7 ここでは一番下の妹です②
結論から言おう、これまでの聖女の神事として行ってきた舞は、あくまでも個々の感情表現の発露としての演舞であって、人様にお見せできるレベルのものではなかった……。
新人のお前が言うなって話だが、さっそくプログラムを作るために、順番に一人ずつ、お互いの踊りを見ていったら、皆様も自分で気が付いていた。
これまで見てきた劇場の芝居や歌、祭りの舞台と比べたら、その差は歴然だってことに。
つまり本職の踊り子のように、舞で感激させるほどの技能は、我々には備わってはいなかった……。
体育の授業の創作ダンスを、思い出して欲しい。
喜びの舞、怒りの舞、哀しみの舞、楽しさの舞、そんな感じなんだよ。
リズム感があって感覚的な表現に長けた、上手い子が稀にいても、パフォーマンスとしてお金が取れるレベルの子となると、そうそういないよね?
つまり、儀式を無料で一般公開したとしても、お客さんがつまらなさのあまり、強い感情エネルギーを放ってくれなければ、意味がないんだよ……。
つまらな過ぎてムカつく!ぐらいにドギツイ反応を示すのは、アンジェラぐらいのもので、普通は欠伸する程度でしょう?
しかも、思春期の皆様方、いろいろと鬱憤が溜まってるのか、これまでの舞のテーマは『怒り』『孤独』『嘆き』とか、そういう切ない表現を、込めた独創性の高いものばかりでして……。
それぞれ非常に思春期な厨二チックじゃなかった……ユニークで下手ではないんだけど……、なんというか評価し辛いものなのだ。
テクニックとしても、感動するほどのレベルではないしね。
自己表現としては、踊って自分を解放するって、かなりスッキリするんだよ。
これまではそれだけで、良かった。
カラオケ行った後みたいに。
声出したなー、踊って動いたなー、楽しかったなー、そんな感じ。
カラオケいいよね。スッキリするよね。
でもよく行って楽しんでいる人が、プロの歌手になれるかって言ったら、全然違うよね……。
貴族令嬢なんて、所作や表情の作り方一つ一つに意味を持たせるから、そこから解放された身体表現というのは本人たちにとっては、すごく重要なこと。
だから、これまで聖女たちが、神事で奉納して来たエネルギーも、それなりに強力なものだったのだろうけど、人を魅せるという点に関しては、これまで全く追及されてこなかったんだよね。
「そだよね。冷静に考えたら、わざわざ来てもらって、更に楽しんで貰うって、かなり難しいよね」
「儀式って考えてずっとやって来たけど、誰かに見られるのって緊張するなあ……」
「みんな、頑張ってきたんじゃがなぁ……。わしも演舞の指導はしても、踊り子の経験もその指導経験もないしのう」
どうしようかね。カラオケ教室的な楽しみながら、お稽古の上達を目指してきたのが、この『訓練所』であって、プロの歌手や踊り子を目指す人のための『養成所』ではないんだよね。
社交界に出れば、踊りの上手い貴婦人だっているかもしれないが、そういう人もプロダンサーではないしねぇ……。
あー、才能ある踊り子や、歌手が羨ましい。
もっと前世でアイドルのダンスのフリとか、覚えておけばよかったのになぁ。
◇◇◇◇
司祭様の伝手で、ダンスの教師、歌の教師、舞台の教師を呼ぶことにした。
今は四月中旬、七月後半の学園の夏季休暇までに、少しでもレベルアップを測らなくてはならないのだ。
お芝居と歌の歌劇、つまりミュージカル仕手てにして、なんとか舞台を成立させようと言うのが、我々の目論見だ。
本職の歌手、踊り子、役者には及ばなくても、表現の新しさ、奇抜さ。そして何より若い貴族令嬢だけの舞台という付加価値に縋った、演目を作ることにしたんだよ。
これって、アイドルプロデュース?!
