第64話 666
よく晴れた祝日。
ボクは朝からお出かけしていた。
小さな鞄をひっつかみ、いかにも自由を満喫している感じで町に繰りだす。
赤沢先輩の行動からして、まだボクへの監視が完全に解けたわけじゃないのだと思う。
いつもの魔王衣装は遠くのロッカーに預けている。
これで、ちょっとはボクへの警戒が緩んだろうか。
そして、高層ビルが建ちならぶ区画までやってくる。
このあたりはトゴサカ開発局の関連事務所が集まっている区画だ。
大きな駅が隣接していて観光客はだいたいここで降りるため、トゴサカの玄関口として目麗しく開発されていた。
「うん……?」
聖ヴァレンシア学園の生徒をチラホラと見かけるな。
黒森アカイック学校の生徒が、ここで派手にやらかす噂を聞きつけたようだ。
彼らの側をとおりすぎていき、ボクは一番大きなビルに入る。
ちょっと前、赤沢先輩にビルのことをそれとなーく聞いたら、警備のゆるい時間をそれとなーく教えてくれた。
付き合いがいいのか、律儀な性格なのか。
赤沢先輩も上層部のやりかたはフェアじゃないと思っていたのかもしれない。
高層ビルのてっぺんにやってくる。
屋上は風がビュンビュンと吹いているし、景色は激高すぎるわで足がすくんだ。
そこで、昔の魔王衣装に着替えていく。
ボクが一人で魔王なりきりプレイを楽しんでいた頃のものだ。
作りは粗雑でも、鞄で持ち運びしやすようにしていたんだよなー。
旧魔王姿になったボクは屋上のふち付近に立ち、カメラを配置する。
タブレット端末を操作して、新設した真・魔王チャンネルにつなげた。
アルマのチャンネルは向こうにも管理されている可能性が高いため、新しく作っておいたのだ。
ただしチャンネル登録者0。
ゲリラ配信するには人があまりにも足りなさすぎる。
なので魔王軍第二支部(自称)こと、黒森生徒会長の花上レミに頼んで、魔王が配信をはじめたら宣伝するようにお願いしていた。
【はいはーい! なにするかわからないけれどわかったー!
楽しそうな匂いがするし、なんでもやるよ! 騒動を匂わせるから、そっちに生徒が何人かいくと思うー!
当日はめーっちゃ面倒をふりまいてあげんからね!】
と、元気なメッセージが返ってきた。
ボクが配信をはじめるとコメントが少しずつ流れていく。
『あれ? 魔王さま???』
『衣装が違うけれど魔王さまだ。新衣装???』
『これだから新参は困る。あれは魔王さまの初期フォームだ』
『初期フォーム』
『初期バズりフォームだ』
『なんというか服の作りが雑……』
『あれは味があるというのだ!』
昔の衣装は初期フォーム扱いかー。
つたない衣装だけど、そう考えたら愛着を持ててきた。
「クハハハハハッ! はじまりの衣がよほど怖いとみえるな!」
魔王高笑いをしたが、コメントはまだ少ない。
ゲリラ配信だからか再生数がなかなか伸びないなー。
『魔王さま、深淵よりはせ参じました』
『魔王さまの気配を感じとって』
いや、どんどん増えてきたな。
本物の魔王だとわかるなりSNSで拡散でもされているのか、再生数やコメントが上昇していく。
花上さんが良い感じで煽っているのかも。
『ほんとだ。魔王さまだー』
『魔王さま、いつものチャンネルで配信しないんですか???』
『どこで配信しているのー? トゴサカに遊びに来たから見に行きたいー』
『高層ビルダンジョンなんてあったっけ???』
『新しく生えたダンジョンじゃね?』
『……この景色、見覚えがあるぞ??』
いつもの配信とちがうとリスナーも気づきはじめた。
そもそもステータス画面を利用した配信動画じゃないし、ボクがタブレットを操作しているのも不思議がっている。
「どこであろうな?」
コメントの動揺が大きくなってきた。
『え? もしかして標準世界???』
『まじで⁉⁉⁉⁉ 魔王さまの正体がわかるじゃん‼‼‼』
『ちょちょちょ! 誰か看破! はやくダンジョンから看破スキルを使ってよ!』
『???? 使ったけど表示されんぞ????』
『正体隠しが発動しているみたいだけど???』
『なんで??? 標準世界じゃないの????』
『トゴサカと似た風景のダンジョンじゃないのか???』
湖畔に巨石を投げつけたように騒ぎが広がり、コメントが勢いよく流れている。
再生数が指数関数的に跳ねあがり、それはもうガシガシと真・魔王チャンネルのフォロワーが増えていった。
と、タブレットにメッセージが届く。
謎のココア好きからだ。
【特殊部隊がそっちに大慌てで制圧に向かってるよー。やるなら急いでね】
いるのかよ……特殊部隊。
ボクの知らない組織がまだまだありそうだなあ。
タブレットを地面に置き、カメラ目線でリスナーに告げてやる。
「我のもとにぞくぞくと集まってきたようだな。
では、お前たちに魔王の真なる力を魅せてやろうぞ」
ボクは魔王らしく不敵に微笑む。
ガチ魔王さまの不敵笑みを参考にしたので、よりクオリティがあがっているはずだ。
手のひらをかざして、ステータス画面をブオンッとひらく。
NAME/鴎外みそら
HP/MP 666666/66666
物力 SSS
魔力 SSS
速度 SSS
器用 SSS
体力 SSS
抗魔 SSS
特別 SSS
ボクが魔王になると決めたからか、重なりきったようだ。
ん??
