういえば幽霊って眠るの?」


 と、ベッドに入る前に聞いてきた彼。

 朔乃が何かを答えるより先に、彼はスマホをスピーカーに繋げ、音楽を流しっぱなしにして眠りについた。

 

 ――ありがとう。


 静寂だった夜に流れる音楽。

 それはとても温かく、彼女の心に染み込んでいった。

 

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