エピソード1-17 新たな旅立ち
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「――女神様に選ばれし、伝説の勇者よ。そしてその仲間として共に魔王討伐の旅に向かう、最強の暗黒騎士のスキルを授けられし者よ。あなた達の二人の旅に、女神様の祝福があらん事を心から祈らせて頂きます」
静寂に包まれた大聖堂の広間に、若き大神官の美しい声が響き渡った。
今、聖堂の中に敷かれた赤絨毯の上には、三人の若い男女が大神官様の前に片膝をついて座っている。
一人は伝説の『勇者』スキルを授けられた、リッチモンド家令嬢のカティナ。
そしてもう一人は、勇者をサポートする役目を与えられた『暗黒騎士』のスキルを持つ、レイモンド家令嬢のクレア様。
最後にその二人の後ろで、伝説の『黒子』のスキルを与えられた僕も、片膝をついて大神官様に頭を下げていた。
そんな僕達三人の旅立ちを祝福しようと、イルシュタインの街中から集まった多くの人々が、聖堂の中をびっしりと埋め尽くしている。
もっとも……黒子である僕の姿は、誰にも見えないから。ここに集まっている人々の目には、実質二人だけにしか見えていないんだろうけどね。
でも、それはもういいんだ。あくまで『僕視点』から見れば、ここには三人の勇者パーティーメンバーが揃っているように見えているのだから。
僕の前に座っているクレア様も、緊張からか……額に冷や汗を浮かべているみたいだけど。以前に比べると、だいぶ顔色が良くなっているみたいで安心した。
どうやら大神官様が、僕が聖堂の地下の机に置いておいた『暗黒騎士』のスキルについて記された過去の書物をちゃんと読んでくれて。
クレア様の名誉が回復されるように、上手に取り計らってくれたみたいだった。
思い返せば、色々と大変な事はあったけれど……。
伝説の勇者が歩む『エピソード1』のクエストとしては、全てが上手くいって。無事に完結する事が出来たんじゃないのかな?
この輝かしい結果に導くまでに、黒子の僕はこの世界を『二度』もやり直している。ううん、僕だけじゃない。
結局の所、あのレッドドラゴンを倒さなければ、街の人達は誰も助からなかったのだから。
みんながこの世界をやり直して、三回目にしてようやく『成功』に辿り着けたという事なんだと思う。
これから、きっと勇者カティナの進む道にはたくさんの困難が待ち受けているに違いない。
エピソード1から、魔王軍に所属するボス級のドラゴンが押し寄せてきくらいなんだ。400年ぶりに出現した魔王は、きっと容赦ない冷酷で恐ろしい性格の奴なんだと思う。
それを思うと、これからの旅路に不安しない無いのだけれど……。
それでも僕は、必ず勇者カティナの事を守り切ってみせる。そして僕が仕えるクレア様も、お側で必ずお守りしてみせる。
そう――それが、勇者がクエストを達成するまで陰で暗躍する、『黒子』が果たすべき大切な役割なのだから。
「魔王討伐へと旅立つ勇者の一向に、女神様からの『祝福』をプレゼントさせて頂きます。勇者とその仲間の者は、女神像の前に進み出て下さい」
若い大神官様から、そう促されて。
僕達三人は、ゆっくりと巨大な女神像の真下にまで歩みを進めていく。
そしてその場で顔を上げて、立ち止まっていると。
突然、巨大な女神像の周りに、金色に光る粉が出現した。その金色の粉は、僕達三人の体を包み込むようにして周囲に集まってくる。
「この黄金の粉は、魔王と戦う勇者達の身体能力を向上させてくれるものです。旅の途中で傷を負った時、女神様からの祝福を授けられた者は、驚異的な回復力でその傷を癒やす事が可能になるでしょう」
大神官様の言葉を聞き、黄金の粉を浴びた僕は自分の体を注意深く見回してみた。
うーん。一見すると、何も変わっていないように見えるけど。
もし、本当に体の回復力が上昇しているのなら。きっとそれは危険な魔物達との戦いが待ち受けている旅の中で、とても助かるものだと思えた。
まぁ、実際に怪我をしてみたいと、その効果は分からないけれど。ありがたく女神様の祝福を受けておいて損は無いと思う。
「――さぁ、これで全ての準備は整いました。今こそ出発するのです、女神様に選ばれし伝説の勇者達よ! そして400年ぶりに出現した魔王を打ち倒し、この世界に平和と平穏な日々を取り戻すのです!」
――パチパチパチパチパチパチ!!
