エピソード1-14 レッドドラゴンとの決戦
――残された時間は、約30分くらいだろうか?
イルシュタインの街の大聖堂から、夕方の18時を知らせる大鐘が鳴り響く前に、僕はここで全ての準備を整えないといけない。
腰に巻いている道具袋から、ロープと小さな金具を取り出し。僕は早速、準備にとりかかる事にした。
まずはずっと背中に背負って、ここまで持ってきた伝説の竜殺しのクロスボウ――『ドラグール』を勇者カティナの部屋のベランダに設置して固定させる。
前回、僕はこのベランダでレッドドラゴンが口から吐く火炎ブレスを直接、目の前で浴びてしまった。
だから敵との距離、そして角度。どの方角からここにやって来るのかの全ての情報が、僕の頭の記憶には文字通り『焼き付いて』いる。
繁華街でくすねてきた、大量の金具やロープをありったけ使用して。僕はカティナの部屋のベランダに、レッドドラゴンを仕留める為の『固定砲台』を設置する。
『ドラグール』はちょうどこの場所に、空からレッドドラゴンがゆっくりと降りてきた時に。
ドラゴンが大口を開いて、火炎ブレスを吐き出す瞬間の……その口の中の、ど真ん中に向けて発射されるように入念な角度調節をしておく。
そして、クロスボウの発射トリガーとなる引き金には丈夫なロープを巻きつけ。
カティナの部屋からベランダへと繋がる大きな扉が開いた瞬間に――。固定されていた金具が切断され、竜殺しのクロスボウ『ドラグール』の引き金が、強制的に引かれる仕組みを作りあげた。
つまりは勇者カティナが、このベランダへと繋がる大きな扉を室内から開いただけで。その動作がここに仕掛けられた固定砲台の発射トリガーとなり。
自動的に『光の矢』が、レッドドラゴンの口の中に向けて放たれるという仕掛けになっている。
「……これなら、何も文句は無いはずだ。黒子である僕は確かに全ての仕組みを整えて、このクロスボウ自動発射装置を作り上げた。でも、その装置のトリガーを起動させ、レッドドラゴンに向けてクロスボウから矢を発射させるのは『勇者カティナ』自身なんだからな」
まぁ、少しだけ反則な気もしなくはないけれど。
勇者カティナの行動と、その動作によって。クロスボウの光の矢が発射される事だけは間違いない。僕はあくまでも、そのお膳立てをしただけなんだからな。
レイモンド家に仕えている中で、趣味でずっと行ってきたサバイバルスキルが、こんな所で役に立つとは思わなかった。
いつか、クレア様が晴れて勇者に選ばれた時に。僕はその役に立ちたいと、ずっとサバイバル技術をこっそりと屋敷の中で勉強をしていたからな。
クエストを達成する為のお膳立ては、黒子の僕が全て整える。
だから勇者カティナは、ただ時間ピッタリに。このベランダの扉を部屋の内側から開けてくれさえすればいい。それで全てが上手くいくはずだ。
もちろんこの作戦が、本当に成功するかどうかなんて分からない。誰も保証なんてしてくれないからだ。
でも……僕は、確信にも似た手応えを今は感じていた。それは今まで何も反応を示さなかった、竜殺しのクロスボウ『ドラグール』に、変化が生じていたからだ。
「クロスボウに、光の矢が出現している……!?」
武器屋の店主である、タルタニット・アドニスさんは言っていた。
この竜殺しのクロスボウは、倒すべき敵が出現した時にのみ。自動的に『光の矢』が弦に装填される仕組みになっていると。
「つまり『ドラグール』も理解しているんだ。もうすぐここに、倒すべき強大な敵が出現するという事を!」
僕の心の中に、大きな勇気の火が灯る。
そうさ。僕が今からしようとしている事は、決して間違いではない。後は時間通りに、勇者カティナにこのベランダへと繋がる扉を部屋の内側から開かせるだけで、全てが上手くいくはずなんだ。
ベランダに仕掛けた固定砲台の準備を全て設置し終えた僕は、窓の小窓の隙間から、再びカティナの部屋の中に侵入を果たす。
勇者カティナは、相変わらずクマのぬいぐるみを抱えたまま。ソファーの上で体を震わせながら、小さくうずくまっていた。
「もう、時間はあと僅かしか残されて無い。今のうちに出来る事を全てやり遂げないと……!」
僕は持ってきた小道具を全て使い。カティナの部屋と廊下に繋がる扉を内側から開けないように固定していく。
それらを順番に、ベランダに通じる他の窓にも細工していった。
ベランダに出る事が出来る、大扉の一箇所のみを残して。カティナが他の出入り口からは、この部屋の外に出られないように完全に封印をする。
「さぁ……ここからが、運命の時間だぞ!」
伝説の勇者カティナに、与えられたクエストを必ず達成して貰う為に。黒子である僕は、その全てのお膳立てをここまで整えてきたのだから。
だから、必ずやり遂げてみせよう。
これまでの全ての犠牲と経験を無駄にしない為に!
