霧に紛れて
―地上
「死ぬかと思った〜」
地上に出た瞬間ヒメリアがそう言った。
リオルが加減しなかったせいで起こった大爆発から逃れる為に、3番隊の面々はクロルの能力で地上に出た。
「ヒメリアの言う通りです。クロルがいなかったら本当に死んでいたでしょうね」
エリスもヒメリアの言葉を肯定する。
実際、リオルが本気でプロセフィを込めたせいで地下は崩れた。地下が頑丈に造られていたとはいえ、遥か昔に造られたものだ。劣化もしていたのだろう。
クロルが居なかったら、エリスが懸念していた生き埋めになっていたかもしれない。
「・・・リオルがちゃんと加減していたらこうはなっていなかったわ」
スノールもげんなりしている。
「「「「はぁ」」」」
4人の溜め息が重なった。
「生きてるんだから良いじゃねぇか」
リオルが気にし過ぎだとそう言った。
「お前の所為で死にかけたんですよ!」
「リオルの所為で死にかけたのよ!」
「お前の所為で死にかけたんだぞ!」
「リオルさんの所為で死にかけたんですよ〜!」
エリス・スノール・ルカ・ヒメリアの4人の声が重なった。
「うるせぇ!」
4人の文句にリオルが耳を塞いで叫んだ。
「大体、No.1の座にいながら地下に居ることを忘れるとか巫山戯ないで欲しいわ」
「そうですよ〜。クロルさんが居なかったらどうするつもりだったんですか〜?」
「もし私が聞き返してなかったらどうなっていた事か」
3人の口からはまだ文句が溢れていた。
「どうも何も結局クロルの能力で外に出てたんじゃないか?何も変わらんだろ」
全く反省した様子もないリオルにエリスとスノールは頭を抱えた。
「そうでしょうけれど、もう少し考えて行動してもらいたものですけどね。No.1の座に居るならば、もう少し考えて行動してもらいたいものですけどね!」
「2回言わなくても良いじゃねぇか。俺は馬鹿じゃないんだから1回で十分だ」
リオルがエリスに反り返ってそう言うと、
「言う必要はがなくなる事が1番良いんじゃないかしら」
とスノールが呆れ気味にそう言った。
一方、リオル達が騒いでるのを横目に見ながらリリアは、ネロやクロル、ルイスと現状確認をしていた。
「この下辺りにさっきまでいた地下都市があります」
そう言ってクロルは地面を指差した。
リリアとネロは、クロルが指差した辺りを見下ろして頷き合った。
「見た感じ生き残っているのは居なさそうです。ですが、グズモスが居たことを考えると、既にあった穴に入って逃走した可能性があります。ただでさえ再生能力が強いですし、瓦礫で圧死する可能性も低いです。まぁ、今の所僕が確認可能な範囲には生き物は居ませんが」
ネロが能力で地下を確認して、そう説明した。
「そうか」
そう呟くとリリアは黙って考え込んだ。
「隊長、ヨウガとかいう奴が街の奥に行ったことを考えると、街の奥も確認した方が良いんじゃ?」
沈黙に耐えられなかったのかルイスが、少し遠慮がちに進言する。
「どうやって地下に行くつもり?僕の能力じゃ行った所以外は行けないし、リオルの能力の所為で地下の酸素は薄いと思うんだけど?」
リリアが答える前に、ルイスの発言にクロルが疑問をぶつけた。
クロルの言う通り、地下にもう一度行くにはクロルの能力に頼るか、レーヴェンに乗るかしなければならない。だが、ヨウガや負の感情に飲まれた生き物達と戦った所はレーヴェンの近くだったし、クロルは一度行ったことがある所の影にしか行くことができない。しかも、行けたとしても、リオルの能力による爆発で酸素は恐らく薄くなっているから、酸欠になってしまうだろう。ついでに言えば、崩れた壁や建物などの瓦礫の撤去も必要になる。
