過去は何処に
―団長室
ロイドは窓から訓練場を見ていた。訓練場では新入団員達があらゆる技能の特訓をしている。その光景がロイドに昔のある出来事を彷彿とさせる。それを思い出し、感傷に浸っていると部屋にノックの音が響いた。
「入れ。」
ロイドがそう言うと、一人の分厚い紙束を持つ男が入ってきた。
「失礼します。団長、アルフィアの森のギャルル討伐についての報告書です。リリアからはさらに調査を進める必要があるとのことです」
そう声をかけてロイドに報告書を渡したのは副団長の、萌葱色の髪に千草色のメッシュが入っており、カーマイン色の瞳をしているレオルク・グリスだ。ロイドの幼馴染でもある。
「そうか。・・・・・人がいたそうだな」
「ええ、なんでもかなり自我が残っていて、"ヨウガ・ディートラ"と名乗ったそうです」
「"ヨウガ・ディートラ"か。6年前に失踪した奴と同じ名前だな」
ロイドは苦い顔をした。あまり良いことではないことがよく分かる。
「そうですねぇ。しかもまだリリアに執着しているようですよ。」
「・・・リリアは何か言ってたか?」
ロイドが報告書に目を通しながら聞いてきた。
「いや、ヨウガについて何も知らない様子だったよ。同期だってことも、何か知っているなら教えてくださいって言ってたくらいだよ」
「そうか。やはり記憶は失ったままのようだな。・・・それと口調が戻ってるぞ。二人しかいない時だったからまぁ良いが、気を付けた方がいい」
「あ、すみません」
それで会話は途切れ、二人は無言になった。
ロイドはしばらくして報告書を読み終わると6年前のことを回想した。
―6年前
リリア達が軍に正式に入団するための実地訓練が初めて行われた日のことだ。
本部のほぼ真左に位置する訓練場に、472期訓練生が整列していた。彼らの正面には1人の男の人が立っている。彼から少し左に離れたところには、男女複数人が一列横並びに立っていた。
正面に立つ男の人が口を開いた。
「これから実地訓練の詳細を説明する」
3番隊の隊長を務める、ココアブラウン色の髪に、焦茶の瞳をしたレオ・ハネスが、リリアやシルクス、ヨウガを含めた約50人の訓練生に実地訓練の説明をし始めた。
「これからお前達はここから北東にあるラヴィッツェの平原で、実際に負の感情に飲まれた生き物達の討伐を行なってもらう。ラヴィッツェの平原には、戦闘経験が殆どない奴等でも討伐できるような奴しかいない。だからと言って怪我をしないとも限らない。だが、危なくなったらお前達に付き添う隊員が助けるから安心しろ。言っておくがまだ軍人未満のお前等は単独行動は禁止だからな。最低3人で行動するように。良いな?それじゃあ、早速班を作れ。作れた奴等からエルークに乗ってラヴィッツェの平原に向かうからな」
「「「「「「はい!」」」」」」
レオの説明にリリア達は返事をし、早速周りの人と班を作っていく。
「リリア、ヨウガ、俺等で組もうぜ?」
シルクスがリリアとヨウガに声をかける。
「あぁ、いいぞ。というより最初からそのつもりだ」
「だよなぁ、リリア。他の奴等じゃ実力不足だよなぁ」
リリアが不敵な笑みでそう返せば、ヨウガも乗ってそう答えた。
「そういう訳ではないが、他の奴等とはあまり話さないし、お前達と組んだほうが連携しやすいからな」
「そりゃあな、よく組むしな」
リリア達はそう雑談しながら車の方に向かう。
「それにしても、5人以上の班が多いな。彼処の班なんて10人はいそうだ」
シルクスが周りを見回しながらそう言った。
「そうだな。それにしてもある程度メンバーが決まっても、ラヴィッツェの平原に行こうとする奴等はまだいないな」
確かにリリアが言う通り、メンバーは既に決まっていそうな班は複数あるが、車の方に向かって行く班はまだ一つも無い。
「まぁ良いじゃねぇか。ビビってる奴等は放って置いて俺等が一番乗りしようぜぇ?」
ヨウガは気楽にそう答える。
「君達はやっぱり一緒なんだね。班はこの3人で良いのかな?」
車の側まで行くとシクラメンピンクの髪に、躑躅色の瞳のショートの女の人がそう声をかけてきた。
彼女の名前はノノカ・テリーナ。4番隊のNo.17だ。大きな瞳に小柄な彼女は、小動物を彷彿とさせる可愛らしい見た目だ。だが、その見た目からは絶対に想像出来ないが、軍では“戦闘狂”でとても有名だ。
「はい、この3人で大丈夫です。ノノカさんは付き添いですか?」
「そうだよ〜。リリアちゃん達と一緒に行くとは思わなかったからお姉さん嬉しいな〜」
ノノカは嬉しそうにニマニマと笑いながら運転席に向かって行った。
リリア達もノノカに続いて車に乗っていく。リリアが助手席に、シルクスがリリアの後ろに、ヨウガがノノカの後ろに乗った。
リリア達は気づかなかった、というか気にしていなかったが、班を作り終わった人達が直ぐに行こうとしなかった理由は、彼女が先頭の車に付いていたからだった。
