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碧き瞳の白狼

 そこは、四方を大海に囲まれた大小連なる島々。

 やまとと呼ばれるこの島で暮らす人々は、太古よりこの世に存在するすべての物に神が宿ると考え、八百万やおよろずの神として崇めた。

 倭は、神を祖先とする帝を中心に政治を行い、『朝廷』と呼ばれるこの組織は、各地に武士たちを配置し長きにわたり倭を治めてきた。

 やがて、武士たちが台頭し始めると、各地を統治する武家たちの間で領土をめぐる争いが勃発し、領土の境となる村や里では侵略や殺戮、略奪が横行した。

 勢力を増し、とどまることを知らない武家たちは、朝廷に変わり政権を握ろうと旗を揚げ、倭は戦乱の世となった。


 争いは激しさを増し、道徳秩序の乱れた倭では無法者たちが蔓延り、村や集落は脅かされた。

 ここ、倭駿河ノ国富士埜里やまとするがのくにふじのさとも例外ではなかった。

 突如現れた輩たちにより、里は襲撃されたのだ。

 輩たちは、里の至る場所に火を放ち、人を獲物のように狩り刃で切りつけた。

 窮地に追い込まれた里の者たちは、恐怖に慄き悲鳴をあげ逃げ惑う。

 行き場を失った人々は、神に縋る想いで山神神社まで逃げ押せてきた。

 その、神のご神域である山神神社も輩たちの標的となった。

「構え~!放てぃ!」

 神社本殿に向かって一斉に火矢が放たれた。

 弧を描き飛びかうそれは、社殿の屋根や壁、床に突き刺さりメラメラと音をたて燃え上がる。

「おい、見ろ!上に何かいるぞ!」

 拝殿の上には、碧き瞳の美しき白狼が、その姿を現した。

「で、でかい!山犬か?」

 白狼は、輩たちを鋭き眼で睨み、牙を剥き喉を呻らせ威嚇の声をあげた。

「皆、気をつけろ!」

 白狼は、天に向かって咆哮する。

 すると、何かの合図のようにそれはやってきた。

 ヒュン――――。

 風切り音を立て眼前を横切る黒い影。それは、目にもとまらぬ速さで輩たちのすぐ傍を掠め飛ぶ。

「ひぃ~」

 輩の目前には、大天狗が漆黒の大翼をバッサバッサと羽ばたかせ、腰に佩いた神刀を抜刀し斬りかかる。

 それに続くは、翠玉の瞳を宿す白面金毛九尾のはくめんこんもうきゅうびのきつね

 宙へひらりと舞い上がり、九尾を靡かせ駆け巡る様に、思わず目を奪われる。

 蒼き炎を纏った九尾の狐は、鋭き牙を剥き上空から急襲を仕掛けた。

 逃げ惑う輩たちは、振り向きざまに見上げれば、宝石のような紫の瞳と目が合った。

 よく見れば、鎌をもたげた白大蛇が、大口を開けたまま鋭き毒牙で襲い来る。

 腰を抜かして地を這えば、そこには刃のような鋭き切っ先の角を持つ白鹿が佇んでいた。

 輩たちは、白鹿の強烈な蹴りをくらい勢いよく飛ばされた。

 刹那、辺りは目も開けられぬほどの眩い閃光に包まれた。

 視覚を奪われた輩たちは、白大蛇に締め上げられ毒牙をくらう。

 再び、青白い閃光と耳をつんざく激しい雷鳴が轟き稲妻が走った。

 それは、白鹿の角に落ち、角を介して輩たちに放電された。

「ぎゃああああぁぁ――!」

 雷の電撃をくらいひとたまりもない輩たち。

 そこへ、大天狗が扇を振ると、ヒョウ交じりの大粒の雨が滝のごとく降り注ぐ。

 吹きつける突風は竜巻となり、輩たちは瞬く間に天高く吸い込まれていった。



 果てしない蒼穹。

 真白な雪を被った美しき霊峰富嶽れいほうふがくが、雄大にそびえたつ。

 眼下には、豊かな恵みを湛えた大地が、遥か彼方海まで広がる。

 そこに栄えるは、霊峰富嶽を崇める、倭駿河ノ国富士埜里やまとするがのくにふじのさと

 切り立つ絶壁に佇み、霊験あらたかな聖地を望む稀有なる美貌の娘、美月姫。

 美月姫は、蒼穹を写しとったような美しき瞳を閉じ、とある者の声を聴く。

『見上げてごらん。雲間から差し込む光に、歓喜した大地がきらきらと輝きを増していく。

 色なき風の奏でる音に。鼻腔くすぐる大地の匂いに。心躍らないか。

 足元にだってほら。激しい雨に打たれ踏まれようとも、咲かむとする健気な息吹が。

 広大な大地が。果てしない空が。ちっぽけで無力な僕たちに「それでも生きろ」と訴えかけている。

 それは、曇った眼では決して見ることのできない美しく儚い世界。今その瞳にはどう映っている?』

 かつてその人は、美月姫にそう問うた。

 唯一無二の存在だった者の言の葉が、心の中で波紋のように広がっていく。

「碧き瞳の白狼現れし時、神獣どもが覚醒す。そは【始まりの時】なり――」

 決意を宿した瞳で蒼穹を仰ぎ見れば、止まっていた時が再び動き始めた。

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