第30話 魔王のめざめ(真)
「…………ちゅー太郎?」
スキル【影の鼠】で召喚された索敵鼠でもあり、ボクの心の支えでもある。
ちゅー太郎がつぶらな瞳で見あげていた。
「ちゅー?」
ちゅー太郎は『召喚したからには仕事があるのだろう』と瞳で訴えてくる。
ボクは動揺で固まっていた。
な、なんで……???
ちゅー太郎だけダンジョン下で自動召喚設定にはしていたけれど……なんで、標準世界で召喚されているんだ???
廃工場に来てから、次元の裂け目に突入した記憶はないぞ???
「おにーさん、そのネズミ……。おにーさんのスキルだよね……?」
「あ、ああ……たぶんね……。……ちゅー太郎だと思う」
ミコトちゃんも信じられないといった表情でいる。
ボクが他人事のような言い方をしたのが気に障ったのか、ちゅー太郎は怒ったように「ちゅちゅりーな!」と鳴いて、部屋の隙間から外に出て行った。
「あ……っ、ちゅー太郎……!」
「やっぱり、みそらおにーさんのネズミなんだ」
「そうみたいだね……」
「おにーさん、いったい何者なの……?」
「……ミコトちゃん、ここってダンジョン内だっけ?」
ミコトちゃんの疑問には答えず、疑問で返した。
自分が何者かなんてボク自身がよくわかっていないからだ。
「えっとーぅ、ミコトはずっと気絶していたからよくわからないなぁ……。
ステータス画面はひらけないみたいけどー」
そうだ。ステータス画面だ。
標準世界では外部機器がなければひらけないステータス画面。
ボクは手のひらを上に向けて、試してみる。
ブォンッと、小さなステータス画面が展開した。
NAME/鴎外みそら
HP/MP 666/666
物力 E
魔力 B
速度 E
器用 D
体力 C
抗魔 C
特別 S
ひらけた……‼‼‼
ステータスは弱体化しているけど……‼‼‼
こっちでもステータス画面がひらけた‼
物理系ステータスは軒並み低め。
魔力とスペシャルの値が高めだな。
もしかして闇魔術が使えるのかもしれないと考えて、ステータス画面を閉じる。
そして、ためしに指先で闇の炎を操ってみた。
闇の炎がボッと小さく燃えて、はじけるように消えた。
「出た……。嘘だろう?
どう……してだ? なんで使えるわけ……?」
本当にわけがわからない。
次元境界内では、ちゅー太郎が自動召喚されるように設定していたが。
なにかしらの条件を満たせば、ボクに次元境界の法則が適用されるのか……?
「もう一度聞くけどさ。
ミコトちゃんは、ステータス画面をひらけないんだよね?」
「う、うん……。もう一回試してみたけど、なんにも起きないよ」
「そっか。普通そうだよね……」
「みそらおにーさん、ひょっとして今ね。魔術を使ったの……?」
ミコトちゃんは何度もまばたいている。
ボクと同じように混乱しているようだ。
「弱体化しているけど、魔術は使えるね」
「そう、なんだ……」
「……ボクが怖い?」
「そんなことないっ! 絶対に! おにーさんが怖いわけがないよ……!」
ミコトちゃんは首をぶんぶんとふって否定する
それからまっすぐに、信頼の瞳を向けてきた。
……うん、ボクの身に起きたことは今はどうでもいい。
ミコトちゃんを守れる力がある。
それがすべてだ。
というか、さっきのスキンヘッドの男は【体力C】のボクを蹴ったから痛がったんだな。
身体能力も向上しているなら十分戦えるか。
いや【物力E】が心もとない……。
そもそも、廃工場には何人いるんだ?