昔の人達がどうやって空気の入れ替えを行なっていたかは分からない以上、無闇に地下に戻るのは良くないだろう。
「でも、どの道地下には行くようだろ?敵が地下に居ることは分かってんだからよ」
「それよりも先に昼食じゃないか?もう12刻を過ぎている」
ネロが持つ万刻には、12を少し過ぎた時間が示されていた。
万刻:腕に付ける、時計やメモ、辞書、電気などの様々な機能が搭載された機器。あらゆるものをホログラフィーで記録可能。通信機器という役割もある。
「もうそんな時間か」
「一旦エルークに戻るようだな」
ネロの言葉にそういえばとクロルとルイスがそう言った。
エルーク:車の総称。因みにバイクはカーセル。
「隊長、昼食を摂る為に一度エルークに戻りませんか?」
「そうだな」
ネロがリリアに声を掛けると、リリアは考え込むのをやめて周りを見た。
リオル達(エリスを除く)4人はまだ言い合っていた。
レトアは木に寄り掛かって万刻で何かしている。
ベルシオは糸の手入れをしている。
「あれ?エリスさんが居ない」
クロルもリリアのように周りを見て、エリスが居ないことに気づいた。
リオル達と言い合いをしていたはずなのに、いつの間にか居なくなっていた。
「エリスなら服の汚れを落としに行っているぞ」
リリア達が話し終わったのを見計らっていたように、タイミング良く来たリオルがそう言った。
「そろそろ昼食を食べる為にエルークに戻るでしょうし、服の汚れを落としたいので先に戻りますって言っていたわ」
リオルの言葉を補足するようにスノールが言った。
「エリスさんもそうですけど、近距離戦の人達は少なからず汚れてしまいますよね〜。スノールは例外ですけど〜」
ヒメリアが言うように、近距離で戦っていたネロを始めに、(今は少しも残っていないが)半数の人達には返り血が付いていた。
「軍服って一応汚れが付きにくくて、ある程度の汚れなら浄汚糸が吸収して綺麗になるんだけどな。今日は数が多かったもんな」
浄汚糸:プロセフィで作られた特殊な糸。ある程度の汚れならば糸が吸収する。糸に吸収された汚れは真水に浸けることで結晶となって外に出る。
「エリスは特注の浄汚糸が大量に使われてる軍服なのに、返り血が滴るくらい汚れてたもんな。ハハハハッ」
ルカの言葉にリオルが傑作だと言わんばかりに笑いながらそう言った。
「喋ってないでエルークに戻らない?僕はもうお腹空いた」
また雑談に花を咲かせているリオル達に、クロルが催促する。
「それもそうね。仕事は終わってないし、あのヨウガ?だったかしら。そいつが奥に向かったから、昼食を食べたらそこに向かうんですよね?」
スノールが確認の為にリリアに聞いた。
「・・・いや、今回はこれで終わりだ。昼食を食べたら帰る。エルークに戻るぞ」
リリアはそれだけ言うと、エルークに向かって歩き出した。
それに続くように3番隊の面々はエルークに向かっていった。
リオルやネロ、その他の人達も疑問はあるが、リリアに聞くことはなかった。約2年の付き合いから今は話す気がないことが分かっているのだ。
―少し時を遡って
エルークに戻るために森を歩いていたエリスは、あと少しで森を出るという所まで来て、眼前の光景に目を疑った。
エルークの側にはリリアが立っていたのだ。
リオル達から離れる前、リリアがネロ達と話していたのをエリスは見ている。つまり、先にエルークに戻るには、走るなりしなければ不可能だ。それに、リリアだけがエルークの傍に居て、他のメンバーが居ないのはおかしい。故に、今エリスが見ているのは幻覚ということになる。
(これは・・・・・・。不味いですね。幻惑霧草が生えていたとは。抵抗しても、ここまで影響が出るほど育った幻惑霧草は厄介ですね)