大神官様の言葉と共に。聖堂に集まる大勢の街の人々から、盛大な拍手と喝采の声が鳴り響いた。
僕達三人は、イルシュタインの街の全ての人達に見送られて。ついに、魔王退治の旅へと出発する事になった。
大聖堂から街の外に繋がる正門までの道のりには、イルシュタインの街に住む全ての人々が押しかけてきていて。大通りを左右に取り囲むようにして埋め尽くし。大きな拍手と喝采、そして温かい声援を僕達に向けて投げかけてくれていた。
「勇者様ーー! 頑張って下さいねーー! 無事に帰って来てくれる事を心待ちにしていますーー!!」
「クレアーー!! 気を付けて行ってきてね! 勇者様をお助けして、必ず魔王を倒してくるのよ! あなたが無事にレイモンド家に戻って来るのを、ずっと待ってるからーー!!」
「うおおおぉぉぉっ!! 我が一人娘が、まさか伝説の勇者に選ばれるだなんて!! やはりリッチモンド家は女神様に繁栄を約束された、名誉ある名門の一族であったのだ! さぁ、皆で我が一人娘であるカティナの旅立ちを祝福しようではないか!! カティナが魔王を倒してこの街に帰還した際には、我がリッチモンド家は歴史に名を残す、最も誉れ高き一族としてその名を永遠に刻まれるであろうぞっ!!」
沢山の街の人々の歓声に混じって。クレア様のお母様のクラリス様や、カティナのお父さんのリッチモンド伯の声も聞こえてきた気がした。
みんなそれぞれに思う所もあると思うけれど。人類の未来の為に、女神様に選ばれた勇者に心から魔王を討伐して欲しいと願う気持ちは一緒なんだと思う。
そんな大勢の人々の、熱烈な祝福の声を浴びながら。
肝心な勇者パーティーのメンバーである、カティナとクレア様はどういう状態であったかというと……。
二人ともあくまでも表面上は、笑顔を人々に向けて振り撒きながらも。実は街の人達には聞こえないような小声で、激しい『口喧嘩』を既に始めていた。
「何だと!? 自らに仕える従者が行方不明になっているとは、一体どういう事なのだ! その者はそなたにとって、幼き時から共に長き時間を過ごしてきた大切な人だったのだろう? それが消息不明になっているなんて、おかしいとは思わなかったのか!?」
「私だって、分からないのよ! アスティアは突然、私の前から姿を消してしまったんだもの……。もしかしたら私が『暗黒騎士』のスキルを与えられた事にショックを受けて、どこかに行ってしまったのかもしれないと思ったの。今もどこに行ってしまったのかは、私にも分からないんだから!」
「この……愚か者めがッ! 私のお兄ちゃんが……いや、その心優しい従者の者が、そのような些末な理由でそなたを置いて、どこかに立ち去る訳があるまい! お主は共に過ごした最も大切な従者の事を、心から信頼していなかったというのか? きっとその者は特殊な『スキル』を女神様から授けられて、それを知った魔王の手下によって連れ去られてしまった可能性さえあるではないかッ!!」
「何ですって……!? あ、あなたなんかに、アスティアの私の関係の何が分かるというのよッ! 大体、行方不明のアスティアを探すのは、主人であるこの私の役目でしょう? 部外者であるあなたは、黙っていてよ!」
「なっ……? この妾が『部外者』だと言いおったのか!? ぐぬぬ、許せぬ。絶対に許せぬぞ!!」
クレア様から、そう怒鳴られて。カティナは悔しいそうに顔を真っ赤にしてプルプルと唇を震わせている。
そして、勢いよくクレア様に対して指を伸ばすと。大きな声で宣言をした。
「何と言われようと、この街から魔王軍に連れ去られてしまった可能性のある者を救い出すのは『勇者』であるこの妾の仕事なのだ! 何も出来ずに、大切な従者を探そうともせず。自分の部屋の中に一人で引き篭もって泣いてばかりいた者に、そのような事を言われる筋合いはないわ!」
「な、何ですってーーーッ!!」
カティナとクレア様が、お互いの顔を近づけて。
『キーーーッ!!』と、睨み合う犬と猿のような表情でお互いを睨みつけて威嚇し合う。
あーあ。これじゃあ、旅の道中が思いやられるよ。それにカティナ、君だって自分の部屋の中にずっと引き篭もって泣いていたじゃないか。
二人の喧嘩の原因となっている『僕』が、すぐ後ろを歩いている事が伝えられないのはつらいけど。
黒子である僕の存在は、誰にも気付いて貰えないから仕方ないか。どちらにしても、僕はカティナとクレア様には、お互いに仲良くなって欲しいと願っている。
今はまだ無理かもしれないけど。これから危険な魔王軍の魔物達との戦いが待っているんだ。大切な仲間である二人が協力し合わないと、決して進めない困難がいっぱい待ち受けているのだから。
「だから本当は、今のうちに仲直りをして欲しいんだけど。これは、無理そうだなぁ……。カティナも、クレア様も、お互いに負けん気が凄く強そうだし」