リリア達がいなくなった瞬間、既に班を作り終わっていた人達が次々と車に乗り込んでいった。
―エルーク内にて
「リリアちゃん達の戦闘経験はどのくらい?ガントやジャトと戦ったことある?」
ノノカがエルークを操作しながらそう聞いてくる。 ノノカには監督する者として、ある程度の実力及び認識は把握する必要があるのだ。
ガント:羊が負の感情に飲まれた姿。基本的に全長は2mを超え、剛毛でよく群れで行動する。人を襲うことはあっても喰らうことはない。自分たちより強いと判断すると直ぐに逃げの行動を取る。討伐は簡単なように見えて意外と難しい。火を特に嫌がる。速さは負の感情に飲まれる前とさほど変わらない。
ジャト:兎が負の感情に飲まれた姿。全長は最大で3m。小柄なものは俊敏で、大柄なものは力が強い。警戒心が非常に高く、繁殖力が高いため、討伐は定期的に行う必要がある。縄張り意識が高いため、知らずに入れば縄張りからかなり離れるまで追いかけられる。
「戦闘経験は他の同期よりはある方だと思います。ガントやジャトくらいなら約4年前から定期的に戦ってます。それより上のガヴィナやデネマとも戦ったことがあります」
ガヴィナ:馬が負の感情に飲まれた姿。素早い動きや脚力の高さから討伐難易度が高く、群れて行動する事もあるため、軍人でも死傷者がたまに出る。
デネマ:ワニが負の感情に飲まれた姿。全長はかなりの個体差があり、3m程の個体や10mを優に超える個体もいる。水辺に生息していることが多いため、水辺が周辺にない都市では滅多に見ない。
「へー、4年前って事は、今君達は12、3歳だから8、9歳の時に戦ったって事だよね?いやー、君達の将来が恐ろしいなー」
シルクスが丁寧に教えると、ノノカは想定外の事実に若干戦慄した。
「まぁ俺達は同期の奴らとは一線を画すからなぁ」
ノノカが若干戦慄しているのを他所に、ヨウガは自慢気にそう言った。
「そうだろうねー。ただでさえ訓練校に入ったのが6、7歳の時でしょー?訓練校に入るのは基本的に10歳以上が多いのに、君達はそれを下回る巡齢で入った上に経験豊富って、、、、。ヤバ過ぎでしょー。まぁ、幼い時から訓練校に入っても、13歳になってからサクラを過ぎないと軍に入団は出来ないから、既に十分強い君達でもまだ訓練生扱いなんだよねー」
*巡齢=年齢
サクラ:4月のこと。
ノノカが言うように、訓練校に入るのに年齢による制限はないため、幼い頃から入ることが出来る。だが、討伐や調査を本格的に行い、死と隣り合わせになる軍に入るのには最低年齢を超えていなければならない。
「シルクスの生まれ華があと2華早ければ先に軍に入れていたのにな」
リリアが揶揄うようにそう言った。
*華=月。
「はははっ、シルクス君はエーデルワイスが生まれ華なのー?だとしたら確かにリリアちゃんの言う通りだねー」
「まぁ、そうなりますけど、俺はそんな些細な事気にしてません。巡齢と強さは無関係ですし」
シルクスは不敵に笑ってそう言った。
「まぁ、そうだね。君達が既に体現しているしねー」
ノノカもシルクスの言葉に同意した。
その後も4人は雑談に花を咲かせた。
やがて、果てまで見えそうな平地に来るとノノカは、
「ここからはほぼ直進だから飛ばしていくよー。しっかり掴まっててねー」
と言って更にスピードを出した。
―数時間後、ラヴィッツェの平原
「他の人達はまだ来ないみたいだねー」
ノノカが来た道の方を見ながら疲れた様子もなく言った。
他の3人はというと
「あれってジャトかぁ?」
とヨウガ。
「かなり遠くにいるな」
とリリア。
「俺達を警戒してるんだろ」
とシルクス。
「あっ、ガヴィナも奥にいるなぁ」
とヨウガ。
「よく見えるな。俺には見えないぞ」
とシルクス。
「丁度いいな」
と身体をほぐし始めたリリア。
「準備運動がてら狩ってくるかぁ」
と身体を動かし始めたヨウガ。
「そうだな」
と先にジャトへ向かったシルクス。
3人ともノノカの話はスルーしていた。
「あんまり遠くに行かないでねー」
ノノカは気にしていなかった。
他の人達が来るのを待ちながら、そう忠告するのみだった。
後で訓練生の監督責任を問われる事になるのを、ノノカはまだ知らない。
―数時間後
とある人物が負の感情に飲まれた為、472期訓練生の実地訓練は混迷を極めた。だが、その人物の相手をしていた”訓練生”のおかげで死傷者は思いのほか少なく済んだ。
記録―472期訓練生のラヴィッツェの平原での実地訓練中、訓練生1名が負の感情に飲まれ、これの討伐に失敗。その者は失踪。死傷者68名―訓練生1名重傷及び一部記憶喪失。訓練生15名死亡。訓練生41名、隊員7名重傷。訓練生3名、隊員1名軽傷。
追記―失踪者名:ヨウガ・ディートラ。班員:リリア・シホニー、シルクス・ドミローグ。同行者:ノノカ・テリーナ。