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エピソード1-16 エピローグ2


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 そこは王都イルシュタインの街外れにひっそりと建つ、小さな孤児院のある場所だった。


 外装の古びた年代物の孤児院の建物を見て、僕はあまりの懐かしさで、思わず両目から涙が溢れ出てしまう。



 ここに帰ってくるのは、本当に久しぶりだった。


 10歳の時に、従者としてレイモンド家に引き取られ。クレアお嬢様の元で働くようなった僕は、この孤児院に戻ってくる事がほとんど無くなっていた。


 僕は生まれてすぐ、赤子(あかご)の時にこの孤児院の前に捨てられていたらしい。名前と誕生日を記したメッセージカードしか残されていなかったので、僕は両親の事を何も知らずに、幼少期の10年間をずっとこの小さな孤児院の中で過ごしてきた。


 それから18歳の誕生日を迎えるまでの、約8年間。


 僕はひたすらにレイモンド家のお屋敷の中で、心優しいクレア様にお仕えをしてきたんだ。


 だからここに戻ってくる事はもう……二度と無いと思っていたけれど。まさかこのタイミングで、この孤児院に再び帰ってくる事になるとは思わなかった。


 

 そう……僕が幼少期を過ごした、この懐かしい孤児院に戻って来たのは、決して僕が『ここに帰ろう』と思い立ったからではない。


 実は、リッチモンド家の屋敷をこっそり抜け出し。街の大通りを変装しながら一人で歩いてきた『勇者カティナ』の後をついてきたら……。


 いつの間にかに、この懐かしい孤児院に辿りついていたんだ。



 レッドドラゴン襲来の事件がひと段落して。リッチモンド家令嬢のカティナは、大聖堂に呼び出され。

 その後は王宮の王様にも謁見(えっけん)して、晴れて彼女が正式に400年ぶりに女神様に選ばれた正当な『勇者』であるという認定がされた。


 イルシュタインの街は、今はその噂で持ちきりになっているし。400年ぶりの勇者の誕生を祝う街の人々は、盛大にお祝いをして夜通し(うたげ)を楽しんだらしい。


 まぁ、無理もないか……。とうとう選ばれし伝説の『勇者』様が見つかったのだから。


 しかも、その伝説の勇者カティナ様は、魔王が派遣した巨大なレッドドラゴンを一撃で討ち倒し。たった一日で、この街を救ってくれた大英雄になったのだから、尚更だ。


 もちろん、その勇者の華麗なる『英雄譚(えいゆうたん)』の裏に、黒子(くろこ)である僕の活躍があった事は、記述には何も残らない。

 街の人々は、陰で活躍した黒子(くろこ)の存在なんて。全く気付きもしないだろう。



 でも、僕はこれでいいと思っている。今の結果には、心から満足出来ているから。


 勇者がクエストを達成出来なければ、この街はレッドドラゴンの火炎ブレスで全て焼き尽くされ。街の人々は皆、死に絶えてしまう運命だった。


 だから、楽しそうに勇者の出現を祝う街の人々の様子を見て。この幸せそうな(うたげ)が、無事に開かれている平和な光景を見る事が出来て。僕は本当に嬉しいし、今は心から安堵しているんだ。



「……それにしても、カティナはどうしてこの街外れの孤児院に一人きりでやって来たんだろう……?」


 勇者カティナは、王宮で王様との謁見(えっけん)を果たした後。


 リッチモンド家の大邸宅の中で、勇者に選ばれた事をお祝いする祝典パーティーに参加する予定になっていた。


 大富豪で有名なリッチモンド家の一人娘が、この街で名誉ある『勇者』に選ばれたんだ。カティナのお父さんは大喜びをしていたし。これからますますリッチモンド家の権勢が、王都の中で強固なものになっていくのは間違いなさそうだ。

