6.探偵の推理
K は探偵の予想外の言葉に胸が高鳴った。いてもたってもいられず、身を乗り出して続きを促す。
「想像でも構いません。ぜひ、推理を聞かせてください」
「いいだろう」
探偵は、静かに口を開いた。
「まず、最初に引っかかったのは――慎也さんの "嘘" だ」
「嘘、ですか?」
Kは思わず眉をひそめた。
慎也の証言には一見不自然な点はなかったはずだ。嘘――いったいどの部分が?
「そうだ。慎也さんは『現場でペットボトルを見た』と証言した。だが、実際には現場にそんなものはなかった」
「ええ、確かに。現場にペットボトルは落ちていませんでした」
「もう一つ気になるのは、控室からスタジオに戻る順番だ。他の三人は口を揃えて、慎也さんが先に戻り、次にマネージャー氏が戻ったと証言している。だが――慎也さんだけは違う」
慎也の証言では、「スタジオに戻ったとき、みんなすでにスタジオにいた」と。
「た、確かに! これは怪しいですね! 慎也さんが犯人、ということでしょうか?!」
興奮する K とは対照的に、探偵は静かに首を横に振った。
「いや――慎也さんは犯人ではない」
「なぜですか? あんなに明らかに、嘘をついていたのに」
「なぜなら、慎也さんの後に控室をのぞいたマネージャー氏が、眠っている淳さんを確認しているからだ。その後、慎也さんは控室には戻っていない」
K は、あきらめきれない様子で「でも……」と食い下がった。
「マネージャーさんが嘘をついたのでは?」
「嘘をつく理由がないだろう。目の前で人が死んでいたとしたら、犯人でもないマネージャー氏が、なぜそんな嘘をつく?」
「じゃあ、マネージャーさんは、淳さんが死んでいたと気づかなかった可能性は?」
「遺体は、ソファの横に倒れていたのだろう? それを見て寝ていると判断するのは不自然だ。証言にその違和感が出ていないのは、おかしい」
「確かに……何も証言していないということは、マネージャーさんが見たときは、淳さんは普通にソファで眠っていたんでしょうね」
K はガックリと肩を落とした。
「じゃあ……慎也さんじゃないとしたら、誰が犯人なんですか?」
「次に怪しいのは――宏斗さんだ。遺体が発見される直前、最後に控室に行った人物だ。それに、凶器のロープは彼の鞄から見つかっている」
「証言では『控室に淳さんはいなかった』とのことですが……もし宏斗さんが犯人なら、それは嘘ってことになりますね!」
今度こそ、と色めき立つ K だったが、探偵はやはり静かに首を横に振った。
「しかし、残念ながらそれも違う。もし宏斗さんが犯人だったなら、遺体をどこかに隠すか、処理していたはずだ」
「処理、ですか? でも、それって他の人が犯人でも同じじゃないんですか?」
「いや、宏斗さん以外の三人には、遺体を処理する余裕がなかった。淳さんを呼びに行く、掃除用具を取りに行く――どれも、短時間で戻らなければ不自然な用事ばかりだ」
事実、慎也が 3分で戻ったときですら、マネージャーが様子を見に行っている。5分も 10分もかかれば、それだけで疑われることになる。
その点、宏斗は違う。表向きは「電話をかけに行く」と言ってスタジオを出ているため、多少戻りが遅くなっても言い訳がきく。その間に、遺体を一時的にでも隠す時間は十分にあったはずだ。
「でも、結局遺体は隠されていなかった……それが、宏斗さんが犯人ではない決定的な理由、ということですね」
「その通りだ」
「確かに……言われてみれば納得です。じゃあ、宏斗さんも違うんですね」
Kは肩を落とした。慎也でも宏斗でもない――となれば、残る候補は限られてくる。果たして、探偵はその名前を告げた。
「うむ。宏斗さんでもないとすれば、次に考えられるのは――第一発見者の篤志さんだ」
「第一発見者が犯人、ってよくありますけど……今回は、まさにそれなんですか?」
「いや、そもそも篤志さんには、殺害を実行する時間的余裕がなかったんだ」
殺害方法は、絞殺。少なくとも 1分はかかる。そして凶器のロープは、慎也の私物だった。篤志がその存在を事前に知っていたとは考えにくい。
慎也の鞄からロープを見つけて殺害し、さらに宏斗の鞄にこっそり移す――これを 1分足らずでやり切るのは、現実的ではない。
そもそも、篤志がそこまでして淳を殺したかったのであれば、殴打でも刺殺でも、より速く殺害できる方法をいくらでも選択できたのだ。
「つまり、篤志さんも犯人じゃない、ということですね」
「となれば、残るのは一人だな」
探偵の言葉に、K は静かに頷いた。
「マネージャーさんですね!」
「その通りだ。慎也さんと入れ替わりで控室に入ったマネージャー氏が、そこにあったロープを使って淳さんを殺したんだ」
「なるほど……!」
Kは思わず息を呑んだ。探偵の推理は、鮮やかに核心を突いているように思われた。
しかし、探偵の表情は依然として硬いままだ。
「しかし、それだと一つ不自然な点が出てくる」
探偵は腕を組み、わずかに視線を伏せる。
「宏斗さんの証言だ。彼は、マネージャー氏が戻ってきた後に控室へ行き、そこに淳さんはいなかったと言っている」
「確かに……宏斗さんが嘘をついたってことに……いや、違う。マネージャーさんが、遺体を隠していたんだ!」
K は興奮気味に立ち上がった。
「現場には、人が一人は入れるほどの大きな掃除用具入れのロッカーがありました。マネージャーさんは、そこに遺体を隠したんですね。スタジオに戻るまでには 3分あったので、殺害に 1分、隠すのに 1分――大変ですが、ギリギリ可能な範囲だったと思います!」
遺体を隠すことで宏斗の目をごまかすことには成功した。だがその後、運悪く掃除用具を取りに来た篤志に発見されてしまった――それが、マネージャーの運の尽きだった。
K は目を輝かせた。これほどまでに悩んできた難事件を、わずかな情報だけで鮮やかに解決してしまうとは――探偵の凄さに、ただただ圧倒されるばかりだった。
K は満面の笑みを浮かべながら、探偵の手を両手でぎゅっと握りしめる。
「見事な推理です! まさかマネージャーさんが犯人だったなんて……! 本当に意外な結末でした!」
「いや、まあ……途中からはほとんど、君の推理だったような気もするがね」
探偵は苦笑し、K はバツが悪そうに頭をかいた。
「す、すみません……つい真相が分かった気がして、興奮しちゃいました」
「いや、気にしなくていい。実に……」
探偵はふっと真顔に戻ると、K の肩をポン、と軽くたたいた。
「不自然な推理だった」