「――さぁ! 立つんだ、勇者カティナ! 君は女神様に選ばれし『伝説の勇者』なんだろう? そんな所でうずくまっていたら、街の人達を救う事が出来ないぞ!」
僕は大声を上げて、部屋の中に置いてある木製の椅子を持ち上げ。それを思いっきり壁にかけられた大鏡に向かって放り投げる。
すると、銀色に光り輝く鏡は……投げられた椅子が衝突して。盛大なる音を立てて粉々に砕け散った。
”ガシャーーーーーーン!!!”
「ひっ、ヒィィィィッッ!? な、何なのだッ!? 一体何が起きたのだ!?」
もちろん黒子の僕が叫んだ大声は、カティナの耳には届かない。
けれど自分の部屋の中の大鏡が突然、大きな音を立てて割れてしまった事にカティナは動揺して。ソファーから滑るようにして、床に転がり落ちた。
「まだまだ、こんなものじゃないぞッ! 伝説の勇者として『相応しい行動』を取るまで、僕は何度でも、この部屋にある物を破壊し続けてやる!」
姿の見えない透明な破壊神と化した僕は、手当たり次第に部屋の中に置かれてある物を手に取ると。それを思いっきり、高級そうな家具や鏡などの調度品に向かって全力投球し。派手な破壊音を響かせながら壊し続ける。
「やめて、やめて、やめてーーッ!! 妾が一体、何をしたというのだ!? どうしてこんな目に遭わないといけないのだ!?」
床の上で頭を抱えながら、猫のように丸まるカティナ。
彼女は全身をガクガクと震わせながら、その場から一向に動こうとしなかった。
相変わらずのヘタレ勇者っぷりに、僕の方が思わず頭を抱えたくなる。
けれど、カティナからすれば……自分の部屋の中の家具が突然、動き出し。食器や鏡が大きな音を立てて割れていくという、恐怖の怪奇現象を体験している真っ最中だ。
だから怯えて、その場から動けなくなるのも仕方がない事なのかもしれなかった。
「でも、悪いが今回だけは……必ず動いて貰うからな、女神様に選ばれし、伝説の勇者カティナよ!」
僕は今度はかなり重量のある、木製の大きなテーブルを持ち上げると。それを、さっきまでカティナが座っていたソファーに向かって叩きつけた。
”バリバリバリバリ――ッ!!”
大きな音を立てて、木製のテーブルとソファーの両方がそれぞれ破損して砕け散る。
「ヒィィィィ、やめて、やめてっ!! 妾が何をしたというのだっ!! だ、誰か……助けてっ……!」
目の前で突然、破壊された灰色のソファーの残骸を見て。流石のカティナも、あまりの恐怖に耐えきれなくなったらしい。
カティナは猛ダッシュで、廊下に繋がる扉の前に駆け寄ると。ドアノブを必死に回して、怪奇現象が続く恐ろしい部屋から外に逃げ出そうとする。
だが、僕が事前に細工をしておいた扉は……何度ドアノブを回そうとも、決して開かない。
「な、なぜ……? 扉が開かないのだっ!?」
ガチャガチャと銀製のドアノブを回し続け。部屋の外へ逃げ出そうと試みるカティナは、部屋の扉が開かなくなっている事実を知って驚愕する。
絶望にも似た真っ青な顔色をして、ワナワナと扉の前に崩れ落ちるカティナ。
ちょうど、その時――。
部屋の外から、夕方の18時を知らせる大聖堂の大鐘の音が外から鳴り響いてきた。
”ゴーーン!” ”ゴーーン!”