 なにせリッチモンド家は、『勇者』を輩出(はいしゅつ)した名門貴族になったのだから。


 いつかカティナが魔王を倒したら、リッチモンド家が今の王族よりも権力を持つ、大貴族に成り上がるのは間違いない気がする。



 それなのに……なぜか、カティナはその『勇者誕生パーティー』をこっそりと抜け出して。


 誰も近寄らない、こんな街外れにある小さな孤児院へと一人でやって来ていた。


 黒子(くろこ)の僕は、その事が気になって。こっそりとカティナの後を追いかけて来た。

 姿の見えない僕は、誰にも気付かれる事がないから、僕がついて来た事はカティナ本人も分からないだろう。



 もう辺りの日は落ちて、だいぶ暗くなっていた。


 孤児院の中で暮らす孤児達も、既に建物の中で寝静まっている時間だ。

 そんな中でカティナは、孤児院の庭に置いてある小さな長椅子の上に一人で腰掛けていた。


 しばらくすると、孤児院の中から一人の老婦人が出てきて。庭の長椅子に座っているカティナに、後ろからそっと声をかけた。



 僕はその老婦人の姿には、よく見覚えがあった。



「あれは、ミリアナさんだ! 懐かしいな……」


 ミリアナさんは、この孤児院を運営してくれている老婦人だ。ここで暮らす孤児達にとっては、ミリアナさんはお母さんのような存在だ。

 僕も10歳の時に、従者としてレイモンド家に引き取られる際に。ミリアナさんには、本当にお世話になったのをよく憶えている。


 彼女が僕をレイモンド家に推薦(すいせん)してくれなかったら、今の僕は存在していなかったと言ってもいいくらいだ。


 身寄りの無い捨て子の赤ん坊や、街の孤児達みんなのお世話をして。その子達が大きくなったら、就職やその後の生活のお世話もしてくれる。


 本当にミリアナさんは、聖人のように優しくて。孤児達みんなの事を大切に想ってくれる、素敵な女性であった事を僕はよく憶えている。



 でも、そんなミリアナさんと。大富豪の一人娘であるカティナが一体、何の話をしているのだろうか?



 僕は二人の関係性が気になって、そっと……話をしている二人のそばに近づいていく事にした。


 そして薄暗い孤児院の庭で、まるで旧知の知り合いのように仲良く話す。ミリアナさんとカティナの会話を、後ろからこっそりと盗み聞く事にする。



「……これは、カティナ様。また夜中にお屋敷を抜け出して、ここにやって来られたのですか? お屋敷のルールを守れない、本当にいけないお方ですね、ウフフ」


「もう〜、ミリアナさんっ! 私に対して、そんな敬語を使った話し方をするのはやめて下さい! いつも通り、私の事はカティナと呼んで欲しいです。そうやってすぐに、私の事をからかうんだから……」



 ミリアナさんと話すカティナの口調は、いつもとは全然違っていた。


 世間からは評判が悪く、傲慢(ごうまん)な性格で、他者に対して横柄(おうへい)な態度を取ると噂されているカティナは、いつも自分の事を『(わらわ)は……』と、高貴な身分である事を存分にアピールする高飛車な話し方をしていたのに……。


 ミリアナさんの前では、まるで仲の良い友人と話すように。普通の口調で会話をしている事に僕は驚いた。

 


「ウフフ。ごめんさいね、カティナ。でも、これからはますます貴女(あなた)の事を、人前では敬語をつけて呼ばないといけなくなりそうね。聞きましたよ? カティナは女神様から『勇者』に選ばれたのでしょう?」


 ミリアナさんから、そう告げられると。


 途端にカティナは、重く沈み込んだような表情をして(うつむ)く。そして重いため息を吐きながら、静かに話し始めた。


「ええ。そうなんです……。私は『勇者』のスキルを女神様から与えられてしまったんです。そんなもの、私は全然いらないのに……」


「あら、どうしてなの? それはとっても、名誉な事なのよ? 世界中の人々の期待を背負って、400年ぶりに出現した『魔王』と戦う勇者。詩人達に未来永劫(みらいえいごう)、語り継がれるほどの伝説の人にカティナは()れるのよ? もちろんその分、責任も重大でしょうけれど」


