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5 姉の代わりに、わたしが聖女……にはなれませんでした

 エリカちゃん十四歳。マー君と仲良く様々なお勉強に励んでいるうちに、半年以上過ぎ、異母姉が十五歳を迎える春が来た。

 この国では十五歳になると、成人後の進路選びの参考に魔力やスキルの判定を受けることが義務となっている。


 平民は最寄りの判定員のいる教会へ行くのだけど、魔力持ちが基本の貴族の場合、なんと自宅まで来てくれるのだ。

 平民にも、どこぞの御落胤か隔世遺伝かは不明だが、魔力持ちもいるのだけど、その数は少なく、あまり一般的ではない。 


 貴族の場合、皆魔力持ちが基本で、保持する魔力の量や質、スキルに様々な違いがある。 

 人に知られたくないスキルや、秘伝の魔法などもあるため、自宅での判定を望むのだ。


 ものによっては、訓練をして正確な操作を身につける必要もあるそうなので、十六歳からの入学に備え、一年前の春には判定員が回ってくることになっている。能力に合わせた、学科選択、聖女の発見にも、有益なことらしい。


 聖女……、マー君は視野の狭い『女神の寵愛』と言っていたが、聖女とは、一定以上の強い魔力を持った、貴族令嬢が担うお役目のことを指す。


 学園在学中も、放課後には訓練して、長期休みの際には、全国各地の神殿(地域ごとに点在している街の教会とは神殿の分社のようなもの)への巡礼を行い、舞踏と祝詞を捧げるのが、そのお勤めだ。


 魔力量の多い若者が、増幅効果のある、神殿の特別な魔法陣の上で、演舞を捧げると、『竜脈』と呼ばれる、大地の中を流れる河のようなものの、澱みが除去され、澄んだ流れが維持できる。 


 整ったその状態を維持することを、我が国では「結界を張る」と呼んでいる。


 これは国力に関わるとても重要なお務めだ。

 演舞を捧げる奉納者の、公共への奉仕の心が、非常に重要らしく、未婚者が、その対象となっている。


 子供や夫、生活のあれこれに囚われないお年頃の、純粋な魔力と精神力によるエネルギーこそが、結界を貼るのに、最適であると言われているからだ。 


 かつては男性の奉納者もいたらしいのだが、そのまま教会で出世を希望されるような方には適性がないし、貴族様の望むような好待遇での永続勤務も難しいとなれば……、そりゃ、お断りされるよね。


 そのため寿退職か、そのままお勤め継続されることになっても、出世なしでOKな、貴族の御令嬢が、奉納者、聖女という尊称で呼ばれる存在になったのだ。


 令嬢的にも、奉仕の心を持った、純粋で努力家のお嬢さんという箔が付き、聖女経験は、婚活にも役立つらしい。

 まぁ領主夫人として悪くない気質なんだろうね…………。


 この国は、まだまだ男性社会。


 前の人の世界と比べて考えてしまうと複雑だが、とにかく、ここで聖女に認定されることは、とても名誉なことなんだよ。



◇◇◇◇


 

「いや、いやよ。わたくしは次期当主よっ! 学園にだって行かなくてならないのに、教会での奉仕活動なんて、やっている暇はなくてよ!」


「えと、他にも在学中の聖女さんは複数おりましてな。さすがに次期当主の御令嬢ともなると他にはおられませんが……、学業に支障のない範囲での活動をお願いしているものでしてな……」


「ほら見なさいっ! とにかくわたくしは嫌よっ」


うん、気持ちは分かる……。いくら名誉あるお役目だろうと、次期当主のアンジェラが、短くない時間を拘束されてまでというのは、どうかと思うよね…………。


「その、なるべく時期当主としてのお勤めにも、差し支えないように、調整させて頂きますので……」


「時間の無駄よっ! どうしてわたくしがそんなバカげたことっ!! いくらわたくしに才能があるからと言って、侮らないで頂戴!!」


「いえいえ、けして、そのような意図はありませんぞ……」


「そんなお遊戯、魔力と時間を無駄にしているどこかの極潰しにでも、やらせておけばいいのよっ!」


 アンジェラ、いくらなんでも、言葉が過ぎるよ……。


「アンジェラ様、そう頑なにおっしゃられては、司祭様もお困りです…………」


 いくら断るしかなくても、聖女の役目への否定的な発言は絶対にマズイ。


 国力に関わるお仕事を、貴族が貶しては問題だ。


 いくら伯爵家でも、教会に盾突いては、いかんだろうに……。


「ならば、お前が行きなさいっ! お前だってこの家のものであるのだから、少しは役に立ちなさいよっ。この極潰しがっ!」


「えっ?えっ?わたしですかー?」


 自分も来年度測定を受けるからと、立ち会っていたのが悪いのか、余計な口を挟んだのが悪いのか……。


 本当に、いらんことをしてしまった。

 

