トライアングルレッスン:D(デート2)
たくみ: よぉ、ゆいこ。久しぶり。
おれはひろしと結婚したゆいこを久々に訪れた。
おれとゆいことひろしは所謂幼なじみで
おれとひろしが両方ともゆいこを好きになったのは、まぁ、よくあるパターン。
でも、好きな人の好きな人って分かっちゃうじゃん?
いつもゆいこのこと見てたらゆいこが誰を見てるのか、なんてすぐ分かるから。
おれは何も言わずにそっと身を引いた。
過去の話だけどね。
突然やってきたおれをちょっと驚いた顔でゆいこが迎える
ゆいこ: 久しぶり。元気だった?
ゆいこが昔のようなふわっとした笑顔を浮かべた。でも、何かが違う。
たくみ: おれのほうは相変わらずだな。あっちこっち行ってる。
ゆいこは…? ちょっと元気ないか? ってか、ちょっと痩せたか?
ゆいこ: え、ウソ、痩せた? そうかな? ふふ、痩せて前より綺麗になった?
くるりと回ってみせて、どや顔をするゆいこはでも、
昔どおりの茶目っ気はあってもやっぱり元気がないように見えた。
たくみ: なったなった! 前はちょっとコブタっぽかったもんな?
ゆいこの調子に合わせるように、おれもちょっとおどけてみせる。
ぷっと頬を膨らませたゆいこは、一瞬、昔の表情になった。
-家の中-
たくみ: ひろし、いないの? 今日祝日だけど、仕事?
ゆいこ: うん。忙しいんだよね。なんせほら、優秀だから。
たくみ: なんだよ、自慢かよっ。
ゆいこ: 自慢だよっ。
-ゆいこのスマホに着信音-
ゆいこ: はい。はい。分かりました。あの。
無理しないでねって伝えてください。
はい。よろしくお願いします。
たくみ: 誰? ひろしじゃないよね?
ゆいこ: ひろしの秘書さん。ほら、ひろしったら優秀だからさ?
秘書さんなんかついちゃったりしてるんだよ。
たくみ: へぇ。で、ゆいこはその秘書さんとやらに焼き餅焼いてるんだ?
ゆいこ: ・・・・・。
もうっ!そんなわけないでしょ! とか何とか言い返してくると思ったのに
予想は外れて、ゆいこは黙り込んだ。
ゆいこ: ひろしはさ、真面目だし、誠実な人だって分かってるんだよ?
分かってるんだけどさ…
秘書さんさ、美人だったの。その上、仕事も出来るしさ?
仕事が大変で、なかなか帰って来られないのも分かってんの。
分かってはいるの。頭では。
ゆいこのスマホを強く握る手が白く震えていた。
ゆいこのことだ、何もないのにこんな風にはなってないだろう。
ゆいこは勘がいいところがあるから。
たくみ: ゆいこ、ツーリング行こうぜ。タンデムしよう。後ろ乗せてやるよ。
半ば無理矢理外へと引っ張り出して、有無を言わせずヘルメットを被せた。
ゆいこは驚いていたけれども、言われるがまま、バイクの後ろにまたがった。
たくみ: ベタだけどさ? しっかり掴まっとけよ!
おれの身体に回された腕にぎゅっと力が入った。
おれはバイクのエンジンをかけた。
鬱蒼とした木々の間をくねくねと抜けていく。カーブの度、ゆいこが後ろで騒ぐ。
ゆいこ: ねぇ、女の子乗せたツーリングって、普通海目指したりしない???
スカッとさ。視界が開けて爽快になるんじゃないの?
背中でゆいこが怒鳴る。けど、おれはエンジン音で聞こえないふりをする。
いいんだよ。これで。ギャーギャー騒いでるときは、不安なんて忘れるだろ?
深くて濃い森の空気。静かに密かにお前を浄化してくれるよ。
木立が切れたところで、バイクを止める。眼下には街。頭上には星。
ゆいこ: わぁ…。
ゆいこが深呼吸してるのが聞こえた。
そうそう。そうやって、不安も吐き出しちゃいな。
敢えて、口には出さないけど、たぶん、伝わってる。
ゆいこ: きれいだね、たくみ。
なんかさ、体中の血、ちゃんと赤くなった気がする。
たくみ: なんじゃそりゃ? お前の血は緑色かなんかかよ?
ゆいこがふっと笑った。
ゆいこ: ありがとうね。たくみ。
急なマジモードで、ちょっとドキッとした。
たくみ: なぁ、ゆい
ゆいこ: 遅くなっちゃったね。星がこんなに出る時間だ。戻らないとね。
たくみ、悪いけど、送ってくれる? 自力じゃ無理だもん。
おれが言いかけた言葉を遮るようにゆいこが言った。でも、おれも言いつのる。
たくみ: おれ、明後日日本を発つんだ。
ゆいこ: また、危ない地域へ行くの?
たくみ: まぁね。日本ほどは安全じゃないな。インフラも整ってないし。
でも、やれることたくさんあるし、生きてるって感じがするんだ。
ゆいこ、ゆいこも来ないか? おれと一緒に。
空気が凍り付いた。むちゃくちゃなのは自覚してる。
でも、ゆいこ、今度こそおれを選んで…。
お願い、お願い。願いを込めて、おれはゆいこの目を見る。