「私が勇者になって、この街を旅立ってしまったら。一体、誰がこの孤児院を守るのですか? 孤児院の運営費用は誰が寄付をしてくれるのですか? 私は自分が赤ん坊の時に預けられたこの場所を、一番近くからずっと守り続けていたかったんです! だから私は、この街を絶対に離れる訳にはいかないんです……!」



 赤い髪のカティナが、両目から涙を流しながらミリアナさんに抱きつく。


 そんなカティナを、ミリアナさんはまるで実の子供のように優しく抱きしめてあげた。



 僕は二人のあまりにも衝撃的な会話の内容を聞いて、ただただ困惑してしまう。


「……カティナが、この孤児院に預けられただって? このイルシュタインの街で最も権勢を誇るリッチモンド家の一人娘が、まさか孤児院出身だとでもいうのか……?」



 そんな僕の疑問に答えるかのように、ミリアナさんはカティナの頭を優しく撫でながら。彼女を慰めるように言葉をかける。


「カティナ……貴女(あなた)には感謝しています。貴女は心の優しい子だから。大貴族であるリッチモンド家の屋敷に住みながらも、ずっとこの孤児院にお金の寄付をし続けてくれましたね。そしてそれを続ける為に、わざと社交界で悪女(あくじょ)のように振る舞い。他の貴族の男に(とつ)ぎにいくのを遅らせようと、努力してくれていた事を私は知っているわ」



 ミリアナさんの言葉を聞いて。(こら)え切れなくなったカティナは、嗚咽(おえつ)を漏らすように目から大粒の涙を流した。


「ヒック……ヒック……。私は本当は、この孤児院で暮らすべき女なんです。18年前に、当時はまだ生きていたお母様が流産をしてしまい。その事をお父様に隠す為に、孤児院で生まれた外見のよく似ている赤ん坊を連れ出して、自分の子供として育ててくれた。それが……今の私なんです。事実を知らないお父様は、本当は血の繋がっていない私を娘として大切に育て上げてくれました。でも、私はリッチモンド家の中でどんなに豪華なドレスを着ても、孤児院出身の子供である事実は変わらないんです……」


「カティナが、リッチモンド家の血を引いていないだって……!? そんな事が、本当にあり得るのか!?」



 カティナの告白を聞き。僕は思わず大声をあげて驚いてしまう。


 もちろん黒子(くろこ)である僕の発した声は、すぐ近くにいる2人の耳に届く事はなかった。


「カティナ……。もうその過去の事実を知っているのは、私だけです。ご病気で亡くなってしまったお母様は、本当に残念でしたね。でも、貴女(あなた)はもう立派なリッチモンド家の令嬢なのです。そして今は、女神様から『勇者』の称号を授けられた選ばれし者なのです。自分に与えられた運命を受け入れて。どうか、貴女にしか歩めない道を進んで欲しい。きっと亡くなった貴女のお母様も、それをこそ望んでいると思いますよ」


「…………」


 カティナは流し続ける涙を、ようやく止めて。


 覚悟を決めたような表情で、ミリアナさんの手を強く握り。その場で力強く、コクリと(うなず)いてみせた。



「分かりました。私は伝説の勇者として、この街を離れる事にします! でも、どんなに遠くにいても……必ずミリアナさんの孤児院には、お金の仕送りは続けさせて頂きます。それは勇者としての、私の大切な『責務』の一つでもありますから!」


「うふふ。本当に貴女(あなた)は昔から頑固(がんこ)で、融通の効かない女の子なんだから。分かりました。これからも勇者様の支援を受けて、沢山の身寄りのない子供達をここで育て、みんなが立派に巣立っていけるように私も頑張る事にするわね。でも、決して無理はしちゃダメよ、カティナ。困った事があったら、いつでもここに戻ってくるんですよ?」


