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エピソード1-6 カティナの行方


「カティナ様が、大聖堂から慌てて外に飛び出して行った? そんな……それじゃあ、女神様によって『勇者』に選ばれたのはまさか、あのカティナ様だというのか?」



 そんな、信じられない――という気持ちと。


 もし、リッチモンド家の令嬢であるカティナ様が、本当に選ばれし勇者様なのだとしたら。バラバラに散らばっていた疑問のピースがピタリとはまり。全ての謎が解き明かせる事を、僕は本能的に理解してしまう。



「そうだ。カティナ様は確かにこの大聖堂の中にいた。つまり彼女もやはり今日、18歳の誕生日を迎えて。自身に与えられたスキルを確認する為に、この大聖堂にやって来ていたんだ」



 考えてみれば、ごくごく当然の結論だった。


 わざわざ敵対するレイモンド家のクレア様に、嫌味(いやみ)を言う為だけに、ここにやって来るなんてあり得ない。


 僕は記憶の中を辿り。聖堂の中で『勇者探し』が始まった、過去の大聖堂の中の光景を思い出してみる。

 すると、あれだけ目立つ特徴的な格好をしているカティナ様の姿は、確かにこの大聖堂の中では見当たらなかった事を思い出した。


 イルシュタインの街が燃やし尽くされてしまった、過去のあの時……。夕方の18時を知らせる(かね)の音が鳴り響いた時刻に、巨大なレッドドラゴンは街の中央部にある、大貴族の屋敷が密集している場所に降り立った気がする。


 イルシュタインの街の中において。大貴族の屋敷が立ち並ぶ場所の一番中央に位置しているのは、豪商リッチモンド家の屋敷が建っている場所だ。



「つまり、あの時……。街にやって来たレッドドラゴンは、リッチモンド家の屋敷にいたカティナ様を狙ってあの場所に降り立ったんだ。間違いない! 黒子(くろこ)のクエストの文面の中にも、レッドドラゴンは勇者を狙ってここにやって来たと書いてある。だからあのドラゴンの真の標的は、リッチモンド家令嬢のカティナ様だったんだ!」



 僕は聖堂を飛び出したカティナ様を追いかける為に。いったん大聖堂を離れる事にした。


 この後すぐに、巨大な女神像は黄金の光を空に向けて放つはずだ。

 今思えば、あの天高くにまで届く金色の光が、イルシュタインの聖堂から放たれてしまった事で、恐ろしいレッドドラゴンをこの街に呼び寄せてしまったのだろう。


 今日、この街に新たな勇者が出現してしまった事が魔王にバレてしまい。誕生したばかりの勇者を抹殺する為に、レッドドラゴンが派遣されて来たのだと僕は理解した。



 僕達が、魔王領にある魔王の城に『暗黒の炎』が宿り。それを確認して新たな『魔王』が出現した事を理解したように。

 魔族達もイルシュタインの街の大聖堂から発せられた黄金の光を見て。すぐに勇者抹殺の為のドラゴンをここに送り込んできたという事なのだろう。



 大聖堂の扉から外に出た僕は、いったんそこで立ち止まり。後ろを振り返ってしまう。


 聖堂の中には、孤独に打ち震えているクレア様を残してきているからだ。



 大切な、クレアお嬢様……。出来る事なら、そのお(そば)に僕はずっと付き添っていたかった。



 でも、今はダメなんだ。


 僕がクレア様のお(そば)に居ても。何もしてあげる事が出来なかった。


 心を病んだクレア様の前で、闇雲に物を投げつけ。より一層、クレア様を怖がらせてしまい。最後には……ご自身の(のど)に、割れた鏡の破片を突き刺してしまうという、最悪な凶行にまで誘導してしまった。


 それならば、せめて。黒子(くろこ)の僕がクレア様の(そば)にいない方が、まだあの最悪な結末を招く事態にはならなかったのかもしれない。



「クレア様、僕は必ずクレア様の運命をお救いしてみせます! 待っていて下さい、必ず戻って来ますから!」



 大聖堂の中は、ちょうど巨大な女神像から空に向かって、黄金色の光が発せられた所だった。


 広間からは大きな歓声が上がり。若い大神官様が大声で、選ばれた勇者に名乗り出るようにと呼びかけている。


 僕は過去と全く同じ光景となった、聖堂の中の様子を見届けて。孤独なクレア様が、まだお一人で取り残されている大聖堂を後にした。



「――急ごう。すぐに大令嬢カティナ様が住む、リッチモンド家の屋敷に向かうんだ!」


 

 誰にも姿の見えない黒子の僕は、聖堂の中の騎士達にも。街の大通りを歩く人々にも気付かれる事なく。真っ直ぐに大貴族の屋敷が密集する、イルシュタインの街の中央市街地を目指して突き進んで行った。



 この街に住む者で、豪商リッチモンド家の屋敷の場所を知らない者は存在しない。

 なぜならリッチモンド家の屋敷は、街のほぼ中心部に建てられているからだ。

 

