生命の砦 前編
副題:──或る医師の回想──
それはあたかも奇跡の御業の様だった。
文献でも巷でも知られていない未知の薬。繭の様な寝台に横たわるだけで、いとも簡単に治癒される不治の病や再生される手足。
生きる事を諦めるしか無かった患者達が快復の喜びを家族や大切な人達と分かち合う。
かつて私が渇望した、医術を志す者にとって目指すべき光景がそこにはあった。
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医術を志したのは、母と親友の『家族』を病で喪ったからだった。
私は庶民街に程近い下級貴族の家に産まれ、子供時代の遊び相手は殆ど庶民やスラムの子供達だった。親友もスラム街を根城にする孤児の一人だった。
丘陵に建ち「緑と水の都」と称えられる王都にも貧民街は存在する。王城を中心に高位貴族の館が取り巻く丘の上部と異なり、裾野に位置する庶民街の路地裏には零落した者や「奴隷の民」カディル人等も住み着いている。
それでも庶民街の顔役とも言うべき冒険者ギルドのお陰で、治安や衛生面等は他の都市に比べて多少マシではあったが。
私の親友もカディル人の混血児だった。その出自ゆえに疎まれ、物心付いた時には路地裏に捨てられていたらしい。父親はもとより母親の顔すら碌に覚えていない、と彼は少しだけ寂しげに笑った。
私が七歳の頃、質の悪い病がエルセラ全土を席巻した。
近隣のクエンゼンから齎された其れは感染すると瞬く間に高熱が出て身体の節々に痛みが走り、患者の咳やくしゃみで次々と感染を拡げる類いの流感だった。
子供や年寄り、妊婦や病弱な者は体力をごっそりと持って行かれ回復しないまま生命を落とす事も多かった。
私の母も犠牲になった。三人目の子を産んだ処に使用人から病を伝染され、産まれた赤子を抱く事も家族に暇を告げる間もなく息を引き取った。
父も私達も見舞い処か葬儀すら許されず、母の亡骸は宮廷魔術師団により他の犠牲者と纏めて火葬に付された。
当主である父はめっきりと老け込み、慎ましくとも温かだった邸内は冷え冷えとした空気に包まれた。
私は幼い弟妹を守る為、そして母を亡くした哀しみを忘れる為に後継としての勉学に打ち込んだ。
そんな寂しい日々の中で陽だまりの様な温もりを齎したのは、大人達の目を盗んで屋敷の裏庭からこっそりやって来る親友だった。
小煩い使用人が不在の時を見計らい、彼をこっそり自室に招く事もあった。一緒にゲームをしたり私が彼に読み書きを教えたりして過ごし、クッキーや軽食をお土産に持たせれば「弟分に分けてやれる」と彼はとても喜んでくれた。
逆に私が古着を纏って屋敷を抜け出し二人で庶民街に突撃する事もあった。屋台で串焼きを食べた時は、焼き立てを思い切り頬張り口中を火傷してしまった。
「これ、おばさんに供えてやれよ。花屋の姉ちゃんがくれたんだ」
そう言って、親友が小ぶりなカーネーションをくれた事もあった。その心遣いが嬉しくて母の肖像画の前に活けたりもした。
私が十三歳で王立学院に通う様になると、二人で遊び回る時間は減ってしまった。が、それでも休暇の時には会えなかった時間を埋める様に一緒に魚釣りやボート漕ぎに出掛けた。
「お前さ、将来は何になるんだ?」
学院二年目の夏期休暇も終わりに近付いた或る日、釣った魚を木の枝に刺しながら親友が私に尋ねた。
「僕は医師を目指そうと思う」
少し考え、私はそう口にした。クエンゼンの流感は大分下火にはなったが、高度な治療を受けられない平民やスラム街の住人の間では未だに死病として恐れられている。
「……そっか」
親友はそう一言だけ言った。
彼に懐いていた弟分は前年の冬に病没した。唯一の『家族』を看取った時の彼の慟哭を私は忘れる事が出来なかった。
「……俺は、カネと力が欲しい」
ややあって、彼は遠くを見ながら呟く様に言った。
「冒険者を目指すのか?」
彼の様子に微かな違和感を覚えながら私は尋ねた。
「まあ、な。そんなもんだ」
親友はそれっきり話を打ち切ると、串刺しにした魚を炙りだした。薄墨色の煙が仄かに立ち昇る様をぼんやりと眺めながら、私は親友の道行に昏い影が差す予感に苛まれた。
後日、親友はスラム街から姿を消した。私がそれを知ったのは冬期休暇で屋敷に帰ってからの事だった。
使用人から渡された封筒には、たどたどしい文字で別れの言葉と紫苑の押し花が付いた栞が入っていた。
それ以来、幾ら探しても親友の消息を知る事は叶わず屋敷の植え込みにもスラム街にもその姿を見掛ける事は無かった。
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其れから七年が過ぎた。
私は王立学院からアカデミーへと進学し医学を専攻した。長男として家を継がねばならないのは判ってはいたが、それでも医師として身を立てたかったのだ。
かつての母や親友の弟分の様な人間を一人でも多く救いたいと言う、見方によっては烏滸がましい願いが私を支えていた。
アカデミーでの研究生活の傍ら、私は時間と懐具合の許す限りスラム街での往診を行っていた。同じく貴族出身の同輩からは馬鹿馬鹿しい、偽善者と嘲笑されたが、親友と共に過ごした彼等の『生命の砦』になれるなら然程気にもならなかった。
スラム街の噂で、親友は冒険者ギルドの扉を叩いたのだと聞いた。
食い詰めた子供と言う事で最初は碌に相手にされず、日雇い人足や雑用等で食い繋ぎ、それなりの経験と実績を積んでやがてパーティを組むに至ったのだそうだ。
だが、王都を騒がせている『連続失踪事件』の調査を請け負ったのを最後に彼等の足跡は途絶え、未だに見付からないのだと言う。あの夏に感じた予感が最悪の形で的中してしまった、と当時の私は独り、酔えない酒を煽った。
事件はスラム街にも影を落とし、遂には事態が収束するまで夜間の不要な外出を制限されるに至った。心無い連中が『道楽』と揶揄した私の往診も当然差し止められ、己の無力さに忸怩たる思いを抱えながら事件の解決を願う日々を過ごした。
そして、行方不明となった筈の親友と再会するのは更に後の、それも思わぬ形である事など、当時の私は知る由もなかった。
※紫苑の花言葉:追憶、君を忘れない、遠方にある人を思う
(https://hananokotoba.com/shion/より)