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小雪

 美月姫が「はぁ」と吐息を吐いた。

「美月姫?分かるか?美月姫!」

 急激な温度変化に身体が順応しきれず負荷が生じているせいか。

 美月姫は「はぁ、はぁ」と浅く速い呼吸に変わっていった。

 蒼空は、美月姫を抱きかかえたまま一旦湯から上がりそのまま様子を窺った。

 暗がりの中で目が慣れてきたのだろうか。先程までほとんど見えなかった洞窟内部の様子や美月姫の顔が確認できる程になっていた。

 否、そうではない。洞窟内部の岩肌が発光しているのだ。

 目を凝らしてよく見ると、洞窟内の岩肌一面が、まるで生きているかのように自ら発光しているではないか。瑠璃色、天色あまいろ、桃色、淡紅色、翠色みどり、黄緑、黄蘗きはだ、紅葉色、紫、銀色、月白げっぱく様々な色の光を放つ無数の鉱物が至る所で煌めき、夜空の星のように幻想的で美しい。

 その鉱物たちの輝きを増して行く様は、まるで美月姫の生命の灯のように感じられた。

 氷のように冷えた身体に血潮が巡る。青白く血の気の失せた肌は淡い桃色に染まり、唇は桜色に変わっていった。銀色に輝く長い睫毛が揺れ動く。

「美月姫?」

 聴き慣れた優しい声音が耳に届く。目を覚ました美月姫は、蒼空と目があった。

 もう二度と会うことは叶わないと思っていた蒼空が、何故かそこにいた。

「蒼空・・・・・・?どうしてここに?ここはどこ?」

「山の動物たちが導いてくれたんだ」

「皆・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

「どうして、こんな真似をした・・・・・・」

 美月姫を抱きしめる手が震えている。掠れた蒼空の声音が泣いているようで。

 目に悲しみの色を滲ませた美月姫は、少し前の出来事を回想する。



『お久しぶりね、美月姫。元気だった?』

 山神神社で巫女として勤める美月姫のもとに小雪が現れた。

『小雪・・・・・・』

『相変わらず、月の女神やら伝説の白狼やらと皆からもてはやされているようね』

 裏腹な敵意の念が、刃の切先のように感じられゾクリとする。

『私ね、今とても幸せよ。蒼空ったらね、私を妻にしてよかったって言ってくれたのよ』

『そうなんだ・・・・・・』

 小雪を幸せにしてあげてと言ったのは自分だった。なのに、聞きたくはなかった蒼空の本音。

『ねぇ、私の悩みを訊いてくれる?蒼空ってば一見真面目そうだけど、夜は別人なの。やっぱり男よね。私毎晩身体を求められて、あの逞しい体に朝まで抱かれるの。それに、知ってた?蒼空って凄い甘えん坊なのよ。眠るときは、いつも私の胸の中で幼子のように眠るの。おかげで毎日寝不足だけど、あなたからしたら幸せな悩みね・・・・・・。あっ、この話、蒼空には内緒よ』

 美月姫は、耳を塞ぎたい心境だった。そんな蒼空を想像したくもなかった。

 小雪は、そんな美月姫を見て口元に薄笑い浮かべた。

『あら、ごめんなさい。あなたには刺激が強すぎたかしら・・・・・・』

 小雪の言いたいことが嫌でも伝わってくる。

『小雪。今日は、そのようなお話をしに来たわけではありませんね・・・・・・』

 見透かされた小雪は、突如声を荒げた。

『美月姫。お淑やかな振りして何が月の女神よ!このバケモノが!』

 小雪の言葉が、美月姫の繊細な心に突き刺さる。

 幼き頃の小雪は、人を口汚く罵るような子ではなかった。そうさせてしまったのは自分なのかも知れない。諸悪の根源は自分なのだと思い知らされ、嘆息を漏らす。

『小雪・・・・・・蒼空のことが本当に好きなのね・・・・・・』

『は・・・・・・?あんたに言われる筋合いはない。これまで蒼空を独り占めしてきたあなたなんかに!』

 その通りだと思った。あの頃は、自分も蒼空しか見えていなかったのだから。

『小雪、蒼空のことを頼みます。それと・・・・・・私のことは何と思ってくれても構わない。けれど、蒼空のことは悪く思わないであげて。蒼空は何も悪くないから・・・・・・』

『よくそんなこと言えるわよね!私見たのよ!二人が夜中にこっそり会っているところを!この泥棒猫がぁ――!』

 恐れていたことが現実となってしまい、言い訳すら見つからなかった。このままでは、蒼空や家族に迷惑をかけてしまうことになる。

 困惑する美月姫に、更なる衝撃が襲い来る。

『蒼空はもうすぐ父親になるのよ。このお腹に蒼空との子が宿っているの。まだ本人は知らないけど・・・・・・。これで諦めてくれるかしら?あなたの存在は皆を不幸にするのよ。だから、生まれてくる子のためにも、どこかに消えてちょうだい!』

 一瞬、音のない真白な空間に放り出されたようなそんな感覚に陥り、ぐらりとめまいを覚えた。

『蒼空との子――』その言葉が、美月姫の頭の中をループする。

『小雪、許して・・・・・・!悪いのは私なの。蒼空は何も悪くない!蒼空のこと愛しているなら、信じてあげて!』

 蒼空と家族の幸せを願う美月姫にできることは、もう何もなかった。


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