ありふれた不幸な少女の話
少女の父親が病気で亡くなったのは彼女が八歳の時だった。
幼い頃に父親を亡くした彼女は間違いなく「可哀そう」と言われる存在だった。事実、胸が張り裂けそうなほどに悲しかったし少女は沢山泣いた。
でも少女は不幸ではなかった。
父親を亡くしたとしてもまだ家族が、少女には母親と妹がいたからだ。
喜びも悲しも分かち合える存在。贅沢の出来ない細々とした生活だったが、少女は少女なりに気持ちの整理をつけ、大切に思える時間を過ごした。
それから二年後。少女が十歳になった頃、母が家に知らない男性を連れてきた。
男性は母の勤め先の上司に当たる人なのだと名乗りながら穏やかな笑みを浮かべる。母もどこか照れくさそうに「お世話になっている人」だと少女と少女の妹に話す。
少女らの遊び相手となった男性はその日から、何度も家に来るようになる。
嫌な顔せずに少女らの遊び相手になる男性。一緒に外に出掛け、美味しい物を食べたり、回数を重ねる度に少女らと仲を深めていった。
まるで父親代わりだった男性が本当に義父になったのは、少女が十一歳になった時だ。
三人から再び四人家族へ。
最初は戸惑いこそしたものの、義父との仲は良好で、誰も「可哀そう」とは言わない平凡で平穏な生活を少女は過ごした。
不幸は唐突に訪れる。
少女が十六歳となり高校一年生の夏での出来事だった。
母親を交通事故で亡くし、それまできちんと義父をやっていた男性が、雄へと豹変していったのだ。
今まで感じたことのない、少女の身体を這うねっとりとした視線。スキンシップと称した男の手が何度も少女の身体に伸びてくる。
血は繋がっていないとはいえ、これまでの義父に対し情はあり感謝もある。だから初めは気のせいだって思った。思い込もうとした。しかし徐々にエスカレートしていく男の態度に、嫌悪感が湧き出るのが止まらない。
少女が我慢出来たのはほんの数カ月。少女の妹に対しても悍ましき欲の目を向けたことが限界を超え、 義父だった男への情は完全に消え去った。
少女はバイトを始める。少女と同じく、義父の変化を感じ取った妹と助け合い、最低限しか家に帰らず男と殆ど顔を合わせないようにする生活。
学校とバイトを往復し、寝る為だけに家に帰る生活は少女が高校二年生になっても続いていた。
そんな辛く苦しい日常の中で、決定的な事件が起きた。
夜――妹と共に帰宅した家で、血走った目をした男に押し倒されたのだ。
技も何もない、ただの力任せ。それでも振り解けず、あまつさせ獣欲に染まった男に圧倒されてしまう始末。少女を助けようとした妹が殴られる姿を見なければ、最後まで圧倒されていたかもしれない。
怒声と共に男を殴り飛ばし、妹と共に家を飛び出した。
涙を流す妹の手を引きながら、夜空の下で少女は思う。
何故?
幼い頃に父親を亡くし、そして母親も失って失意の底にいるのに。
多くは望んでいない。あたしも妹も、ほんの少しでも平穏な日々を過ごしたいと思っているだけなのに、どうして?
どうして、あたしたちはこんな目にあっているのだろう?
「ま、そんなことを考えてたら『ゲーム』に巻き込まれ、……後は知っての通りよ」
ありふれた悲劇に見舞われ、人生が一変した少女。
彼女は既にどうしようもなくて、ハッピーエンドは起こらない。
彼女は不幸のまま終わってしまった。
それでも――。
「…………」
少女――泉朔乃は見る。
眼帯をした黒髪の少年を。
「あたしは、こうしてあなたに取り憑いたの」
それは絶望の中に差し込まれた唯一の光だ。