闇は深く沈む
―数時間後
「なんだこれ」
謎の黒い塊に手を伸ばすと、靄が手に巻き付くように昇ってきた。それが奥深くに沈んだ記憶を呼び起こした。
『死にたくない。死にたくない。死にたくない。来るな。こっちに来るな。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。まだ、俺には、、、、俺にはっ、やらなきゃいけない事が、、、、、、、、、、、、、、、』
『ゴホッゴホッ、ガハッ、はぁはぁ、これで満足か?そんなに―が大事か?ゴホッ、アレはもう戻らない』
『そういうことですか。大変でしたねぇ。―を元に戻したいんでしょう?なら私に協力しなさい。・・・それが嫌ならもう諦めてください』
『テメェ、どういうつもりだ⁉︎なんでなんで、っなんで!彼奴を、彼奴をお前がっ』
『俺は、俺は、―のために、―のためにやったんだ。なんでっ、俺が責められなきゃいけないんだよっ。お前に俺の気持ちがわかるわけがない‼‼お前みたいな恵まれた環境にいる奴にっ』
絶え間なく聞こえる声が、誰に向けた声なのか、誰を恐れ、誰を諭し、誰を脅し、誰を責める声なのか“ヨウガ”は知っていた。
絶え間なく聞こえる声が、抑えている感情を、憎しみを、悲しみを、後悔を、過ちを、“ヨウガ”に思い出させてはいけなかった。
―ラヴィッツェの平原
「君達には限度とか遠慮とか配慮とかないのかな?」
準備運動(?)から戻ってきた3人を迎えたノノカの第一声がこれである。
3人には汚れや怪我は一切ない。ないが、3人の背後にある屍の山・・・・山を見て放った一言である。
「「「???」」」
3人は首を傾げた。
3人の心境は―負の感情に飲まれた生き物は害獣として処理するもの。討伐に遠慮は命取りになる行為。(民の為に)討伐する事は規律違反等になる行為ではない―である。悪意はない。わざとでもない。・・・・仕方ない。仕方がないのかもしれない。
「本来その行為は問題ないし、文句なんて一切ない行為だけどさー。他の訓練生が討伐するのが減っちゃうからねー、程々にして欲しかったかなーって」
申し訳なさそうに(っていうのも変だが)ノノカはそう言った。
「私が何も言ってなかったからねー、やっちゃったんだよねー?」
「いやぁ、別に雑魚を狩ったって問題ないだろぉ」
「近くの森の方には行ってないから、後から来る奴らにはその辺に行ってもらえば問題ないんじゃない?」
プチ反省会中のノノカにヨウガとシルクスが励ますように声を掛けた。・・・正規軍人と訓練生の立場が逆転しているような会話だった。
「でも、近い場所でも環境が変わると生態系も大きく変わるからねー。だから基本的に戦闘経験が少ない訓練生のために、ラヴィッツェの平原にいる比較的戦闘能力が低い生き物と戦ってもらって経験を積ませるはずだったんだけどねー」
あまり深く考えていなさそうな声音だが、ノノカは割と真面目に悩んでいた。
そんなことを話していると遠くの方から車のエンジン音が聞こえてきた。
「他のエルークがやっと来たようだな」
「待ちくたびれたよなぁ」
「この山のことどう説明したものかなー」
リリアとヨウガが向かってくる車の方を見ながらそう呟いてる横で、ノノカはリリア達3人によって出来上がった屍の山に頭を抱えた。
「どうしますか?」
「これじゃあ、他の訓練生の実地訓練の内容を変更せざるを得ませんよ」
「森の方に行くと全体の状況を把握しにくいですし、緊急時の対応とか大変ですよ」
「ていうか、あの3人がこの実地訓練をする必要ない気がするんですけど」
「一応全体に合わせた内容になっているからな。突出して能力が高いとどうしても物足りなくなってしまうかもしれないが、訓練生にばかり人員を割くわけにもいかない」
「あの3人って他の実地訓練にも参加してますよね。ほら、上の訓練生のとか」
到着した他の訓練生の同行する軍人達が、リリア達がつくった屍の山と予定していた訓練生の実地訓練の内容について、ラヴィッツェの平原に着いてすぐに話し合いを始めた。
「彼奴等何時まで話してるつもりだぁ?」