 余所様の前で、つい、出しゃばってしまった結果は……、ヤブヘビでした。



◇◇◇◇



「その、今お調べさせていただきましたが、エリカ様は、あまり魔力の量が、豊富ではないようでしてな……」


 ですよねー。

 わたし貴族の血は、父方の半分だけだから、普通にそうなりますよねー。


 むしろ魔力無しじゃなかっただけ、マシとさえ思っているぐらいなんだよ。


 ちょっとでもあれば、学園で恥をかかずに、済むからね。



「何と言われようと、わたくしは行かないのだから、()()で我慢しなさいなっ!! ついでに()()()のいらないのも、つけるわ。二つまとめれば、間に合わせぐらいには、なるでしょうよっ!」


 そうして、わたしとマー君を、司祭様の方に突き飛ばすと、アンジェラは応接室を去っていった。 


 ドアをガチャンッと叩きつけるように、閉めて。

 

 アンジェラ怒りのドアガッチャン、重ねて廊下をドッスンドッスン……。


 相変わらず、伯爵令嬢にあるまじき振る舞いだ。


 小説の恋のお相手役の貴公子だって、イチコロの、健気な娘の、素朴で令嬢らしくない素直なリアクションって、絶対にコレではないよね?


 あれだけ威圧を込めて、感情任せに、激しく物に当たられてしまうと、驚き過ぎて、固まってしまう。


「えっ? えっ? 噓でしょ……」

「なんと、しまったのぅ……」


 わたしと一緒に、頭を抱える司祭様。

 キョトンとしているマー君。

 首をかしげる仕草も、かわいいいね。


 無茶を言うなという話だが、伯爵家の次期当主は、アンジェラお嬢様。 


 この屋敷で一番偉いのは、彼女なのだ。


 こんなあり得ないはずのごり押しが、すんなりと、まかり通ってしまった……。

 そのまま、彼女からの指示を受けた門番さんたちの手で、わたしたちは、門の外へと放り出されてしまった。 


 「申し訳ありません。アンジェラ様のお言いつけです。御怒りが冷めるまでは、しばしお時間を」

 

 執事さん、こんな気分任せに追い出されるなんて、さすがにどうかしてるよ。


 思春期のお嬢さんの癇癪なんかに、いちいち本気で付き合わなくてもいいのに。


 それが仕事と言われたら、なんも言えないけどさ……。



 呆然としているうちに、つまみ出されるって、ここまでされるほどのことなの……。


 次期当主のアンジェラお嬢様に、無礼な真似をしてしまった、わたしへの当然の報いだっていうの?


 あー、もう、本当お貴族様パワー、すげえ。

 次期当主様、すげー。

 これには元平民はビックリだよー。

 ハハハッ。もう乾いた笑いしか起きないよ。



「貴族のお宅と言えば、こういった事もありますわいな……、まぁ、その、あまりお気を落とさずに」


 そう、ぎこちなくフォローされても、司祭様……。


 「……うちは訓練所はあっても、孤児院はやってないんじゃが、行き先の無い子供を預かるぐらいはさせてください……」


「いいんですか?」

 

 いいのかな、本当に。こんなんで。

 行き先も無いから助かるけど、意味不明過ぎるよ……。



◇◇◇◇


 

 その後、別館から出てきた両親とも話し合ったのだが、アンジェラを余計に怒らせてしまい、申し訳なさそうな門番さんから、花瓶の水をぶっかけられたよ。


 これは本当に、屋敷には当分帰れなさそうだね。


 あーもう、……仕方がない。

 後で別邸の荷物をまとめて貰って、送ってもらうしかないか。

 

