1 わたしに姉ができました
――「僕、お姉さんにはもっと自分の欲望に素直になって欲しいな……。ねぇ、僕のお願い聞いてくれる?」
『おねえさん』
前世も今世も妹のわたしにとって、こう呼びかけられる機会なぞ、これまでついぞ存在しなかった。
なんという魅惑的な響き……効果はバツグンだ!!
「もちろんよっ! お姉さんにまかせて!!」
ああ、こうしてまた安請け合いしてしまった。
ダメだダメだと思っていても、このあざとカワイイ小悪魔におねだりをされると、どうにも抗えない。
◇◇◇◇
大学の語学選択クラスが一緒だった子に、彼氏を寝盗られた。クソがっ!
そんな男とは即座にサヨナラしたかったのだが、次の週末には友達カップルたちと合同でのキャンプの約束があった……。
ロッジ借りてるし持ち物分担してるし、さすがにドタキャンは、出来ないよね。人として。
キャンプの間は、そのカップルたちの仲の良さが羨まし過ぎて、もう、ひたすらに嫉妬してた。
みんなが優しいほど、辛くなる。
目の毒が過ぎる……。
鉄板を洗う作業を率先してやってくれる友達の彼氏がイケメン過ぎて、羨まし死するかとさえ思った。
夜? 部屋はギリで元がツイてない彼氏と一緒だったよ。
はっ、ヤらせるかよ。こんな所でサカるなっ。
この、ゴミ虫めが!!
ハァー、そもそもわたしの選択眼が悪すぎたのかな。本当ゴミ過ぎるわ。こいつ。
ああー、人の彼氏を取ろうとは思わないけど、友達の男を選ぶ目が、本当にうらやましい。
みんなのこと、大好きだから幸せそうなのはよかったけど……、うん、よかったよね。
素敵な人と出会えて、本当によかったね……。
ただ、次は絶対に女子キャンにしてくれよなっ!!
本当に心の底から頼むから……、どうか男は抜きでお願いします…………。
伏してお願いいたしますですだ。
『あー、うらやましい。ズルイズルイズルイ、わたしだって、次はマトモな男と……。くっそっ! 出会い欲しい!! よこせっ!! リア充滅びろっ!! わたしにも幸せをよこせぇええ!! よこすのだああぁ!!』
みんなと別れて、彼氏だったクズとも別れた帰りの車の中で、BGMに合わせて一人シャウト、密室で心の淀みを醜くも撒き散らしていたら…………、事故ってしまった。
はい、どう考えても自業自得です。自損事故発生。誠に申し訳ございません。
不幸中の幸い、巻き込まれた被害者は誰もいなかった。
わたしは最期まで一人。寂し過ぎる……。
◇◇◇◇
そんな『過去のわたし』が転生して、今の人生を営む『わたし』へと繋がっていたことを、思い出した。
新居に引っ越したは良いものの、何だかモヤモヤして、上手く寝付けないでいた所、忘れていた記憶が浮かんできたのだ。
わたしってばもしかして、いわゆる『欲しがり妹』ってやつなんじゃねーの? という閃きが、前世の記憶を導いたのである。
これまでは、今世の家庭に疑問を感じることなんてなかった。
普通の家庭だと思ってた……。
思っていたんだよ!!
仕事が忙しくて留守がちだけど家族思いな父と、父が大好きでいつも身綺麗にしている主婦の母というありがちだけど、幸せな我が家。
この国の平民としては、ごくごく一般的な家庭で平凡に育ったわたしこと、エリカは十三歳になったある日、父から引っ越しを告げられた。
そしてやって来たのは……、大豪邸。
すごいすごい!! まるでお貴族様のお屋敷みたいだねって興奮していたら……本当にそうだったよ。
出迎えてくれたのは、ご馳走と、新しい家族の姉!!
スゴイ!お貴族様なんて、こないだの祭りで開催の合図をしてた、偉い人と一緒じゃん!
そんな立派な人と、暮らせるなんて本当にスゴイね!!
良く手入れされたサラサラの髪は、天使の輪が浮かぶほどに、美しく整えられた艶々の水色。
蒼い瞳も知性の光に満ちているようで……。
落ち着きのあるシンプルなグレーで上品且つ魅せるデザインのドレスは、ブルーダイヤのペンダントにぴったり。合わさることで彼女の存在感をグッと際立たせる。
素敵!! なんて、素敵なの!
一つ年上のこんな美少女を今日から、お姉さんと呼べるなんて!!
何かがおかしいとは感じながらも、平民の一人っ子だったわたしは、目の前の『お姉さん』と『お貴族様の贅沢ごはん』という魅力には抗えず……、屈してしまった。
コース料理なんて初めてだったから、あまりにも華やかで非日常的で、テーマパークのアトラクションのような感覚で、面白かったんだもん。
カトラリーは外側からって、こんなにたくさんのナイフとフォークなんて、前の家には存在すらしていなかったよね?
え? 銀食器?! 本当にわざわざ銀で作ってるの? それは凄い!!