鐘の音は、合計で10回連続で鳴り響く。
その最後の瞬間に。巨大なレッドドラゴンが夕焼け色に染まった雲の上から、この部屋のベランダの前に降りて来るんだ。
「とうとう、始まったみたいだな……! カティナ、10回目の鐘が鳴り響くタイミングで、ベランダに繋がる扉を開くんだぞ、分かったな!」
僕の声が聞こえないカティナは、何が起きているのかが全く分からずに。ただ怯えてその場で、体を丸めている状態のままだった。
僕は慎重にタイミングを見定めて。
カティナを行動させる為の準備を整えていく。
もう、ほんの数十秒くらいで……。ちょうどこの部屋のベランダの前に、レッドドラゴンが降りてくる。
ベランダのクロスボウの仕掛けは、完璧に準備してある。後は、タイミングさえ間違わなければ……レッドドラゴンに巨大なクロスボウ『ドラグール』が放つ、光の矢を直撃させる事が出来るはずだ。
”ゴーーーン!” ”ゴーーーン!”
4回目の鐘の音が、部屋の中に鳴り響いた。
感じる……感じるぞ……!
圧倒的な破壊力を持つ巨大なレッドドラゴンが、その大きな翼によって、風で大気に凄まじい重圧をかけ。空気を振動させているのが部屋の中にいても、伝わってくる。
僕は手に持っていた、ガラスの食器を次々にカティナの後ろの扉に向けて連続で放り投げた。
”ガチャーーン!!” ”ガシャーーン!!”
扉に当たったガラスの食器が粉々に割れて。その破片が床の上にうずくまるカティナの頭上にも降り注ぐ。
しかし、それでもカティナはその場から、全く動こうとはしなかった。
「ヒィィッ、ヒィィッ!! もう、もうやめて! お願いだから、助けて! お兄ちゃん……私を助けてよっ!」
「また、お兄ちゃんか……。一体、どこの誰の事を言ってるのかは知らないけど。伝説の勇者は君なんだ! 悪いが、今は自力で立ち上がって貰うからな!」
ガクガクと全身を大きく震わせ。今のカティナは完全に、恐怖の感情に飲み込まれてしまっている。もはやとっくに精神が限界を超えてしまっているのかもしれない。
両手で必死に、自分の耳を押さえて塞ぎ。
外からの音が何も聞こえないように、ヤドカリのように自分の心の殻の中に閉じ困ってしまっているカティナ。
”ゴーーーン!!”
”ゴーーーン!!”
