プロローグ
2024/10/10 冊子に乗せていたプロローグを追加しました。
【プロローグ】
あぁ、この世の終わりだ。
足元は血まみれで、四方八方から悲鳴が聞こえてくる。
いっそ、自分の事も襲ってくれないだろうか。
悲鳴の元を見やると、暴れ狂う街路樹だった何かと、それに怯える人間が確認できた。
巻き込まれる形なら……と間に入ってみるけれど、可笑しいほどにこちらを上手に避けていく。
無傷で血飛沫を浴びながら、断末魔と命の消えゆく音を耳にする。
見上げる空は、皮肉なくらい青く澄んでいた。
処理しきれない感情が目から零れ落ちていく。
にじむ視界に、数刻前の光景が反射する。
血の海の中で倒れる想い人。
その傍らで。巨大な黒猫が誇らしげに鮮血を滴らせていた。
かつて、膝の上で気持ち良さそうに喉を鳴らしていた、あの面影は何処に消えてしまったのだろうか。
雫を止めようと袖で拭うが、一向に止まる気配はなかった。
「魔女だ……魔女の呪いだ……」
誰かが叫んだ。
「もう終わりだ……呪われたん」
言い切る前に声が途絶えた。
魔女……。
当に狂っていると思っていた自分の中で、ガシャンッとなにかが壊れる音がした。
そうだ。
魔女だ。
魔女の呪いだ。
聞こえてきた言葉を繰り返す。
脳裏に浮かんだのは、憎しみに満ちたあの魔女の瞳だった。
全てはあの魔女の呪いのせいだ。
いかなければ。
終末などにしてなるものか。
ゆっくり進むだけだった足が、気が付けば速度を上げていた。
魔女のせいだ
魔女のせいだ
魔女のせいだ
魔女のせいだ
魔女のせいだ
魔女のせいだ……!
頭の中でその言葉が呪文のように繰り返された。
元凶を取り除けばきっと元通りになる。
根拠のない結論に脳みそが支配されていく。
君との思い出の公園を越え、坂道を駆け上がり魔女の家を目指す。
大丈夫。
こんな悪夢は、少し時間が経てば笑い話だ。
枝や根を怒りのままに振り回す大樹なんていない。
踏み入れる者を拒む花畑なんて存在しない。
何もかもが元通りになる。
明日はまたあの公園に行こう。
木漏れ日は変わらず優しくて、素敵な花の香りに包まれる。
君に、「怖い夢を見たんだ」と弱音を吐こう。
そうして、「心配ないよ」って抱きしめてもらうんだ。
そう、もう一度。
君に抱きしめてもらうんだ…………。