8 弟の応援があれば、舞台にだって立てます
学園の夏休みがやって来た!
神殿巡回は、国の一番西にある貿易都市からのスタートだ。
海水浴で賑わうリゾートタウンで別荘滞在中の貴族の方々、街の教会へミサにお越しになっていた平民の方々への宣伝をせっせとして、領主様一族にもご挨拶して、公演のお知らせをして回った。
どうか、見に来て欲しい。
神事の成功を祈る気持ちも、もちろん強いのだけれど、ここまでやって来たからには、誰かにわたしたちの舞台を見届けて欲しいんだ。
何もせずにズルいズルいと誰かを羨むのではなく、全力で作り上げたわたしたちの成果を、どうか見て欲しい。本当に本気で心からの一生のお願いだ。
「お姉さん頑張えー!」
「うん、マー君が見守っていてくれたら、お姉さんはいつだって頑張れるよ!!」
「……お姉さん、舞台ソデだからっていつまでも僕の旋毛クンクンしてないで、早くみんなと円陣組みに行ってきなよ」
「分かってる、分かってる。分かってるから、もう少しだけ充電させて」
◇◇◇◇
今回の演目は聖女物語。
龍脈の要石に聖女がエネルギーを注ぎ結界を張り維持をする神事が生まれるまでのお話だ。
メインの聖女は一人だが、魔物と戦う騎士四人や、教会に要石を配置する神官三人、魔法陣を描いた魔術師三人と複数人ずつのチームに分かれて演じることにした。それぞれのチームごとの歌や演舞もある。
わたしは見習い魔術師役。
姉の騎士が心配で幼くして、魔術の道を志したという役だ。見せ場の多そうな役だと思うでしょう?
舞台映えのする剣舞が必要な騎士役チームは三年生、難易度高めな聖歌の歌唱を担当する神官役チームは二年生、入学前の十五歳のクララ先輩と十六歳の一年生で初舞台のカトリーナ先輩という、残りモノ三人組が魔術師チームになっただけなんだよね……。
年功序列ではなくて、配役オーディションも、やったんだけど、二年生と三年生には、これまでの経験があるから、基礎的な体力、表現力、歌唱力が全然違ったからなんだよね。
先輩たちも、平日に学園へ行きながら、週末の泊まり込みで稽古に参加したりと、この突貫公演を間に合わせるため、かなりの無茶をしてくれた。
一番レッスン時間を確保できた、見習いの訓練所住み込み組の中で、断然伸びた、十五歳のキャサリン先輩は、見事主役の聖女役を射止めた。
彼女は、天性の女優というか、表現力があるんだよね。
技術的にはまだまだ粗削りだけど、人を引き付ける、舞台映えする自分の見せ方を掴んでいるようで、他のメンバーとは格が違うんだ。
メインの聖女は、独奏もたくさんあるから、大変で練習量も段違いなんだけど、華があって、本当にすごいんだよ!