スキル画面のタブが点滅しているな???
なにごとかと思って画面を切りかえたら、新しいスキルが表示されていた。
【666】
それだけだ。
術の効果も記述なし。ボクの好きにしていいってことか。
あの魔王さまは、どうしても混沌をみんなに魅せてやりたいようだ。
ありがたくスキルポイントをふって、ステータス画面から配信チャンネルに接続する。
『魔王さま⁉ 今ステータス画面をひらきましたよね⁉⁉⁉』
『なになにどういうこと⁉ まじわからん⁉⁉⁉』
『そこ標準世界じゃないの???』
『今から盛大なドッキリネタバラシタイム????』
『魔王さまが現世に降臨じゃああああああああ!』
『とりあえずノッておけーーーーーーー! さすまおーーー!』
『よくわからんけどっ、さすまおおおおおおおおお!』
再生数はなおも上昇中。
SNSでめっちゃ拡散されていそう。
だけど、まだまだここからだ。
眼下のトゴサカを眺める。
今日もどこかでダンジョンが発生し、何十万の人たちの物語があるのだろう。
こんな大きな都市を管理していれば、はみだしなんて者なんて取るに足らない存在なのかもしれない。
けどさ。
ここではないどこかを夢みて、ここではない誰かを信じている人たち。
彼らが有益かどうかと、勝手な都合で可能性をつぶすというのならば。
ボクは、魔王として叛逆するだけだ。
「若芽の葉」
ボクは重々しく唱えていく。
「若芽の茎」
仰々しく片手をあげてみた。
「枝を削いで芽吹くは新葉。土を掘りて根付くは若葉。剪定されど、大樹に若芽が尽きることはなし。恐れをふりかざす者はもういない。魔王が汝らの隣人となったのだ」
視界の端では、チャットが大いに盛りあがっている。
それはものすごい加速度だ。
まさか。
そんな。
ありえない。
でもきっと魔王さまならやってみせる。
そんなコメントばかりが目立つ。
地味で平凡で冴えないボクが、期待に応えてやろうと訴えてくる。
尊大で傲慢なボクだって、もう詠唱を止める気はなかった。
――さあ、新たな世界をはじめよう。
「666の青春」
ボクの全身から闇が爆発するように広がっていき、トゴサカの青空が暗黒に染まる。
昼は、あっというまに夜へと変わった。
うん、オリジナル根源魔術は会心の出来栄えだ。
あとは魔王らしく邪悪に笑っておこう。
「クハハハッ! ニンゲンどもめ!
混沌の魔王が世界を暗黒に染めあげてやろうぞッ‼‼‼」
暗黒におおわれたトゴサカは、ぽつぽつと光が灯っていく。
屋上のふちに立っていたボクは、そのまま地面に向けて飛び降りる。
ビュッと強い風圧がボクを包みこみ、ローブが靡いた。
アルマ、君がイヤだと言っても会いに行くよ。
ちょーっと世界を変えてみせて、女の子のために摩天楼ジャンプしちゃう、みそら君回です!