僕は思わず、大きなため息を吐き出してしまう。
「良いか、この愚か者め! そのアスティアという従者は必ずこの妾が見つけ出してみせるからな! その際には、お主のような臆病者を主君にしておく訳にはいかぬ! お兄ちゃん……じゃなくて、アスティアは、この妾の従者として新たに雇用契約を結ばせて貰う事にするから、よく心得ておくが良いぞ!!」
「ふ、ふざけないでよ! あんたは女神様に選ばれし勇者なんだから、魔王退治の方に集中しなさいよね! 何で私のアスティアに執着するのよ! この性悪な悪役令嬢女めッ!」
「な、何と言ったのだ!? 言うに事欠いて、そのような暴言――妾は決して許さぬからな! この落ちぶれ貴族の芋臭い愚鈍女めがッ!!」
カティナとクレア様の口喧嘩は、一向に収まりそうになかった。
「ハァ〜〜! お願いだから、二人とも少しは仲良くなってよ〜! こんなんで本当に魔王が倒せるのか、僕はもう不安になってきたよ〜!」
伝説の黒子を含めた、三人の勇者パーティーの旅はまだ始まったばかりだ。
僕達の未来には、これから沢山の困難と危険が待ち受けているだろうけれど。黒子の僕は必ず二人をサポートして、魔王を討伐し終えるまで勇者を導いてみせる。
だってそれが――『伝説の黒子』の能力を女神様から与えられた、この僕に与えられた役割なのだから。
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「大神官様、勇者様は街を出発してしまわれましたね。二人とも無事に旅を終えて、魔王を倒してきて下さると良いのですが……」
大聖堂の中で、大神官に仕える騎士が心配そうにそう話しかけた。
「ウフフ。きっと大丈夫ですよ! 私はカティナ様とクレア様の事を心から信頼しておりますから。あの二人ならきっと、400年ぶりに復活した魔王を無事に倒してきてくれると信じております」
騎士は自信満々に笑顔を見せる大神官の顔を見て、少しだけ安心する事が出来た。
そして彼は、大神官が一冊の黒い書物を大事そうに両手に抱えている事に気付き。その事を尋ねてみた。
「……大神官様? その手に持たれている黒い書物は何なのですか?」
「これですか? 実はコレは、聖堂の地下の蔵書庫から見つけたのです。何でも勇者パーティーの記録を示してくれる『女神の本』と呼ばれる物だそうです。この本には、伝説の勇者の旅の記録が自動的に記されていく仕組みになっているのです」
「な、何と……!? それでは勇者様がどこで、どのような冒険をされているのかを、離れた場所にいても知る事が出来ると言う訳なのですね?」
「そうなのです。ほら、早速『女神の本』に文字が記されたようですよ。どれどれ、内容は……『女神像より祝福の粉を浴びた勇者パーティーの三人は始まりの街を出発し、次なる目的地へと向かった』と本に書かれています」
「大神官様、勇者パーティーの『三人』……と、本には書かれているのですか?」
「えっ? そ、そうですね……。ここには確かに『三人』と記されているようです」
途端に二人は無言となり、その場で沈黙してしまう。
女神の本に記された三人とは、どういう意味なのだろう? イルシュタインの街を出発したのは、伝説の勇者に選ばれたカティナと、『暗黒騎士』のスキルを与えられた、レイモンド家令嬢のクレアの二人だけだったはず。
「これは……女神の本の記述に、何か誤りがあったという事なのでしょうか?」
騎士からの言葉に、大神官は首を左右に強く振って否定をした。
「いいえ、女神の本の記述に誤りがあるという事は絶対にあり得ません。……という事は、この街を出発した勇者パーティーは、確かに『三人』いたという事なのです。至急、調査を開始して下さい。この街で新たにスキルを授かった者の能力と、現在行方が分からなくなっている者がいないかを調べるのです!」
「は、ハイ! 分かりました。大神官様……!」
騎士に指示を与えた聖堂の大神官は、急いで地下の蔵書庫へと向かう事にする。
そして無数の過去の書物の中を、必死に漁り始める。
もしかしたら彼女達には認識出来なかった『見えない第三者』が、勇者達の側には存在していたのではないかという、その隠された真実を探し出す為に――。
ここまで、黒子の勇者の物語をお読み頂き、本当にありがとうございます!
勇者達の冒険はこれからだ……! 的な終わり方になってしまいましたが、黒子の勇者の冒険のお話はここでいったん区切らせて頂きますm(_ _)m
いつかまた、この物語がたくさんの人に読まれる機会があればぜひ、続きを書きたいと思っております。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!