#4 この世界に爪痕を
「…あなた等は何をしに早速来たわけ?さっきのやりとりはすっかり忘れちゃったのかしら」
霧島はそう言いながら、一応作業を中断して冷たい眼差しで未菜を見た。緒方は青白い顔を更に青ざめさせていたが、未菜は真面目な顔のまま一歩踏み出して、勢いよく頭を下げた。
「さえっぴ、さっきはごめんなさい!私ここのこと全然知らなくて、テンション上がって騒いじゃって…。それに、あんまり大きい病気なんて罹ったことないから、さえっぴも含めて他のみんながどんな気持ちなのかとかもあんまり分かってないと思う」
「それはそうね、分かったように話される方が…正直いって虫唾が走るわ。それで気持ちの分かってない寧々森さんは、わざわざ謝罪をしにきたってわけ?」
言葉の節々にトゲを忍ばせながらそれを隠そうともしない霧島と、全く意に介さない未菜。2人ともメンタルおばけに違いない。
「それも勿論目標だったんだけど、それだけじゃないの。実はさえっぴに折りいってお願いがあってきたの!」
「お願い?…まぁとりあえず座らない?私だけ座ってたら申し訳ないじゃない」
霧島は怪訝な顔をしながらも椅子を2脚用意して出してくれた。未菜はともかく、緒方は助かったに違いない、なぜならこの後の話は長くなるからだ。
「それで?お願いって何かしら。こう見えて忙しいんだけれど…」
そう言って作業に戻る霧島。今日も何か紙に図のようなものを書いたり、机の上のタブレットには調べ物をしているのかブラウザが開いたままになっている。
ん…?あれは…!
「さえっぴ!もしかしてそれは…寝台特別特急の北斗星じゃんッ!
え?北斗星制作予定とかマジあがるッ!いつ頃完成するの!?どのぐらいの大きさ…」
「寧々森さん、寧々森さん!ちょっと落ち着こ?霧島さんが本気で引いちゃってるから」
「…本気であなたをこの部屋に招いてしまったことを後悔してきたわ。なに、電車が好きなの?」
「へ?小さい頃からめちゃめちゃ好きなんだけど、そこまで詳しくないっていうか…興味はあって乗りに行ったり、見に行ったりするぐらい!」
「…あらそう?私からしたら相当だと思うけど…これは?」
「C57!貴婦人!え、マジマジ!?伝説じゃん〜」
「…これはどうかしら?」
「成田エクスプレス!正面がイケメンすぎぃ〜!マジタイプ!」
「これはこの前作った物なんだけれど…」
「えー!!!日暮里・舎人ライナーをこのサイズで見れることある!?タイヤがめちゃめちゃ精巧すぎるッ!何で作ってるんだろう…」
「…(スッ)」
「特急 ゆふいんの森!あの絶妙な緑色をここまで再現するとかマジ神ぃ〜」
「…(スッ)」
「え?え?え?モ161形電車はエモすぎるぅ〜。歴史感じるし、今も現役なのパワフルだよね!?」
「…(スッ)」
「観光列車ひえいまで取り揃えてるとかラインナップ刺さるッ!デザインが先進的過ぎるし、この透明感のある正面はどうやって再現…」
「…結構面白いわね。あなた十二分に詳しいわよ?安心して、普通に気持ち悪いわ」
「え?このぐらい一般常識じゃん?
ね、おがっち?え、おがっち?男の子は知ってるよね?みんな電車好きでしょ?え?まじ?」
「…ごめん。乗り物はハマらなかったから共感できない。あと、多分そこまで詳しいのは稀だと思うよ」
2人の反応を見て、もしかしたら私って普通じゃない?と思い始める未菜。しかし、目線は霧島が出した様々なミニチュア達を凝視している、いろんな角度から、舐め回すように…。
珍しく霧島と緒方が目線を合わせ、困ったような顔で頷き合う。
「そんなことより!あのぉ…そのぉ…そう、この作品達って…いや、そうじゃなくて…」
「なによ、歯切れが悪いわね。ハッキリいいなさいよ」
先ほどまでのキラキラとした様子から一転し、テンプレのように指と指を合わせてモジモジとし出した未菜。それを見かねて急かす霧島に対して、意を決した様子で話し出す。
「…さえっぴの子供達をSNSに発信してもいいですか?」
「はい?子供たち?発信?」
そのタイミングで何やら持ってきていた黒い肩掛けカバンをゴソゴソとし、おもむろにカメラと三脚を見せてくる。
「ここにある作品をSNSに載せたいのッ!ここに入った時の感動をもっと色んな人にも感じて貰いたいって思ってるの。…どうかな?」
「嫌よ。見せ物じゃないもの、丁重にお断りするわ」
「そこをなんとかッ!だって勿体無いじゃん。こんなに素晴らしい鉄道模型様達が世間に知られなてないなんて、損失以外の何物でもないって!