ヨウガが近くにあったちょっとした岩場に腰を下ろして、話し合っている軍人達を見ながらそう言った。
「まぁまぁヨウガ、少しくらい待ってあげても良いじゃないか。此処の奴じゃ物足りないんだから、あの人達がもっと殺り甲斐のある奴が居る所に案内してくれるかもしれないんだからさ」
シルクスが宥める様にそう言った。
「終わったみたいだぞ」
「やっとかよ」
話し合いに行っていたノノカがこっちに来るのを見てリリアがそう言うと、ヨウガは下ろしていた腰を上げた。
「話し合いはもういいんですか?」
シルクスがノノカに問うと、
「まぁ、ある程度はまとまったかあらねー。訓練生の実地訓練に来てるのに何時までも話し合いをしてるわけにはいかないからさー」
と、頭を掻きながらため息をついた。
「で?この後はどうなるんだぁ?」
ヨウガがだるそうにノノカに聞いた。
「君達はあそこに見えてる森に入って実地訓練をしてくれってさ。他の訓練生は平原の奥の方に行くから邪魔するなとも言ってたよ」
「つまり俺達がそこらの凡人とは格が違うことに上の奴らがやっと気付いたってことかぁ」
「まぁ、そうとも言えるかもね」
ヨウガの自慢はシルクスに軽く流されて終わった。
「それなら、さっさと移動しようか」
リリアはヨウガとシルクスのやり取りは無視して、森の方へと歩いて行った。
「待てよ、リリア。抜け駆けは許さないぞぉ」
「抜け駆けも何もない。お前達が遅いだけだ」
「まぁまぁそう言わずに。ちょっと待つぐらいできるだろう?」
3人が軽口を叩きながら歩くのを見ながら、ノノカが後に続く。
「実地訓練でここまで余裕な態度なのは君達ぐらいだろうねー」
ノノカの呟きは前の3人には聞こえることはなかった。
―ラヴィッツェの平原の近くの森
「意外と歩いたな」
「随分と静かな森だなぁ。ホントに此処に殺り甲斐のある奴等がいるのかぁ?」
「あんまり良い気配はしないかな」
「いいのが居るといいなぁ」
森に着いた4人はそれぞれ別の反応を見せた。だが、あまり緊張感のない内容であることは共通していた。
「このまま各々討伐ってことでいいかぁ?」
「ありだな」
「ノノカさん的には大丈夫ですか?」
ヨウガの提案にリリアが乗ったが、シルクスが待ったをかけた。
「一応訓練生の監督ってことで来てるからダメって言いたいけど、どうせ他には誰もいないし、君達が黙っててくれるならオーケーするよ」
ノノカが軽くそう言いうのを聞いて、シルクスはこの人大丈夫かって思ったが、それならと各々で行動することにした。
「じゃあ、昼時に此処に再集合でいいね?」
「問題ない」
「それでいいよ」
「あぁ」
最後に集合時間を決めてからそれぞれ森の奥に向かっていった。
―リリア
しばらくしてガントの群れに遭遇した。リリアは炎を操るため相性は良いといえる。
「世界を照らす炎よ、貫き全てを焼き尽くせ」
リリアが詠唱すると、ガントに炎の矢がガントを貫き、灰も残さず消えた。・・・・・・かに見えた。
「?」
群れの中で一番大きなガントは、炎の矢に貫かれてはいるが、ダメージはあまり入ってないようだ。それに妙なオーラを纏っている。
「全てを燃やし喰らえ―炎蝶」
再びリリアが詠唱すると、炎が蝶の群れを作ってガントに群がった。炎の蝶はガントの血肉を貪る様に燃やし、やがて拳大の塊のみになった。それすらも蝶に喰われ、灰になった。
リリアは少し疑問に思った。
リリアの創る炎の矢は、心臓部を貫けた場合にのみ炎が身体を巡る。逆に炎の蝶は、触れた場所からじわじわと燃えていく。
リリアの炎の矢は全てのガントの心臓部を貫いていた。だが、大きなガントは燃えなかった。炎の蝶によってその原因と思われるものはわかったが、それも燃えた。
討伐は完了したため、リリアはあまり深く考えなかった。
―シルクス
シルクスが森で遭遇したのは数羽のジャトを連れたガヴィナ。
「妙だ」
ジャトとガヴィナは基本的に共存しない。喰うか喰われるか、その関係にあるジャトとガヴィナが同時に現れる可能性は低い。縄張りが隣り合っていればある、程度の可能性。引き連れている=絶対にありえないことと言ってもいい。
シルクスは不穏な気配を感じた。
「風―花蝶と剣」