見て! ナプキンがこんなに真っ白!!
古布じゃあ、どんなに綺麗に洗っていても、染み一つ無いなんてありえないよ。
お皿も真っ白!! ヒビもカケもないよっ!
え? 崩すな? 音を立てるな? パン屑零すな?
オイオイ、難易度高ぇな。燃えてきたぜっ!!
さすがは貴族メシ、ハイグレードなだけはある。もう何から何まで違うんだな……。
暴力的なまでの美味しさと、初めて知るマナーの数々。
強敵を相手に奮闘したわたしは、幸福な満腹感に満たされた。
『おうちで風呂』 (共同浴場しか知らなった)
『わたしだけで使っていい素敵なお部屋』(家族で雑魚寝じゃない)
『お姫様が着るような肌触りの良い寝巻』(洗い過ぎてごわっとしてない)
『上等過ぎる歯ブラシ』 (古い板っきれじゃない)
『天蓋のついたベット』(蚊が来ないからグッスリ安心)
まだまだ続く、そんな夢のようなもてなしの数々……。
素敵なものに囲まれた新生活の喜びに包まれたまま、ベッドに横たわったところで、あれ? やっぱり、なんか……この状況、おかしくないか? と再び疑問が湧いてきて……。
これって、WEB小説でお馴染みの『本当に選ばれたのは姉でした』でお馴染みの健気な姉が、クソ妹にざまぁする話では? と思い至ったのだ。
女当主の亡くなったばかりの屋敷に、夫が愛人母娘を連れ込んでは、放蕩三昧、好き勝手に散財を繰り返す。
これまで努力してきた正統な後継者の娘は、虐げられて、立場を奪われてしまう。
継母や異母妹に辛く当たられ、大切な母の形見や思い出の品を略奪された上、「お姉様がイジワルするのぉ」と冤罪をかけられて、ますます不遇な境遇へと追いやられる。
そんな苦労を重ねつつも、清らかな心の娘が、日々努力して過ごしていれば、ちゃんと報われるのだ。
素敵な貴公子が助けに来てくれたり、スーパーパワーを手に入れたりして、そこからは一発逆転!
悪者の愛人母娘と、自分を大切にしてくれなかった父親に、しっかり反撃のざまあを決めて、健気な娘は幸せになるのであった。
めでたしめでたし…‥って、全然めでたくないよっ!
わたし完全に、その略奪系のクソ妹の立場じゃないか!!
うちの両親、お金に厳しくて、そんなになんでも買ってくれるようなタイプじゃなかったんだけど、こんな立派なお屋敷に来ちゃったせいで、おかしくなっちゃうのかなぁ……。心配だなぁ。
◇◇◇◇
前世も今世も上がいる妹という立場のわたしだが、前世の親はまともで、ちゃんと叱られ躾けられていた。
三つ年上の兄が、先に学校に通ったり習い事をしたりすることを羨んで、ズルい攻撃を発動したら、三年後はあなたの番だからね、と教えられていた。
わたしは今やりたいの! と駄々を捏ねては、兄に迷惑をかけたのだが……。
優しい兄は、学習机の椅子に座らせてくれたり、ランドセルを背負わせてくれたりもした。
やらせることで、思っていたのとは違っていて、羨むほどのものではないと本人に納得させ、諦めさせるような意味もあったと思うが、本当に優しくて良いお兄ちゃんだった。
お兄ちゃん、いつもありがとうね。そしてごめんよ。先に逝って。
両親のことお願いね……。
可愛くない妹からの、これが本当に、絶対に、最期で、一生のお願いだからっ!!
◇◇◇◇
今世は兄ではなく、姉、異母姉を得た。
不遇に耐えるドアマットヒロイン小説を読み過ぎて、どの作品のどんなキャラか、もはや全く分からないけど、状況はほぼ一致している。
とはいえ、有りがちなテンプレ展開だと、決めつけた行動も、よろしくない。
異母姉の名前は天使を意味するアンジェラで、母はイザベル、そして父はウィル。
(本名はウィリアム、屋敷に来て初めて知った)
わたしの名前はエリカなので、今までは気が付かなかったけれど……。
ア行。
どう考えても、そこには繋がりと、何らかの意図を感じてしまう。
おまけに母とわたしはチェリーピンクの髪色にガーネットの瞳、憎まれ役の定番、ピンク頭だ。
酷いヒロインこと、ヒドインとしての、必要な要素を、しっかりと満たしている。
これはもう、どう考えても、そういう作品が有りそうな気がしてしまうけど……、偏見はよろしくない。
実際に姉本人と交流して、良い姉妹関係を築くところから、始めなくては。
『お姉ちゃん』って、前世の人も憧れていたから、その分も余計に仲良くしたいと思ってしまう。
「お兄ちゃんはどうしてお姉ちゃんじゃないの? 」とか無茶ことを言ったり、女装を強要したりはしないから、大丈夫。少しずつでも仲良くなりたいなぁ……。