 イルシュタインの街の大商人であるリッチモンド伯が、一代にして築き上げたという大豪邸。彼はその富を街に住む全ての人々に見せびらかすように、わざわざ街の中心部に大きな豪邸を建設した。


 だから僕は、レッドドラゴンが空から現れた瞬間を見た時――。

 あのドラゴンが街の中心部にある、一番大きな建物の真上から降りてきていたのを、鮮明に憶えている事が出来たんだ。



「……間違いない、女神様はリッチモンド家の令嬢カティナ様を勇者に選んだんだ。そして新たな勇者が出現した事に気付いた魔王は、勇者を殺害する為に巨大なドラゴンを送ってきた。そして、その巨大なドラゴンが吐く火炎ブレスによって。今日の18時ちょうどに、この街は焼き尽くされてしまうんだ」



 もしも、この僕の予想が正しいのだとしたら。


 女神様に選ばれた伝説の『勇者』であるカティナ様になら、黒子(くろこ)である僕の姿は見える可能性が高い。


 勇者をサポートする存在の黒子(くろこ)が、カティナ様には見えるのだとしたら。そして僕の声も、勇者の耳になら届くのだとしたら。


 今日の18時に、この街に巨大なレッドドラゴンが襲撃しに来る事。そしてその強力な火炎ブレスで、街にいる全ての人々が、燃やし尽くされてしまうという恐ろしい事実を彼女に伝えるんだ。


 それで、全てが解決出来て。

 ちゃんとこの街の運命を救う事が出来たのなら。


 僕という存在が消えていない事を、勇者であるカティナ様の口から、クレア様に直接伝えて貰う事だって出来るかもしれない。



 だから、今は一刻も早く。

 リッチモンド家令嬢のカティナ様に会いに行こう! 


 そして彼女が本当に女神様から選ばれた『勇者』なのかどうかを、この目で確かめるんだ。



 街の中心部に辿りつき。大貴族達の住まう、豪華な屋敷が立ち並ぶ高級住宅街に僕はやって来た。


 その中でも、ひときわ大きな存在感を見せつけている、白亜の大理石で作られた豪邸を僕は見つけ出す。


「ここだ、間違いない……! この大きな屋敷がリッチモンド家の住まう豪邸で、そして今日の18時にレッドドラゴンが襲撃しにくる場所なんだ」



 入り口と思われる正門には、二人の門番が立ち並んでいた。高さ5メートルを超える今日な鋼鉄の扉は、特別な客人が来るような場合を除き。決して開かれる事はないような、重厚な圧迫感を周囲に放っている。



「クソッ……! 何で黒子(くろこ)は人間の体はすり抜けるくせに、外壁や物理的な壁はすり抜ける事が出来ないんだよ!」


 ますますもって僕に与えられた『黒子(くろこ)』という能力の、意味と役割が分からない。



 もし、伝説の勇者をサポートするのが黒子(くろこ)の使命だというのなら。


 この体を完全な霊体扱いにしてくれれば、僕はすぐにでも勇者の元に駆けつける事が出来て。この街に起こる未来の危機を彼女に伝える事が出来るというのに……実際には、物理的な壁を突破する事さえ出来ないなんて。



 そもそも『勇者』スキルを持つ者に対して『伝説の』という、修飾語がつくなら分かるけど。

 僕に与えられた黒子(くろこ)の能力に対して、わざわざ『伝説の黒子(くろこ)』という文字がついている事は気になった。



「これじゃあ、まるで勇者よりも僕の方が『伝説の存在』みたい扱いに感じられてしまうじゃないか……。それとも、もしかしたら伝説では無い『普通の黒子(くろこ)』みたいな存在も、この世界には存在してたりするのかな?」



 まあ、今はそれを深く考えてもしょうがない。


 この黒子(くろこ)のスキルの事を相談出来る相手は、誰もいないのだから。


 聖堂の大神官様にも、黒子(くろこ)である僕の声は届かなかった。この事を唯一相談出来るとしたら、おそらく『勇者』スキルを手に入れている、カテイナ様だけにしか話せないだろう。



 僕は広大な敷地を持つ、リッチモンド家の屋敷の周りをぐるりと回って探索してみた。


 でも、残念ながら入り口は正門の一つしか見当たらない。しかも屋敷の周囲は正門と同じく、高さ5メートルを超える頑丈な大理石の壁に囲まれていた。



「厳重な警戒体制で守られていると聞いていたけど、まさかこれほどまでとは……。これじゃあ、屋敷に侵入する事が出来ないじゃないか……」



 せっかく黒子(くろこ)の僕が、人の目には見えない透明状態になっていたとしても。リッチモンド家の屋敷を囲む『物理的』な防御壁を越えられないのなら意味が無い。


 せめて唯一、存在する正門の出入り口がもっと頻繁に開け閉めを繰り返してくれたなら。屋敷に入る客人のすぐ後ろについていき。こっそりと中に入る事も出来たかもしれない。


 けれど、しばらく待ち続けても。正門の出入り口は、一向に開くような気配は無かった。



「ダメだ。もう、時間が無い! ゆっくりここであぐらをかいて待っていたら、すぐに日が暮れてしまう。そうなればまた、あのレッドドラゴンがここに現れて。リッチモンド家の屋敷ごと、イルシュタインの街を炎で焼き尽くしてしまう」