 母と別館を出て部屋を借りるという案も出たが、さすがに、それは断った。


 これ以上話がややこしくなって、両親の立場が悪くなると、困るからね……。


 聖女見習いという名目で、訓練所に置いて貰う形は、未成年の貴族令嬢的には問題がないので、その方がいい。


 訓練所での生活費を貰って、両親には必死で謝られたけど、もういいんだよ。


 こっちも、アンジェラからは、距離置きたいしさ。


 司祭様のお話によると、聖女候補になると入学前に集中訓練期間として、教会併設の訓練所にて合宿を行うらしい。 

 貴族のお嬢様方お預かりする以上、やはり拒否感を持つ親御さんも、近頃は多いのだそう。


 そのため、聖女は今、かなり担い手不足が深刻で、本来は三十人以上は欲しいのだが、現在は在学中の学生と入学前の見習い含め、十人しかいないのだとか……。


 アンジェラのように魔力量が豊富な娘は、かなり貴重な存在なので、少しでも協力して欲しいと焦るあまりに、しつこくし過ぎてしまったと、司祭様は、悔やまれている。


「あれほどキツく妹弟に当たるまでの、御不興を買ってしまうとは……、聖職者として、見苦しい振る舞いをしてしまったのぅ」


 本当に、申し訳ないとガックリしている。


「アンジェラはアレで通常モードだから、全然気にしないで下さい」とは、さすがに口には出来ないよ。


 本当のこととはいえ、言っていいことと悪いことがあるんだから。


 さっきので、さすがに、わたしも学んだよ。

 

 司祭様も、こんな危機的な状況で、わたしというお荷物まで押し付けられても……、困るよね。 


「そうですな、エリカ様はですな……、聖女にはなれなくとも、同じ年頃の仲間が増えるだけでも、聖女の皆さんたちも元気になるかもしれませんし……、こう一緒に踊ったり励ましたりとかしていただければ、うちとしては助かりますな。ハハハッ」


 力なく微笑む、司祭様のありがたいお言葉は、気休めというより、ヤケクソかも知れない。


「置いて頂けるだけありがたいです……わたしでよければ精一杯頑張りますっ!」


 こんな意味不明な流れでも、彼らは全く悪くない。


 むしろお世話になるのだから、聖女の皆さんの役に立たないとだ。しっかりしなくちゃ。


「僕はー?」

「マ、マー君……⁈」

 

 人差し指を自分に向けつつ、上目遣いで見つめられると、その指を、味見したくなってしまうではないか……。


 ああ、そうだった。

 ()()()でマー君まで追い出されたんだった。

 おのれ、憎きアンジェラめっ!

 わたしたちをゴミのように捨てやがってっ!!

 絶対に、許すまじ!!


「なんと、まぁ、こんな小さな男児まで……。もしや後継者争いですかな? どこの家でも火種はありますからな。いや、深くは聞きますまい。…………『僕』はお姉ちゃんたちのお手伝いをしたり、応援したりしてくれるかな?」


 目線を合わせるように屈んでマー君に話かける司祭様は、声色を和らげる。


「任せてっ! 僕、応援するの得意なんだー」


「ははは、そうか、そうか、それは頼もしいのう」



 そういったわけで、わたしとマー君は、訓練所に住み込みをすることになった。



◇◇◇◇



 あーも、ズルいなぁ。ズッコいなぁ。ムッカつくなぁ……。アンジェラめっ。


 おまえなんて異母姉(いぼし)というより、煮干しで充分だ!!

 小魚並みの脳みそと堪忍袋なんだから、頭とワタを抜かれて、良いお出汁だけ、出してればいいんだよっ!!


 思春期のギザギザモヤモヤを、他人に当たり散らして、好き勝手しよってからに。


 かんしゃく玉ってやつか? 

 あそこまでキレて当たり散らすとか、あり得ないよ!


 聖女系の心の清らかな物語の主人公は、どこいったのよ。

 ドアマットのように、散々踏みつけられようと、慈悲深さを忘れないのが、聖女系なんじゃないの? 


 マットにす巻きに撒かれて、追い出されたのは、こっちの方なんだが。


 エリカちゃんは功績を略奪したり、おうち乗っ取り系の、異母妹じゃないんだよ。


 『君、魔力量微妙だね。聖女の才能ないよ』って、教会にも既にバレバレなんだからねっ!!


 聖女偽装も、産地偽装も、サンドバック扱いもしてないのに、追放なんて酷すぎるよっ。


 まぁ修道院じゃなくて訓練所送りなんだけども……。 

 ハァー、また居候かあ…………。


 今夜は寝る前に、枕をボッコボコに、殴りたい気分だけど、マー君に添い寝して、絵本を読んであげないといけないから、我慢してやるんだからねっ!!

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新作コメディがあります!!

一話完結、異世界あるあるブラック大喜利!!
「黄薔薇姫と悪魔執事 世界よ、もっとわたくしに嫉妬しなさいっ!!」
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