シルクスが詠唱すると、手には風の剣が創られ、周りに風の花と蝶が舞った。
シルクスの詠唱を警戒していたジャト等は、小手調べというように3羽のジャトが飛び掛かってくる。
飛び掛かってきたジャトは、シルクスの周りを舞う花と蝶によって深い傷ができた。痛みに怯んだジャトをシルクスが瞬く間に斬り伏せた。
「来ないのか」
シルクスは様子見をするように距離をとっているジャト等に視線を向ける。だが、動きはない。
痺れを切らしたシルクスが一歩踏み出すと、ガヴィナが嘶いた。それを待っていたかのように全てのジャトがシルクスに向かって突っ込んでくる。
「風―花草之楯」
シルクスの詠唱で風の草花の楯が創られ、ジャトを押し退ける。
シルクスの視界は楯とジャトで埋まる。それを狙ったようにガヴィナの蹄が土をける音が耳に届く。
「フッ。風剣―鎌風」
予測した通りの行動にシルクスはニヤリと笑みを浮かべた。
ガヴィナがシルクスの間合いに入る瞬間、剣を横に一振り。静かに鋭いその一太刀が楯諸共ジャトとガヴィナを切り裂いた。
身体を真っ二つにされているが、心臓部を破壊されてないため、ジャトとガヴィナは再生しようとしている。だが、笑みを浮かべたままのシルクスの追撃が心臓部を破壊し、息絶えた。
「何かあるのかと思ったけど、大した事なかったね」
シルクスはジャトとガヴィナの組み合わせに疑問を持ったままだが、森の奥に進む歩みを止めることはなかった。
―ヨウガ
ヨウガが森に入ってからかなりの時間が経ったが、何にも遭遇しなかった。走って森を進んでいたが、余りにも何もないため歩きに変わっていた。
「チッ。何にも居ねぇじゃねぇかぁ。シルクス達は何かと会えたのかぁ?彼奴等も何にも会えてなかったら、後であの軍人共ボコしてやる」
そう言って掌に拳を打ち付けて苛立ちを露わにする。
ヨウガは足元に転がる小石を蹴りながら森を進んでいった。
それからもヨウガは何にも遭遇することなく森を進んでいった。
―ノノカ
ノノカの目にガヴィナとボシャールの群れが映る。
ボシャール:鹿が負の感情に飲まれた姿。鋭い角と硬い皮膚が特徴。体長は2mから4m。主に森を縄張りとしており、角研ぎによる倒木や突進による建物や乗り物の被害が稀にある。角は武器に加工されて使われることがある。
「いい感じの獲物だぁ。ふふふふふっ」
歓びで頬が上気する。
素早く距離を詰め、ジャンプし振りかぶった拳に力を込めて振り抜くと、数体のガヴィナとボシャールが死骸に変わった。地面は抉れてクレーターができ、衝撃で木が揺れて葉を散らした。
ノノカの能力は『怪力』。文字通りの能力で、本気で殴れば人を吹っ飛ばすなんて簡単なことだ。負の感情に飲まれた生き物でさえ、能力で簡単にひしゃげることになる。
いきなりの出来事にガヴィナとボシャールは慌ててノノカから距離をとる。
ノノカは逃げ遅れたガヴィナとボシャールの首を掴み、地面に叩きつけて足で心臓部を踏み潰したり、蹴りで首を飛ばし手刀で心臓部を貫いたりして近くにいる全てを殺した。
「ふふふふふふっ。あははははは」
返り血の付いた顔でノノカが笑う。森に歓びに満ちたノノカの笑い声が響いた。
ノノカが笑い声を上げているのをガヴィナとボシャールがノノカを窺うように木の陰から覗いている。
ノノカは一頻り笑った後、様子を窺っているガヴィナとボシャールに狙いをつけ、襲い掛かる。
ノノカがガヴィナとボシャールが隠れている木ごと蹴った。ボシャールの堅い皮膚すらノノカの蹴りの前では意味をなさない。
「ふふふふふふっ。弱いな。つまらないな。あははははは」
ノノカは笑いながらガヴィナとボシャールに追い打ちをかける。拳が身体を抉り、ガヴィナとボシャールが鳴く。ノノカの追撃が心臓部を破壊し、ガヴィナとボシャールは沈黙した。
「終わっちゃったー」
ノノカの声が空しく響く。
返り血を袖で拭い、また森の奥へと歩を進めた。
―ヨウガ
「ようやくお出ましかよぉ」
森を歩いて早1時間。待ちに待った獲物がヨウガの目の前に現れた。