抵抗による頭痛に顔を歪めながら、エリスはそう考えた。
幻惑霧草:幻覚を見せ、相手を惑わす、霧の様に掴めない花。気温が上がれば見えにくくなり、幻覚も消える。抵抗は簡単。ただし、抵抗中は頭痛に襲われる。頭痛の原因は、視覚から得ている情報と、体内に入った霧の様な毒が脳に直接与える偽の情報による脳の混乱。花弁の霧は絶対に消えない。
エリスが頭を抑え、痛みに耐えていると、霧が段々と濃くなってきた。
(この霧の濃さだと、幻惑霧草はかなりの数が生えているのでしょうね。恐らく、スノールが討伐したギャルルの死骸から出ていた冷気が風に乗ってこちらまで来たのでしょう。それが、幻惑霧草が活動した原因。・・・っ!これ以上・・・は・・・耐え・・・なさそ・・・・・)
激しくなった頭痛にエリスは意識を手放した。
―一方
リリア達の方でも辺りに霧が立ち込め始めていた。
「エルークに近づくほど霧が濃くなっていますね」
ネロが興味深そうに辺りを見回しながら言った。
「・・・この霧って幻惑霧草の霧じゃないですか〜?それに〜なんだか嫌な予感がします〜」
植物を操るヒメリアは植物に関しては博識である。そのため、霧が何によって生み出されているかを当てた。
「多分そうだろうなー。頭が痛くなってきた」
ヒメリアは植物の能力をほぼ無効化する体質のため頭痛はないが、リオルは幻惑霧草の霧による頭痛に襲われていた。
「ネロ、直ぐにエリスを探してくれ。嫌な予感がする」
リリアは霧が出始めた頃から胸騒ぎがしていた。それ故に、霧が出始めた頃から少し早足で進んでいた。
「我が道を照らせ―炎灯鳥」
リリアが足を止め、そう詠唱すると、1羽の炎の鳥が生み出された。
全長約60cmで長い尾羽が2つに分かれ、大きな羽を持つ炎の鳥の熱により、段々と霧が晴れていく。
「やっぱり幻惑霧草の霧だったようですね〜」
霧が晴れるなり木の根元にしゃがみ込んだヒメリアが、霧の様な5枚の丸みのある花弁を持つ花を抜き、皆に掲げる様に見せた。その花は根こそ普通の植物のように見えるが、花弁や花弁の近くの茎、葉はまるで霧の様で実体がない。これこそが幻惑霧草である。
ヒメリアは皆に見せ終わると、抜いた幻惑霧草を炎灯鳥に投げた。
炎灯鳥に投げ込まれた幻惑霧草は、やがて塵になった。
「幻惑霧草は厄介なので抜いちゃいますね〜」
ヒメリアはそう言うと、近くに生えていた幻惑霧草を片っ端から抜き始めた。
「隊長、いました。エリスはもう少しで森を出る辺りに倒れています。それに、エリスの周辺には幻惑霧草が大量に生えています」
「マズいな。走って向かうぞ」
ネロの報告を受けて、リリアは炎灯鳥を先行させ、それを追うように走り出した。それに続くように他の隊員達も走り出す。
「えっ、あっ、ちょと〜」
幻惑霧草を抜いていたヒメリアが僅かに出遅れた。しかし、流石No.10に選ばれているだけあって、直ぐに最後尾にいたベルシオに追いついた。
リリア達が走ってエリスの下へ走り出した数分後、エリスの側に1人の人間が姿を見せた。フードを深く被り、マントがその人を包んでいる。
「・・・・・・。聞こ・・・てる?伝え・・・事が・・・るの。・・・・・・私・・・探して。悪い・・・前に、真実をー」
謎の人物の声はノイズ混じりのように途切れ途切れで、途中で完全に途切れると、やがてその人物も消えた。
リリアがエリスの所に着いたのは、謎の人物が消えてから数十分経った頃だ。
リリアが生み出した炎灯鳥で周りの霧が晴れる。
「おいっ!大丈夫か」
「しっかりして下さい〜!」
ルカとヒメリアがエリスに声をかける。が、エリスからの反応はない。
「あっそういえば〜」
ヒメリアがそう言いながら、腰に下げていた小さな鞄から白い粉が入った透明な袋を取り出した。
