2 欲しかったのはこんな姉ではない
そんな淡い憧れは即座に打ち砕かれた。
そうだよね、理想通りにはいかないものだよね。
…………父親の裏切りの証なんて好きになれる訳がなかったね。
目の前で実の父親が愛人親娘と『幸せ家族』やっていたら、疎外感を感じてしまうのも当然だ。
けどね。言わせてもらえば、こっちだって事情があるんだ。
両親の話に寄れば、実は元々はこっちが先だったんだよ。
この国の平民の間では、第一子が生まれるまでは、事実婚が一般的な慣習なんだ。
授かった子に洗礼を受けさせる時に合わせて、台帳に夫婦の入籍を記載するのが、定番でね。
何せ記載には、お金がかかるんだから。
入籍と第一子の登録とは、一度で済ませるのが、平民内での常識なのだよ。
貧乏な貴族家の次男の父と、商家の箱入り娘だった母も、当然届なんて出してなかった。
脇が甘いと言われればその通りだけど、そういうもんだと思っていたんだって。
そんな時、ある伯爵家の次期女当主様が、婚姻直前で婚約者を亡くされたため、急遽新たな婿を必要とされた。
魔力などの条件を満たす未婚男性を探されて……、なんと、うちの父が選ばれたらしい。
『かっこいいお父さん』は子供の欲目だけではなかったんだね。
よく実った小麦のような金色の髪と、サイダーに入っているビー玉のように綺麗に澄んだ青い瞳で、鼻筋もスッとしている、優しそうな父ウィリアムは、今の世界でも、整っている方だったのだろう。
女当主様の好みは知らないが、イケメンの部類に分類される父ならば、外見的に受け付けないほどの不快感は抱かせない対象だろう。
母方の祖父が体を壊し商売に陰りが出ていた頃で、父の実家の領地でも災害があったらしい。
話合った両親は、腹を括って、覚悟を決め、こちらの伯爵家と、取り決めと契約を結んだそうだ。
以来、後継者を作って、領地経営のお手伝いを任されることになったというのが、うちの両親の目線での話だ。
言葉にはしなかったけど……、つまりは買われたってことだよね。
なにしろ、上位の貴族様の御威光だ。
平民の妾を飼うことぐらいは許してやると言われては、逆らえるわけがない。
むしろ、有難いお話だとお受けしなければ、ならないのだろう。
そう言えば、わたしには、遠くのお空に『三つ上のお兄ちゃん』がいると聞かされていた。
詳細は不明だが、何らかの事情で生まれなかった兄がいたのなら、一つ上の異母姉の母君である女当主様よりも先に、実質的な婚姻をしていたという根拠の一つにはなるよね。
話を聞いて、複雑な気分にはなったけど、双方納得済なら、どっちが悪いも、何もない。
物語でよくあるような、父親が妾の家に行ったっきり、仕事もせずに、平民の愛人親娘と散財ばかりみたいな、ゴミクズムーブもしていない。
それならば、問題ないのかなと、わたしは思ったのだが、そうは上手くいかないものでして……。
◇◇◇◇
異母姉アンジェラが、私たち母娘を超絶に嫌っているのだ。
気持ちは分かるよ。
母親が亡くなった途端、父親が連れて来たんだもんね。
そこはどうしたって、変わらない事実だもんね。
当然のことだけど、姉が跡継ぎなのは確定。
これは絶対に揺らがない。
父はあくまで後見役。
遺産関係の揉め事回避に他の親戚に出しゃばらせないために拝命させられた。
亡き女当主様は父にも仕事はさせていたけど、これまでは大きな権限は与えられていなかったそう。
だから、姉が成人するまでの一時的な代行とは言え、なかなか大変みたいで……。
父の仕事能力は知らないが、これまでは当主の夫だからというだけで、仕事上での特別扱いは、無かったらしい。
顔だけ男に誑し込まれ、お家が乗っ取られるみたいな事態を防ぐための措置だったらしいけど、父は全体の把握すらできていない状態らしく、お飾りに仕立てて貰うにも、まだまだ家内は混乱中とのこと。
私たち母娘は無関係……なのでお屋敷についた翌日には本館の客室から、隣の建物である別館へと移ったのだが…………。
それが「わたしだけ除け者にして!!」と異母姉アンジェラお嬢様の怒りを招いてしまった。
弁えたつもりの行動で、反ってご不興を買ってしまったのだ。
修復しようと、父があれこれ取り持とうとしても逆効果で、もう完全に拗れに拗れてしまった。
距離を縮めようとすれば、『侮ってきた』『愛人親娘との仲を見せつけてる』『家を乗っ取る気か』と言われ。
ならばと距離を取れば、『除け者にした』『冷遇された』『辱めを受けた』とまで言われる始末。
じゃあ、一体、どうしたらいいってのさ!