初舞台までに間に合うの? って間に合うかどうかじゃなくて、間に合わせなきゃ、いけないんだ。
三カ月しかないから、アンジェラの言葉じゃないが、お遊戯レベルからの卒業は、正直無理だとは思う。
でも十一人(うちわたしを含め見習い四人)では今後の神事が成立するかすら、怪しいんだよ。
去年度二十人近くもの卒業生が出てしまった上、昨年度は新人が一人、今年度は(来年度の学園新一年生)二人しか確保できなかったことで、結界の維持には本当に危機的な状況らしくてさ……。
学園の今年度の新一年生に王族が在籍されているらしく、学齢の高魔力保持の子女の方々が皆、王族とのご縁を望まれたために、ここの所の聖女不足が発生してしまったのではないかというのが司祭様の分析だ。
あぁ……、聖女ブランドって婚活強者の証ですもんね。
聖女の就任まではしなくても、候補に選ばれたほどの高魔力保持者というだけでも、充分な売りになるんだろうね。それなら一番高値を付けてくれそうな王族との縁談が、良いのかな……。
わたしとマー君が訓練所入りした後も、いつものお爺ちゃん司祭様以外の教会の方たちが、測定後に勧誘を繰り返してたらしいけど、軒並み断られて、どうにもならなかったらしい……。
なんという貴族社会の世知辛さよ……。
人に押し付けて逃げたアンジェラの子ズルさよ。
みんな、もっと結界守っていこうぜ。
王室の方々だって、嫁なんか一人で充分だし、むしろ結界をハーレム状に、チヤホヤして守護って欲しいはずなんだよ。
入学前の合宿生活に、入学後も訓練ばかりで放課後潰れる上、長期休みまで拘束される、聖女ライフが面倒臭く感じてしまうのは、分かるんだよ。
でも誰かがやるだろうと思ってるうちに、誰もやらんくなってしまった今、既に待った無しの危機的状況なんだよ。
教会も必死で、講師の方をお呼びした上、各地の神殿の工事まで行っている。
予算不足の割に、訓練所のごはんには、影響がないのは有難いね。
こうして、全国各地の七つの神殿を巡るこの公演は、ミュージカルの第一部とミニコンサートの第二部という形式で、それぞれ三日間行うことに決まった。
入場料は貴族は有料、平民は無料の予定だったが、今回は招待券という形で、貴族の方々にも無料でお配りしているのだが……、あまり反応がよろしくない。
「貴族向けの劇場で人気のある芸術性の高いの演目だと、素人臭さがバレるし、大人でも難しいから神殿や聖女の認知のための童話風物語にしたのがマズかったかな……」
レッスンは順調だが、手ごたえが無さ過ぎて、不安だ。
「大丈夫だよ。まだ広報が足りないだけで、小さい子供がいる家だって、来てくれるかもしれないよ」
「うん、無理に背伸びはしなくいいよ。今回は知ってもらうことが目的だし」
「外のお客さん来てくれなくても、わたしたちが頑張るだけでも、たくさんのエネルギーが込められるはずだよ。客席には教会の方々に座って貰ったらいいんだよ! 」
割り切って覚悟を決めた学園生の先輩たちのフォローは嬉しいけど、教会の人に座って貰うのは、サクラって言うんだ……。
最悪今回はそれで乗り切るにしても、聖女と教会人員だけで回していたら、結界の認知はいつまで経っても進まずに、先の無さは、解消されないままなんだよね。
ハァー、頭痛いなぁ。
「エリカ……。あんたさ、レッスンもちゃんと頑張ってるし、先を見据えていろんなこと考えてて大変だとは思うんだけどさ……。弟の足にスリスリすんのは、止めなよ」
「え?スリスリ?」
「考え事しながら、ずっとマー坊の足を撫で回したり、頬ずりしてたわよ……」
嘘でしょ、スーザン先輩、そんなことして……してたわ。
ナチュラルにセクハラしまくってたわ……。
「ごっ、ごめんなさい……。マー君もごめんね」
「ううん、僕のお姉さんがおバカなのはいつものことだけど、みんなの前ではめっだよ。TPOを弁えようね!! 」
「う、うん」
「人前じゃなきゃいいんかい……」
ついついウッカリしちゃった。これじゃお姉さん失格だね。しっかりしないと。
「ちゃんと、マテ出来る?」
「で、できるよ」
「よかった、さすがお姉さんだね。ヨシヨシ」
「えへへ」
「ヨシヨシ、いい子にしてたら、ご褒美あげるからね」
「お、お姉さん頑張るからっ!」
「こいつら……姉弟じゃなくて、犬と飼主だな」
三年生でみんなのリーダでもある、スーザン先輩にはすっかり呆れられてしまったが、お部屋でマー君にすりすりして癒されたりしながら、夏の初公演まで頑張ろう!!