「ハイ……分かりました、ミリアナさん!」



 ミリアナさんは、ポンポンとカティナの頭に優しく触れる。それはまるで、実の娘を送り出す母親のような温かさに満ちた触れ合いだった。



 決意を固めたカティナは、ゆっくりと歩き出し。


 見送るミリアナさんに手を振りながら、孤児院の外へと向かっていく。


 すると……カティナは急に何かを思い出したかのように、手を振るミリアナさんの方に振り向いて。明るい笑顔を見せながら大声で呼びかけた。



「――そうだ、ミリアナさん! 私……とうとう、『お兄ちゃん』に会えたのっ!」



 カティナは顔を真っ赤にしながら、照れ笑いを浮かべて微笑(ほほ)んでいた。


「孤児院に捨てられた時に、一緒にいた私の双子のお兄ちゃん。この世界で唯一(ゆいいつ)、私と血が繋がっている本当の家族のお兄ちゃんに、大聖堂の中で初めて会う事が出来たんだよ! お兄ちゃんは、レイモンド家令嬢のクレア様に仕えている……って聞いていたけど。すっごく格好良くて、本当に素敵だったの! 私と同じ燃えるような赤い髪色をしていて、とても優しい目をしてたわ!」


「そう、良かったわね……カティナ。アスティアは本当に勤勉(きんべん)で真面目な子よ。貴女(あなた)に目元がそっくりだしね! あの子には双子の妹の貴女(あなた)がいる事を、とうとう伝えられなかったけど。今も、立派にレイモンド家で働いていると聞いているわ」


「うん! 私……すっごく臆病(おくびょう)で、怖がりだから。勇者なんて本当に務まるのかなって、不安だったけど……。この街に大好きなお兄ちゃんがいてくれるんだって思えたら、私も頑張らなきゃって思えたの! 勇者として、この街にいる大切な家族のお兄ちゃんを守る為に、私……『勇者』の役割を頑張ってみる! ちゃんと責務を(まっと)うして、大好きなお兄ちゃんを守ってみせるから!」



 カティナは名残(なごり)惜しそうに、何度も何度も手を振りながら。ミリアナさんが運営する孤児院を後にして、街への帰路についていった。



 旅立っていくカティナの後ろ姿を見ながら、優しいミリアナさんは両目から涙をポロポロと流している。


 でも……そんな、ミリアナさん以上に。


 ミリアナさんの隣に無言で立っていた僕の方が、もっと滝のような大粒の涙を流し。


 その場で全身を震わせながら、何度も嗚咽(おえつ)の声を()らしながら地面の上に泣き崩れてしまった。



「そんな……ううっ……。カティナ……」



 僕は黒子(くろこ)のスキルを女神様から授けられ。そして伝説の勇者を(かげ)からサポートする役目を与えられた本当の意味を……ようやく今、全て理解出来た気がする。



「僕は女神様から特殊なスキルを授けられた『黒子(くろこ)』。伝説の勇者を、陰からサポートし続ける存在……」


 今までどうして、このスキルが僕に授けられたのかを、ずっと疑問に思っていたけれど。


 今はこの不思議なスキルを与えて貰った事が、誇らしく思えるほどに僕の心境は大きく変わっていた。



「……全く、しょうがないな。僕が必ず、あの臆病で泣き虫な勇者をちゃんと『魔王』が倒せるように(かげ)から導いてみせるさ。だから、もう安心していいよ、カティナ。僕が必ず君を立派な『伝説の勇者』にしてみせるから!」



 僕はミリアナさんのいる孤児院を後にして。

 ゆっくりと、勇者カティナの後についていく。



 そう――これからもずっと、僕はあの無能な勇者の後を、誰からも気付かれる事なく見守り続けるんだ。



 それが伝説の『黒子(くろこ)』のスキルを与えられた僕の……。


 そしてこの世界で唯一の肉親である、双子の妹のカティナを守る兄としての大切な役割なのだから。


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