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第3話 星が、キレイだなぁ

 チュートリアルにも関わらず、戦い方を説明しないままの戦闘クエストに慌てる。


「落ち着け。スキルに魔力生成があったから、魔力はあるはず。きっと。多分」


 呼吸を整え、手を前にかざす。


「ふぁ、ファイヤーボール」


 森に木霊する初級呪文(仮)。かざした手のひらからは何も出なかった。


「ぴ……」


 痛い沈黙に先輩が慰めの声をかける。


 ガサガサッ


 奥の草むらで何かが動く音がする。陰っている部分でよく見えないが、そこまで大きい印象は受けない。

 しかし、敵意はビシバシ伝わってくる。


「戦闘しながら説明があるパターンかな……」


 荒い鼻息とともに姿を現したのはイノシシ。自分の記憶にある通りではなく、頭の左右に角を持ち禍々しさを放っている。


【ホーンボア】


 相手の頭上にポップアップは出現したが、先輩の時のようにお供にするかの選択肢はない。友好的かどうかの違いなのか、先輩が特別なのか。

 なにはともあれ、喧嘩を売った記憶はないが見逃してはもらえなさそうな雰囲気だ。クエストが出ているのだから、倒さないと進めないのは確実だろう。


「先輩って戦える?」

「ぴー」


 首を横に振られた。一緒に戦闘する系ではないらしい。相手が現れても行動指示がない。自力で倒せと、そういうことですか。 


「ヴグルルルルル」

「まっ、まだ準備がわぁ」


 低い唸り声を出しながらこちらに突進してきた。幸い真っすぐ走るだけのようなので避けることは出来たが、自分の代わりに犠牲になった細い木がメキメキと折れていく様を見て、一撃でも当たれば終わることを悟る。

 その後も、そんなに広くない広場で何度も突進を繰り返す敵に、ひぃ、やら、うわぁ、やら、情けない声を上げながら避けるので精一杯。息も切れてきて、足も恐怖と疲労で震えてきた。


「このままじゃ……」


 チュートリアルでゲームオーバーはゴメンだ。スキルは二つだがどちらもパッシブ。常時発動型で技を出せるわけじゃない。魔力を使う術がない現状、可能性はもう一つの方。


「ぴっぴー!」


 見ると、先輩が太めの木の枝を足でダシダシ踏んでいた。ボアに最初に倒された木の一部のようだ。武器にしろということだろう。


「ありがとう!」


 場所は今いるところの真反対。敵の死角だが、次の突進を避けた後だと拾っている間にふっ飛ばされる。これ以上逃げ回っても相手の体力が減る気配はなく、早々にこちらが力尽きるだろう。一か八か……。


「おりゃあああああ」


 勢いづけと威嚇も兼ねて叫びながら、相手に向かって猛ダッシュ。もちろん相手もこちらに走ってくる。

 (跳び箱跳び箱跳び箱っ!)


 目の前のあれは走る跳び箱!よく見ろ、タイミングを間違えるな、今!


「とん……!わっだっでっ……たたた……」


 確かに跳べた。しかし、手元で力を入れるべき「場」は一瞬で消え去るため、体勢を整えることが出来なかった体は地面に放り出され、勢いよく転がっていく。

 幸いにも棒は目の前。痛いけど、体も動く。

 イノシシが木にぶつかる音がする。すぐ戻ってくる。

 木の棒を握り起き上がり身構えた。手にしっかりフィットする。細かい枝はキレイに削られて、先端は杭のように尖っていた。


「先輩、いい仕事するね」

「ぴぃ!」

「はは、頼もしい」


 誇らしげなのが伝わってきて、戦闘中なのに笑ってしまう。

 スキルの効果か、握った瞬間に振るい方が分かる。 


「あー、余計に怒ってるね」


 こちらに向き直した敵は、おちょくられたと感じたのかより一層の殺意をこちらに向けている。


「狙うのはお腹」


 伊達に逃げ回っていたわけじゃない。可能な限り観察はしていた。

 あれだけ頭や鼻から障害物に激突しても気にする素振りも見せない。正面を狙ってもだめだろう。代わりに、たまたま自分が真横に位置づけた時、警戒する動きがあった。きっと急所はそこだ。


「先輩、いい仕事ついでにさ、お願いがあるんだ」

 

 はぁはぁ


 自然由来の武器を手に入れたからって強くなるわけでもなく、変わらず敵の攻撃を避け続けた。

 最初は恐怖と焦りで無駄な動作が多かったが、慣れてくれば少しの移動でギリギリを避けられるようになった。余裕が出てきた分観察もしやすい。

 広場を囲んでいた木が軒並み倒される頃には、急所が腹部であるという確信も得られた。

 しかし、そろそろ自分の体力が限界な気がする。


「ヴオォォォォォオ」


 敵のイライラも増している。


「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」

「先輩!」


 遠くで聞こえる先輩からの合図。でも。


「……やばい。どっちだ」


 森の中で先輩の高い鳴き声が反響して、向かうべき方角が分からない。


「先輩っもう一回っ」


 突進を避けて、森を背にして端を移動していく。敵を常に視界に入れながら、横ステップでなるべく早く移動する。高速カニ移動みたいで間抜けな動きだが、今更カッコ悪さは気にしない。