現れたのは体長約6mのボシャール1体。これまで確認された大きさからかなり外れた大きさだが、ヨウガにしてみればやっと現れた獲物。大きさなんてどうでもいい。殺り甲斐があるかどうか。重要なのはそれだけ。
「強ぇんだろうなぁ」
ヨウガは短剣を取り出し構える。
ボシャールが右前足を地面に打ち付けた。すると地面が隆起し、ヨウガを槍のような形になって囲った。
「いいねぇ。自然之力持ちかぁ」
ヨウガは笑みを浮かべた。
自然之力:アティアによって自然を操る能力のことを言う。
負の感情に飲まれた生き物達には、アティアによる地力の強化と致命的な傷すら多少時間がかかるが治す再生能力が備わっている。それに合わせて稀に『自然之力』、『身体技能』、『特殊能力』に類する能力のいずれかを持つ生物がいる。人間にはプロセフィによる地力の強化はあるものの、再生能力は備わっていないため、『自然操作』、『身体強化』、『夢見之力』の他に『治癒之力』に類する能力がある。
ヨウガの前に現れたのは自然之力を持つボシャール。鋭い土で囲まれて動きも制限されているため、ピンチのように見えるが、ヨウガは余裕そうな態度を崩さない。
「これで終わりかぁ?そんなわけないよなぁ。それともこの程度で俺が降参でもすると思っているのかぁ?」
ヨウガが煽るがボシャールは反応しない。
「まぁいい。試したい力もあることだし、こっちから行くぜぇ」
ヨウガはそう言ってジャンプして囲いから抜けると、ボシャールの左の角に短剣を振り下ろした。が、短剣が折れる結果に終わった。
「チッ。しゃーねぇなぁ。風―剣」
ヨウガが僅かに苛立ちを込めた声音で、素早く詠唱する。それによってシルクスと全く同じの風の剣が生み出された。
ヨウガがそれを角に振り下ろすと、角は容易く斬れた。
「怪力」
ヨウガはまた詠唱し、斬った角を拾って細長くなるように枝分かれした部分を折っていく。
ボシャールが危機感を感じて逃げていく。
「待てよっ」
そう言ってヨウガは角を投擲する。それは見事にボシャールの右前足と右後ろ足を貫き、ボシャールが転ぶ。
最後の足搔きとばかりにボシャールが鳴いた。すると、地面が大きく隆起してヨウガの前に壁を創った。周りの木々はボシャールやヨウガに倒れてくる。だが、ボシャールもヨウガも能力で対処する。
「おい、こんなもんかぁ?」
ヨウガは“怪力”で倒れてくる木を対処しつつ、ボシャールが創った壁を破壊してボシャールと距離を詰める。声には落胆が感じられる。
またボシャールが鳴く。大地がヨウガに牙をむくが、容易く対処されてしまう。
「ったくよー。がっかりだぜぇ」
ヨウガはそう言って距離を詰めた。
「これで終わりだぁ。風―花葉之刃」
ヨウガが詠唱すると、花弁と草の形をした刃がボシャールの体を切り刻んだ。
「あぁ?なんだこれ」
刻まれたボシャールの体の中から、黒い塊がむき出しになっている。
謎の黒い塊に手を伸ばすと、靄が手に巻き付くように昇ってきた。それが奥深くに沈んだ記憶を呼び起こした。
『死にたくない。死にたくない。死にたくない。来るな。こっちに来るな。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。まだ、俺には、、、、俺にはっ、やらなきゃいけない事が、、、、、、、、、、、、、、、』
『ゴホッゴホッ、ガハッ、はぁはぁ、これで満足か?そんなに―が大事か?ゴホッ、アレはもう戻らない』
『そういうことですか。大変でしたねぇ。―を元に戻したいんでしょう?なら私に協力しなさい。・・・それが嫌ならもう諦めてください』
『テメェ、どういうつもりだ⁉︎なんでなんで、っなんで!彼奴を、彼奴をお前がっ』
『俺は、俺は、―のために、―のためにやったんだ。なんでっ、俺が責められなきゃいけないんだよっ。お前に俺の気持ちがわかるわけがない‼‼お前みたいな恵まれた環境にいる奴にっ』
「っ!?・・・んだぁ?これ・・・。クソッ」
ヨウガは頭が割れそうなほどの頭痛に襲われた。あまりの痛みにヨウガは蹲る。
ヨウガは気を失った。
―同時刻
「「「!?」」」
リリア、シルクス、ノノカはそれぞれの場所から強烈な負の感情を感じ取った。
それぞれがヨウガの元へと走って向かっていく。