聖堂の鐘がもう、8回目の音を鳴り響かせた。
もう、この部屋のベランダ前には大口を開けて、こちらに向けて火炎ブレスを放とうと、レッドドラゴンが準備を始めている頃合いだろう。
念の為に、ベランダに面している窓のカーテンは全て閉ざしておいた。
外に巨大なレッドドラゴンが待機している事をカティナが知ったら。絶対に自分からベランダへ飛び出して行こうとはしないだろうからな。
「クソ……もう、時間が無いッ!! やむを得ない、最終手段を取らさせて貰うぞ!!」
僕は腰に巻いた道具袋の中から『茶色い物』を大量に取り出す。そしてそれを、思いっきりカティナがうずくまっている場所に向けて放り投げてやった。
”ゲコゲコゲコ” ”ゲコゲコゲコ”
”ゲコゲコゲコ” ”ゲコゲコゲコ”
「キャアアアアぁぁぁぁーーッ!?!?」
それは茶色の外見をした、汚泥カエルの群れだった。
色が不気味で、体液がヌメヌメとしていて。体臭がめちゃくちゃ臭い事でも有名な汚泥カエルは、女性から最も嫌われている代表格の生物だ。
特に貴族の女性は、このカエルの臭い匂いが大嫌いで。めちゃくちゃ嫌がる事を僕は知っている。
万が一、カティナが部屋から一歩も動かなかった時の為に。繁華街の下水道付近で群れていた汚泥カエルの群れを僕は見つけておいた。
そしてそいつらを、道具袋の奥に10匹ほどしまい込み。いざという時に、全てカティナの体の上に放り投げてやろうと準備をしておいたんだ。
「嫌ぁぁぁぁっっ!! 助けてーーっ!!」
自分の身の回りで、食器やガラスが割れ続ける恐怖の怪奇現象を味わい続け。更には、醜悪な汚泥カエルを10匹も体にぶつけられ。
精神の限界を迎えてしまったカティナは、必死の形相で部屋から走り出す。
向かう場所は――そう。
ベランダへと通じる窓に付いている、大きな扉だ。
こんな部屋から一刻も早く外に逃げ出したい。
でも廊下に繋がるドアは、なぜか開かなくなっている。
だとしたら……。彼女の向かうべき場所は『たった一つ』しか無い。
カティナは急いでベランダへと繋がる扉を開き。
そして、外に慌てて飛び出そうとした所で――。
彼女は初めて、自分の部屋の外に。魔王領から遥々やって来た巨大な『レッドドラゴン』が、大きな口を開けて待ち構えている事に気付いた。
レッドドラゴンは既に、その大きな口を開き。
口の中に溜め込んだ、最強の破壊力を秘めた火炎ブレスを今、まさに目の前に吐き出そうとしている所だった。
「えっ………!?」
目の前にいる巨大レッドドラゴンと、目が合い。
カティナは本能的に、自分がこれから『死ぬ』であろう事を理解する。
巨大なレッドドラゴンが口から放つ、一つの街を丸ごと焼き尽くしてしまう程に強力な火炎ブレスをまともに喰らって。生き残れるような人間は、この世界には誰も居ないのだから……。
”ゴーーーン!!”
大聖堂の大鐘が、ちょうど18時を知らせる10回目の音を鳴り響かせた。
ちょうど、その瞬間だった――。
ベランダに設置された竜殺しのクロスボウ『ドラグール』が、扉に仕掛けられたロープのからくりに反応し。
伝説の勇者カティナが『自らの手』で、直接ベランダの扉を開いた事を起因として。
扉に仕掛けられたロープが切断され、『ドラグール』の発射トリガーが自動的に引かれる形となった。
”ズドーーーーーーンッッ!!!”
400年ぶりに眠りから覚めた、竜殺しのクロスボウ『ドラグール』が、その『真の力』を発揮する。
巨大なクロスボウから放たれた『光の矢』は、勢いよく目の前にいるレッドドラゴンに目掛けて飛んでいき。
ドラゴンの体を覆っている青いバリアーを突破した光の矢が、ドラゴンの口の中心部に命中し――。
そのまま、巨大なレッドドラゴンの体を貫通して。見事に魔王軍が誇る、最強の竜を一撃で討ち滅ぼしてみせた。
『グゴアアアアアアァァァーーーッッ!!!』
この日、イルシュタインの街の夕刻を知らせる大聖堂の大鐘が鳴り響いた直後に。
伝説の竜殺しのクロスボウ『ドラグール』によって討ち滅ぼされたレッドドラゴンの、凄まじい音量の断末魔の鳴き声が街中に鳴り響いたという。
そして、全ての任務を達成し終えた僕の頭の中にも。
通算3回目となる、よく聞き慣れた女性の声が聞こえてきていた。
『――エピソード1のクエストを達成しました。
黒子はレベルが2に上がりました。次のエピソード2のクエストは、勇者が指定された開始地点に到着次第スタートします。次なる黒子の健闘を祈ります!』