魔術師チームは、わたしがちびっ子枠、クララ先輩がポンコツ枠で、キャラクター頼りで誤魔化してる感じなんだ。
踊りはまだ微妙だけど、しっかりとした歌唱力のあるカトリーナ先輩がメイン旋律を担当して、わたしたち二人を率いてくれている。
うちの両親も、果物やプリンを差し入れで送ってくれたり、休日は面会に来てくれて、励まされた。
貿易都市までは、申請が必要な転位魔法陣を使わないと、王都から一月以上かかるから休みが取れず、舞台にはこれなかったけど、手紙やドライフルーツ、のど飴を餞別に貰ったんだよ。
初舞台の客入りは、協会関係者三十名、平民八名、貴族三名という、実質的な来客数が演者の数と同じという、何とも塩っぱい結果に終わった……。
それでも見に来てくれた方が、周りの方を誘って下さったのか、二日目の客席は平民二十名、貴族十五名まで、埋めることが出来たんだ。
三日目の最終日は平民七十名、貴族四十一名というなかなかの盛況を迎えるまでに至ったんだ。
他の地域でも、初日の入りは悪くても、徐々に認知されたのか、最終日には、跳ね上がったんだよ。
二部の歌は、神殿のある各地の領歌、手堅い唱歌、聖女の独奏三曲という、完全にキャサリン先輩頼みの選曲だ。
この国での定番の楽曲ばかりで、わたしたちの舞台専用オリジナル曲はなかったので、前の人の知識で、良さそうな曲を鼻歌で歌ってみて、どうかと聞いたのだけど……、全く理解されなかった。
「お姉さん、音程の取り方が独創的だもんね」
マー君、音痴の綺麗な言い換え、ありがとうね。
……懐メロ曲を若手がカバーして、再ブレイクという展開も、わりとあったけど、全部がウケた理由じゃないもんね。
いやー、きっとわたしの選曲が悪かったんだな。
コレは仕方ないよね。
前の人も今のわたしも、演奏経験がないし、音楽的な素養もあまり高くないので、アレンジの方法やヒットする要素がピンと来ないのかもしれないな……。
残念ながら、わたしの知識チートは失敗ですな。
やれやれだぜ。
学園の二学期が始まってからは、隔週で週末二日間のミニ公演を、訓練所の最寄りの教会で行うようになった。固定客がついてきたのか、会場が満員になる日も増えてきた。
皆様の認知が進んでいるようで、何よりだ。
そんな風に波が来ている状態での、マー君の知識チートは大成功。流石だね。
舞台終了後に、肖像画カードを物販で売りつけ、サイン入りカードの購入が出来る抽選会で盛り上げて、メンバーカラーのレザーブレスや扇子、リボン等のグッズ販売に、握手券まで、さばき始めた。
更には、各地の教会支部にお友達の力を借りて、ランダム封入のメンバーの小さなぬいぐるみや、アクセサリーが買えるガチャガチャカプセル魔道具や、ランダム封入の肖像画カードが買えてリズムゲームで遊べる魔道具、購入ボタンを押すとポップコーンが出来上がるまでの間、唱歌が流れる愉快な調理魔道具まで、設置。
こんな遊具で、前世はキッズたちが遊んでいたような……。
楽しく遊んでいるうちに、聖女の公演にも興味を持ってくれる、未来の小さな信者さんが、増えてくれたら、嬉しいけれどもさ。
どう考えても、各地の教会が国道沿いの大型スーパーのゲーセン化してる気がするんだけど、アリなのかな……。
教会への文化侵略?
パンダや電車、飛行機みたいな乗り物型遊具がなかっただけ、マシかな。
「お姉さんに乗るのは、僕だけの特権だからね!」
マー君、穢れたお姉さんの耳にはそれは違う意味に聞こえちゃうよ……。
ドキドキしちゃうからやめてー!
一緒に水遊びした後で「どーぞ」って足を拭かせてくれるのもやめて、鼻血が出ちゃうから。
「おいしいよ」って言われても、足の指をペロペロしたりなんて、もう絶対にしないんだからねっ!
◇◇◇◇
次の神殿巡回遠征は冬休みと春休みで、どちらも十五日ずつしかないので各地で一日公演の弾丸ツアーになってしまうので、一日二回の公演を行いながら回ることとなった。
演目は引き続き、聖女物語。
マー君のお友達のアラクネさんの糸を使った衣装にお着換えして、見た目の華やかさもマシマシです。光沢感のある糸で縫われた繊細な刺繍は遠目でも分かるように大柄の配役に合わせたデザインとなっていて、チームカラーを分かりやすく表現している。
赤系が魔術師三人組、青系が騎士四人組、黄色系が神官三人組、聖女キャサリン先輩が白と分かれており、赤系チームの中でわたしは髪色のチェリーピンク担当だ。
舞台慣れして来たので、二部の歌を増やして客席を回ってのハイタッチなどアイドル的な演出も加えて、前回来てくれた人でも楽しめるように構成した。
ついに神殿会場の五百人席が全席埋まるようになり、わたしたち『セイント・イレブン・ガールズ』は目標通りの、結界の維持という大役を果たすことが出来たのだ。