 僕は屋敷の周辺に建ち並ぶ、別の貴族の屋敷に忍び込み。そこにあった倉庫から、長いロープを手に入れてリッチモンド家の屋敷の前に戻ってきた。



「このロープの先に、壁に引っ掛ける事の出来る金属片を結び付けて。高い防壁の向こう側にロープを投げ入れて、壁をよじ登りながら中に侵入しよう!」


 クレア様ほどではないけれど。僕もレイモンド家の屋敷の中でクレア様をお守りする為に、一通りの護身術やサバイバル術を習得していている。そして、それらを実践的に扱えるだけの能力もある。


 調達してきた長いロープを、リッチモンド家の高い外壁の内側に放り投げ。そのまま先端の金具を内側に引っ掛けて上手く固定した。これでロープを伝って中に侵入する事が出来るはずだ。


 幸いにも、黒子(くろこ)である僕が『直接触れている物』は他の人間には見えなくなる。


 だから僕が投げたロープも、正門を守っている門番の2人に気付かれる事は一切無かった。



「よし、いけるぞ! これで外壁をよじ登って、敷地の中に入りこめそうだ!」


 高さ5メートルを超える頑丈な外壁の頂上まで、ロープを伝ってよじ登った所で。僕は突然、右足の裏に大きな痛みを感じてしまう。


「痛っ……!? 何だコレは……!」


 よく見ると足の裏に刺さっていたのは、鋼鉄製の(くぎ)のような、トゲトゲとしたものだった。


 きっと侵入者対策として、外壁の頂上にはこの鋼鉄製の(くぎ)が無数に張り巡らされていたらしい。

 流石は警備体制が厳重に整えられている、リッチモンド家の屋敷だけあるな。


 でも、足に刺さった釘は……それほど大きな怪我という訳でもなかった。少し痛みはあるけど、ちゃんと歩く事は出来そうだ。


 僕はトゲトゲの釘が幾重(いくえ)にも張り巡らされた、高い外壁を飛び越えて。ようやく、リッチモンド家の敷地内に飛び降りる事に成功した。



「よし……とりあえずは、無事に侵入出来たみたいだな。後はこの広大なリッチモンド家の敷地の中で、どこにカティナ様がいるのかを突き止めないと」



 広大なリッチモンド家の敷地内は軽く見渡すだけでも、庭園や倉庫など無数の建物が立ち並んでいる。


 レイモンド家の屋敷内も、かなり大きい方だとは思うけれど。リッチモンド家の敷地は、広大さのレベルが飛び抜けているように感じられた。


 庭に降り立った僕は、軽傷を負った右足の裏に僅かな痛みを感じてしまう。予想外にも先ほどの鋼鉄製の(くぎ)は、足の裏に大きな傷を負わせていたようだ。


 この様子だと、結構な量の流血をしてしまっているのかもしれないな。まぁ、黒子の僕の流した血は、きっと人間には見る事が出来ないのだろうけど……。



 すると――。リッチモンド家の敷地内をゆっくりと歩く僕のもとに……。突然、奥の庭から騒々しい動物の叫び声が聞こえてきた。



『――グギュゥ!! ギュル、ギュルッ!!』


 それは人間の子供くらいの大きさがある、黒い(つの)を生やした『魔獣(まじゅう)』の群れだった。

 合計で8匹を超える犬のような姿をした魔獣達は、真っ直ぐに、侵入者である僕に向かって走り寄ってくる。



「どうして、魔獣がここにいるんだ? まさか番犬として、リッチモンド家の屋敷の中で飼われているとでもいうのか……!?」


 少しだけ、噂で聞いた事がある。一部の上流階級の貴族の屋敷では、魔王領に住む小型の魔獣を魅了魔法で無理やり従属させ。

 まるで番犬のように、自分の屋敷に住まわせている事があるのだと。


「クソッ……マズいぞ! 武器を何も持っていない丸腰の状態じゃ、いくら小型の魔獣であっても。今の僕には追い払う事が出来ない……!」



 リッチモンド家の敷地に降り立った僕は、慌てて庭園の奥へと向かって走り出した。

 しかし、先ほど外壁を乗り越える時に負傷した右足の裏が、ズキズキと痛み始める。


 こんな状態では、あの魔獣達を引き離すのは到底無理かもしれない。



「――クッ……! 肝心の人間には誰にも気付いて貰えないのに、魔獣達には僕の存在が気付かれるなんて……! そんなの、あまりにも理不尽過ぎるだろうがッ!」



 僕は負傷した右足を押さえつつ、必死にリッチモンド家の番犬である小型の魔獣達から逃げる事にした。


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