もう、どうしたって、彼女の中の敵認定は消えないものなのかもしれない。
有りがちな物語のお約束ではなくて、ただの貴族社会の複雑な家庭事情の弊害、デリケートな令嬢の心理ってやつかな。
しつこいようだが、気持ちは分かるんだよ。
でもさ、触るもの皆訴える系の、御令嬢の心の叫びには、これ以上付き合いきれないんだ。
責められ続けて……、母もノイローゼ気味になってしまった。
思春期真っ盛りな十四歳という、難しいお年頃とは言え、ヒロインポジションのアンジェラが、こんな繊細ヤクザみたいな、ガラスの心臓の持ち主だなんて、思わなかったよ。
この伯爵家は、前当主様が女性ということで、侮ってきた身内も多かったらしく、彼女の不安定な精神状態は、その辺りも起因しているのだろう。
本当に面倒くさいけど、放っておくこともできないんだ。
使用人たちも、余所者のわたしたちよりは、当然アンジェラの味方をする。
彼女が落ち着かない限り、この家は回らないのだから、当然だよね。
伯爵家での発言力が全く無く、『お手伝い』しかしてこなかった父は、当主代行の仕事に、ヒィヒィ言っている。
仕事の上でも、姉との関係修復は、重要だろう。
そんなわけで、父方の実家の別邸で、わたしと母は夏季休暇を過ごすよう勧められた。
姉と父が二人で過ごす時間を作ることで、精神状態を回復させることと、わたしや母と物理的に距離を取らせるためだ。
わたしと母を抱きしめて「大切で無くなったわけではない。寂しい思いをさせるが、時間が欲しい」と言われれば、そうするしかないのだよ。
ズルいなあ……、うちの父は。
文句なんて言えなくなっちゃうじゃないか。まったく、自分だって、大変なくせに。
距離を置くのはわたしも賛成だ。
彼女も被害者とは言え、その態度には、こちらもだいぶ不満を感じている。
本人に直接ぶつけても、更なる泥沼展開しか生まないので、耐えているだけ。
こんな面倒くさい姉には『ズルい』と言ってやりたいが『ざまぁ』はごめんなので、我慢しているだけなんだからねっ!
ああ、わたしが欲しかったのは、こんな『姉』ではなかったのに……。
少し、夢を見過ぎていたのだろう。
『お姉ちゃん』に憧れていた分、勝手に幻滅しているだけなんだろう。
向こうにも事情があるのは、分かってるよ。
母親を亡くし、親族も油断ならない中で、父親が愛人親娘を家に連れて込むなんて、十四歳の子供には、そりゃ耐え切れないよね。
でもね、わたしだって十三歳の子供なんだよ。
ちょっとばかり前世の人の知識の影響で、家族愛が増した分、大人の事情も、理解できるようになっただけの、本当にただの子供なんだ。
アンジェラの気持ちは察しても、その葛藤に付き合い続け、寄り添ってあげれるほど、大人じゃないんだよ!!
物わかりの良い子になんか、なりたくないんだ!
新しい家族を始めるのには、父の言う通り、時間が必要だ。
このモヤモヤを、リセットするためにも、わたしもしばらく彼女とは物理的に距離を置きたい…………。