機材もこちらで用意するし、編集も含めて全部やります、やらせてくださいッ!…それにアカウントはもう作成したよ?」
未菜は惜しげもなく土下座を披露しながら、上目遣いで携帯の画面を見せてきた。
「…あなた、プライドはないの?土下座なんて初めてみたわ。見苦しいからやめなさい。それに機材とかアカウントとかって何よ、あなたのケータイで適当に写真でも撮って発信するつもりなんじゃないの?」
「それだけでもいいかな確かに思ったんだけど、どうせなら制作風景とかも撮影した方が100%バズると思って…わたしもこんな超絶作品どう作ってるのか気になるもん。ほんと、撮影させてくれるだけでいいの!さえっぴはいつも通りの作業をしてくれるだけ!この通りです…」
額を床に擦り付けながら懇願する未菜と、それを見下ろす霧島。
そう言いながら霧島は未菜の手から携帯を取り上げ、画面を確認した。
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アカウント名:鉄道模型の神だぞッ⭐︎
紹介:さえっピの秘密基地♡
鉄道に関するものをどんどん模型化計画チュ(^з^)-☆
みんな、さえっぴの秘密…み・て・ね♡
#鉄道模型 #ミニチュア #ジオラマ #模型 #Nゲージ
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「なにこれ…普通に気持ち悪いわね。こんなのに土下座までして誘っていたなんて信じられないわ」
「どれどれ…うわっ、生理的にしんどい文章きたね。寧々森さんSNS詳しいんじゃないの?自分のもやってるんだよね?」
「気持ち悪いなんて失敬な。うん、やっててね、自慢じゃないんだけど結構人気なんだよ、ほら」
そう言いながらアカウントを切り替え、画面を2人に見せる。
「「うわ…」」
そこには電車ももちろん写っているが、最近流行りのアニメキャラのコスプレをした未菜がドーンと写っていた。容姿が整っているので似合ってはいるのだが、いかんせん服装が際どい。
「いや〜最初は電車だけアップしてたんだけど…あんま人気出なくて、ある時ガラス越しに自分の姿が写っちゃった時にちょっとバズって…フォロワーさんの要望を叶えていったらこうなっちゃった、てへっ⭐︎」
「てへっ、じゃないわよ。親御さんは知ってるのかしら?未成年でこの活動はいささか不味いんじゃないかしら…」
「うん、勿論!この衣装はね、母上の手作りなのだ。…こういうところは地肌じゃなくてタイツだし、スカートに見えるようなパンツスタイルだったりすっごい工夫してくれてるの!母上凄いよねッ!」
自分のことのように自慢する未菜を見て、霧島と緒方は本日2度目となる顔を見合わせてのため息を吐くことになった。
「…まぁ親御さんが知ってるならいいわ。そういう感覚で今回のアカウント名と紹介文が設定されたことはよく分かったわ。納得はしてないし、そもそもこの活動自体に賛成する気もないけれど」
そう言いながら霧島は未菜にケータイを返した。
未菜はお尻と膝をポンポンとはたき落とす仕草をしながら立ち上がり、先ほどの空気から一転して真面目な顔で霧島を見た。
「さえっぴはさ、こんなに凄い作品を、こんなにたくさん作ってるけどさ…どんなきっかけで始めたの?」
「…別に、大した理由じゃないわ。入院生活が長くて暇を持て余していたから、手慰みみたいなものね」
「お婆ちゃんの編み物感覚で模型作り…同じフィールドじゃないような気がするけど…ヒッェイッ!」
「なにかしら、ただ見ただけなのにお化けを見たような反応をして。失礼ね」
緒方の呟きに対して霧島が冷たく鋭い視線を向け、それに緒方は変な声を出した。この2人はやっぱり相性いいよね、絶対。
「さえっぴにとっては手慰みかもしれないけど、この子達の臨場感やパワーは本物だよ!
さえっぴの事はまだ全然分かってないし、なんなら今日初対面なのにこんなこと言うの変かもだけど…」
そう言ったあと未菜は少し床を見て一拍言葉を溜めた。そして勢いよく上げた顔は、頬が少し上気しているように見えた。
「さえっぴ、私と世界に爪痕を残そうッ!何年経っても誰かの記憶に残っているような、世界のどこかで語られるような…そんな事を成し遂げよう!!!」
その言葉を聞いた霧島は目も見開いて未菜を見つめた。
そして少し考えるように目を閉じた後…
「あなたが何を思って、どんなことをできるのか今はまだ分からないわ。…でも、私も何か新しいことができるのであれば、やってみても良いかもしれないわね」
「えッ!じゃあじゃあ…」
「まぁまずはお試し期間ね。いつも通り過ごしていいっていうし、何にも変わらないのであれば、すぐに辞めればよいもの」
「やったー!じゃあ、期待を裏切らないようにすぐ行動しなくちゃね。じゃ!準備するのに戻るね〜、またッ!」
そう言って未菜は返事も聞かずに霧島の病室を出て行った。
…と思ったらすぐ戻ってきた。
「おっとと。さえっぴ!次になんか作業するのはいつの予定?」
「忙しない人ね。今日も明日も作業はするけど、今週いっぱいは図面と睨めっこよ。実際に作業するのは来週以降の予定になるわ」
「おけまる〜。じゃあ、今日と明日はいろいろ準備進める感じでよろしく!…私の入院って2、3日…?その後は…」
後半はよく聞き取れなかったが、今度こそ未菜が去った病室は水を打ったように静まり返る。
「寧々森さんは忙しい人だね〜…いやぁでも霧島さんが許可を出すなんて思わなかったな。意外に乗り気だったりなんて…」
「馬鹿言わないでちょうだい。そもそもあなたがノコノコと連れてきたのが原因じゃない。私は被害者よ」
「それは確かに…まぁでも、この階で活気があることは良いことだよね。僕はこの流れの続きをどこまで見られるのか楽しみなような、寂しいような」
「…冗談は顔だけにしてちょうだい。あなたが主催した花見会、来年も幹事やるんでしょ?」
霧島と緒方は気付けば窓の外に視線を向けていた。雲ひとつない晴れ空の下、わずかに花を残した桜の木が風で揺れていた。