「ちゅー。ちゅー。ちゅー。ちゅー」
足元で、ちゅー太郎がいつの間にか待機していた。
ちゅー太郎は『とりあえず仕事をしてきてやったぞ』と瞳で語ってくるので、ボクが指先で触れると、廃工場の情報が送られてくる。
……ざっと、60名ほど。
……ぐぅ……かなりいるなあ。
ついでに、連中の会話が送られてきた。
『頭からっぽな黒森のバカ連中や、小金に釣られたアホ冒険者共が騒ぐおかげで楽に動けていたってーのに……なに尾行されてんだ! くだらねーミスでバレてんじゃねーぞ!』
『ル、ルート選択は十分に気をつけたはずですが……』
『はず⁉ はずで、てめーは、仲間を危機におとしいれんのか⁉⁉⁉』
『す、すいやせん……! すいやせん!』
『……ったく、トゴサカのモンスターで稼ぎどきだってーのによ。
ここのは質がいいから高く売れんだぞ⁉
あー……くそが、憂さ晴らしに倉庫のガキでも殴るかぁ』
魔王にからんできた迷惑冒険者はこの連中のせいかよ……。
それにしても、けっこーな人数だ。
ミコトちゃんは守りながら戦いきれるだろうか。
それに『こっちの世界で闇魔術を使える人間』という情報も、怪しげな連中に知られたくはないし……。変に目立ちたくはないかな。
どーするかと考えこんでいたボクに、ミコトちゃんが袖をひっぱってきた。
「みそらおにーさん、ちょっといい?」
「うん? どーしたの?」
ミコトちゃんはなにか言いづらそうにしていたが。
息を大きく吸い、なにかを決心したように告げてくる。
「ミコトね、普通の人より次元の裂け目が多く見えるの。
だ、だから倉庫から脱出さえできたらね……。
ミコトがあいつ等には侵入できないダンジョンに移動して、助けを呼べるかも」
「それって、たしかトラベラーの能力だよね……?」
「う、うん……隠していてごめんね。
…………ミコトのお話、信じてくれる?」
ミコトちゃんの肩は小さくふるえていた。
危険な連中が周りにいるからってだけじゃないのだろう。
ミコトちゃんにとって隠しておきたいことだったんだ。
「信じるよ。ミコトちゃんの能力も、ミコトちゃん自身のことも」
「みそらおにーさん……」
ミコトちゃんは口元をほころばせた。
この笑顔を守れるなら、多少の無茶ぐらいなんだってないよな。
とにかくこの倉庫を脱出しなきゃと考えていたボクに、鉄扉の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。
「はあー⁉ ガキの身体が硬すぎて、足をくじいただぁ⁉
それでお前は逃げてきたってのか⁉」
「へ、へい……。で、ですが……本当に鉄みたいな身体の硬さで……」
「それですごすごと帰ってきてんじゃねーぞ‼ 舐められるじゃねーか!
オレがお前を殺すか⁉ あっ⁉
今から武器を握ってでも、ソイツの歯でも骨でも折ってこいや‼‼‼」
「う、うっす……! そうしやす!」
スキンヘッドの男が上司にでも怒鳴られていたみたいだ。
ドスドスと、鈍い足音が近づいてくる。
暴力を告げる足音に、ミコトちゃんが表情を曇らせたので、ボクは少女が安心できるように秘密を明かすことにした。
「ミコトちゃんにボクの秘密を教えてあげるよ」
「おにーさんの……秘密?」
きょとんとしたミコトちゃんに、優しい微笑みを向ける。
「ボクはね。尊大で、傲慢な……最強の魔王さまなんだ」
少女は目を真ん丸とさせた。
そしてボクは、シートがかぶせられていたモンスターの剥製を見つめる。
戦う意思が消えうせたモンスターたちは、今はただ生者を楽しませるためだけに、その獰猛な牙や固い鱗を見せつけている。
がらんどうの魔物は、それでもいいと佇んでいる。
物言わぬ躯は、自らが敗北者であると告げていた。
それにモンスターは侵略生物、死後に尊厳などない。
だが、それでも思うんだ。
たとえモンスターであれど戦いに尊厳はなかったか?
仮初の肉体とはいえ、命のやり取りは本当になかったのか?
ボクたちの世界で受肉するのであるならば、それこそ丁重に扱わなければいけないのかも。
だからこれは奪われたモノを取りもどすだけの話なのかもしれない。
誰かの声と意識が染みこんでいく。
「死者の髪」
ボクは重々しく唱えはじめる。
「死者の爪」
右手をゆったりと持ちあげ、がらんどうの魔物を指さした。
「死者を弔うは尊厳の為。死者を葬るは離別の為。彼岸の境界は死者の為にあらず、恐れを抱く者の為にあると知れ。今、恐れは反転する。恐れは汝らの隣人となった」
誰かの声と意識が溶けこんでくる。
ボクはまるで魔王のように邪悪にほくそ笑んだ。
――貴様らも暴れ足りぬだろう?
「666の葬送」
剥製になったモンスターたちの瞳に光が宿る。
骨も肉もほぼほぼ失せた躯は、そうしてグギギッといっせいに蠢きはじめた。
この物語は、普段は地味男子がときどき最強の魔王さまになるお話です。




