棘の道
棘の道を選んだ二人。
これから起こす行動は、非難を浴びることになるだろう。
自分だけならば蒼空がいてくれるから耐えられよう。
だが、蒼空が受けるであろう仕打ちを想像しただけで美月姫の心が悲鳴をあげた。
橘家当主は、自分たちを決して許さないだろう。小雪に何を言われるだろうか。
蒼空の家族は、これからどうなってしまうのだろうか。蒼空と家族は里で暮らして行けるだろうか。
不安が心に重くのしかかる。結局自分は、蒼空と家族に迷惑をかけてしまうのだと酷く落ち込んだ。
今ならばまだ間に合う。これまでの生活に戻ればいいだけなのだから。
蒼空を説得するならば今しかない。
極端に口数が減った美月姫の異変に気づいた蒼空は、里に帰る途中高台に立ちよりこう言った。
「見上げてごらん。雲間から差し込む光に、歓喜した大地がきらきらと輝きを増していく。色なき風の奏でる音に。鼻腔くすぐる大地の匂いに。心躍らないか。足元にだってほら。激しい雨に打たれ踏まれようとも、咲かむとする健気な息吹が。広大な大地が。果てしない空が。ちっぽけで無力な僕たちに、「それでも生きろ」と訴えかけている。それは、曇った眼では決して見ることのできない、美しく儚い世界。今、その瞳にはどう映っている?」
蒼空の瞳はきらきらと輝いて見えた。不安など微塵も感じられなかった。
里に戻った二人は、綾乃のもとに出向き土下座したまま胸の内をあけた。
「頭を上げなさい。それでいいのよ。あなたたちは初めからこうなる運命だったのよ」
綾乃の言葉に心救われた。
それから、蒼空は、父との約束通り庭の紅葉の木の下を掘り起こすと、そこから借金を返しても余るほどの金品が出土された。
父親はこうなる時のことを考えて、蒼空に託したのだ。父は蒼空と交わした約束を立派に果たした。
その後、蒼空は橘家に出向き離縁を願い出ると、当主の逆鱗に触れ一時は刀を突きつけられる事態となったが、武家の橘家からしたら商家の蒼空が後の当主となることに不安を覚えていた。
橘家当主は、多額の負債を肩代わりすることもなくなり離縁を承諾した。
しかし、小雪だけはそれを許さなかった。
固い絆で結ばれた蒼空と美月姫は、祖父母の残してくれた家で二人静かに暮らし始めた。
「美月姫、ヤマメを釣ってきたよ」
「わぁ、凄い。早速支度します」
これまで何もなかったかのように、二人は幸せに暮らした。この幸せがいつまでも続いて欲しいと強く願った。
「例の娘はおるか」
都から使者が数人連れだって美月姫を迎えにやって来たため、里は騒ぎとなった。
「大変だ、兄ちゃん!都からやってきた男たちが美月姫のことを探しているよ!」
齢十になる蒼空の弟が知らせにやってきた。
「偉いぞ、陸。ありがとな。これから美月姫とここを去ると、母さんに伝えて欲しい。それから、母さんのこと頼んだぞ!」
「わかった!兄ちゃん・・・・・・帰ってくるよね・・・・・・?」
陸は寂しげな表情で蒼空を見つめた。
「うん・・・・・・そうだな・・・・・・。なんだ、なんだ?そんな顔しやがって。嫌でも帰ってくるからそんな顔するな」
蒼空は陸を羽交い締めし、頬に拳骨を押し当て揶揄った。
「本当に?じゃあ、約束だよ!」
「ああ、約束だ」
蒼空は、駆けていく陸の後ろ姿を静かに見つめ呟いた。
「母さんを頼んだぞ・・・・・・」
その頃、美月姫は風の知らせに耳を澄ませる。頭上を飛び交う野鳥たちがその時を告げた。
緊張感に包まれる美月姫。
「美月姫――!今すぐここから逃げるんだ!」
血相を変えやってきた蒼空が、神社に駆けてきた。
「・・・・・・やはり、私一人で行きます。蒼空は私が戻るまで待っていて」
「だめだ。一人にはしないと言っただろ」
「でも・・・・・・」
「馬鹿だな、余計な心配するな。あの日約束したじゃないか」
蒼空は美月姫を強く抱きしめた。
「蒼空・・・・・・」
「さあ、こうしてはいられない。行くぞ、美月姫!」
「はい!」
互いに手を取り合い、着の身着のまま駆け出す二人。
西の空には不吉な暗雲が垂れ込んでいた。