「そっちか!」


 今度は先輩がなるべく長く鳴いてくれたおかげで、声が大きく聞こえる方向が分かった。


「来いよ!」


 こいつに伝わるのか知らないが、腕を振り招く動作をしながら森の中へと走り出した。後ろから追いかけてくる音が聞こえる。

 森の中は倒れた木の他にも障害物や凹凸が激しく、何度か木の根に引っかかりながらも先輩を目指して走る。避けられる自分にとっても難しい場所は、直進の敵にとってはなおさら厳しいはず。


「あ、余裕ですか」


 チラ見した背後に見えたのは、行く手を阻むものは何も無いかのように突き進む敵の姿。さっき躓いた木の根が宙に舞っている。


「見えた!」


 少し見上げた先に先輩の姿。そしてその下には。

 五メートルほど開けた場所に出る。オーダー通りだ、さすが先輩。

 目的の物に背を合わせ、杭を構え敵を見据える。もう少し。もう少し。タイミングを間違えれば自分がぺしゃんこだ。心臓がうるさい。


「ぴぴぃ!」


 先輩の心配げな声と同時に体を二歩分ずらし敵を避ける。


「っぶな」


 わずかにかすった気配はするが問題ない。避けて着地した足にぐっと力を込め、体重を乗せて杭を腹に突き立てた。


「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 悲痛な叫び声を上げるイノシシ。杭が深く刺さったのか、横に倒れ悶えている。

 起き上がる前に倒さないと。


「倒さないと、たお……殺す?」


 手に残る感触にビビる。クリアの文字はまだ出ない。完全に、息の根を止めないと、クリアにはならない。


「くそぉぉお」


 今にも立ちそうなイノシシを前に思考を閉じ込め、刺さった杭を力いっぱい抜く。抜いた衝撃で再度倒れるイノシシの腹を、何度も、何度も突き刺した。

 時間にしたら数秒だったかもしれない。

 ゲーム画面のようなHP表記もなく終りが見えない中、手や顔にぬるい液体がかかるのを感じながら、刺す度に響くうめき声を聞いた。それはまさに終わらない地獄のようだった。

 もう、手に力が入らず杭を引き抜くこともできなくなった頃、イノシシが完全に死体となっていることに気がつい

た。


「おわった……?」


 ズシャッとその場にへたり込むと、【クエストクリア】のポップアップが。報酬はまたショップコイン十枚。続けて出てくるのは【街へ行こう】という新たなクエスト。


「そんな、サラッと流せることじゃないだろ、これ…………」


 血まみれの手からは、肉を何度も刺す感触が消えない。手も足も、体全体が小刻みに震えていた。震える赤い両の手を眺めていると、ぼたぼたと落ちる雫が血と混ざっていく。涙。いつから出ていたのか。

 無惨な姿になった死体はゲームのように消えることはなく、ずっと自分の目の前にある。興奮状態は徐々に薄れ、やがて嗅覚や痛覚を取り戻す。むせ返る血の匂い。体中を走る痛み。


「おぇぇぇええ」


 罪悪感と恐怖と安堵と痛みと臓物が散らばる景色と血の匂いで、嘔吐する。何も食べていなかったのか、出てくるのは胃液ばかりだが、何度吐き出しても治まることはなかった。





「ぴぴぃ……」


 先輩が心配そうに見ている。汚れてしまうから近づかないでというお願いを聞いてくれているため、不服そうなのを感じる。


「星が、キレイだなぁ」


 あれから、少し動けるようになって広場に戻ってきた。足がガクガクでほとんど這う形になったけど。広場の真ん中にたどり着いて、仰向けに寝転がり、もう、指一つ動かせなかった。怪我自体は打撲とか擦り傷で、骨も折れていないし命に別条はない。

 自分が誰かも思い出せないのに、何でこんなところでこんな体験をしなくちゃいけないんだろうか。前の自分はよほど恨みを買っていたのか。夢だと思うにはあまりにもリアルすぎる。

 疲労困憊なのに、眠ることも出来ず広場からのぞく空を眺めていた。日が傾き、空がオレンジから濃紺へと染まり、月が顔を隠した後、キラキラと宝石を散りばめられたような星空が現れた。

 ずっと流れ続けている涙を、先輩が舐めようとしてくれたけど、どこまで血が飛んでいるかわからないから止めてもらった。

 すり寄ってくれるのも、手で撫でてとアピールするのも、ごめんと断った。不服そうにダンと足を一回鳴らし、そこからは少し離れて、でもずっと側にいてくれる。

 夜になって、寝てもいいよといっても、ぷいとそっぽを向かれる。耳をピンと立てて、もしかしたら危険が来ないか警戒してくれているのかもしれない。


「こんな星空をさ、なんだか知っている気がするんだ」


 少しだけ動くようになった腕を伸ばし、手で作った器で掬うような動作をする。


「こうやって、零れ落ちそうな星を掬っていく。今くらいの星空も、もっともっと近くで見る星空も、知っている……気が……」


 目の前の星々と、記憶の中の星々を眺めながら、ゆっくりと瞼が閉じていった。

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