「気付け薬を持っていました〜。これでエリスさんは起きるはずです〜」
ヒメリアはそう言うと、鞄から小さな水筒を取り出し、コップになっている蓋に水を注いで薬を溶かし、エリスに飲ませた。
「ゴホッ、ゴホッ。うっ、不味いですね」
薬を飲ませると直ぐにエリスは咽せながら目を覚ました。
余程不味かったのか口元を抑えている。
「起きましたね〜」
「気付いたか?」
ヒメリアに続いてリリアもエリスに声を掛けた。
「えぇ、大丈夫です。ヒメリアもありがとうございます」
「エリスさんは植物の能力の影響を受けやすいですからね〜。気を付けて下さいね〜」
エリスは起き上がると直ぐにヒメリアに感謝を伝えた。
「身体に異常はないな?」
「はい、大丈夫です」
「今日はもう帰るだけだからゆっくり休め」
「わかりました」
「それにしても幻惑霧草の数が多いですね〜。これだけ生えていたのに、何故森に入る時には気づかなかったんでしょう〜?」
ヒメリアが不思議そうに首を傾げる。
ヒメリアの言うように、幻惑霧草は単体では見つけにくいが、大量に生えていた場合は幻惑霧草の花弁の消えない霧が違和感を与えるはずなのだ。それなのに、森に入る時には一切霧に気づかなかった。その事実から考えられる可能性は-
「認識が出来ないようになっていたか、可能性は限りなく低いと思うが幻惑霧草自体が幻・・・・。人為的に生み出されたものという可能性もあるか」
「植物を生み出す能力自体は珍しくないですからね。ヒメリアのように自在に操ることが出来る人は少ないですけど」
リリアとエリスは可能性について考えているが、今ある情報だけでは答えを導き出すことは出来ない。
他の隊員達も考えるが、リリアが挙げた可能性以外は思いつかない。
「隊長ー、幻の可能性は無いんじゃないか?此奴がこれだけ影響を受けてんだから本物だろ」
黙って話を聞いていたリオルが、エリスを指差しながら幻惑霧草が幻であることを否定した。
「いや、幻の中には本物と同じ特性を再現したり、それを幻だと思い込まない限り本物と同じ影響を与える幻の可能性もある。エリスが気絶する程の影響を受けたことだけで本物だと断定するのは良くない」
リリアは冷静に分析した上で、リオルの意見を否定する。
エリスが植物系の能力の影響を受けやすいのは事実だが、能力次第では偽物と本物を判断するのがとても困難なのだ。
「これ以上は分かりそうにないな。帰るぞ」
リリアは考えるのを止め、エルークに戻るために歩き出した。
「そういえば、隊長。なんとなくですけど、気絶してる間に誰かが傍に来た気がするんです。それで何か言っていた気がするんです」
エルークに着くころ、エリスが思い出したようにそう言った。
「何か?」
「気絶中に誰かが来たとか分かんのかよ」
リオルが何を言ってんだというようにそう言ってくる。
「なんとなく分かりますよ。なんとなくですけど」
「頭の片隅には入れて置くか」
「そうですね~」
「一応ね」
リオルはまだ疑わしそうにしていたが、頭の片隅くらいには入れて置くくらいはするようだ。
「それよりエリスは何時まで返り血を滴らせているつもりなの?」
スノールが何か考え込んでいる様子のエリスに言った。
「直ぐに落としますよ」
エリスはスノールにそう返すと、エルークに積んでいたタオルで返り血を拭った。
「今日はもう帰るが、数日中にまた来ることになるだろう。負傷はないが、体力はきちんと回復させておけよ」
リリアは全員揃っているのを再度確認すると、そう声を掛けてエルークに乗り込んだ。
リリア達がアルフィアの森を去るのを木の陰に隠れた、真っ黒な恰好をした複数の人達が見ていた。