第1話 地味男子、たった一つの趣味
「アカセン一つ」
いかつい男がレジ越しにぶっきらぼうに言う。
アカセンがわからなくて、コンビニでバイト中のボクは愛想笑いをした。
「……えっと、何番でしょうか?」
「はあ⁉ んなこともわからねーのかよ!」
「ま、まだ新人でして、申し訳ありません」
ボクはネームプレートの研修『鴎外みそら』を見せつける。
「27番の回復ポーションだよ!」
いろんな会社から種類豊富なポーションが販売されているので、すぐにはわからなかった。
威圧的な視線を背中にじりじりと感じながら、ボクは商品棚から大慌てで27番のポーションをとりだした。
「こ、こちらでお間違いないでしょうか?」
「チッ……しっかりしろよな。しょぼいのは顔だけにしとけや」
しょぼい顔なのは余計だろう。
ボクがそう言う前に、いかつい男は金を払って去っていった。
まあ、言う度胸なんてないけどさ。
ひとまず危機を乗りこえたなあと、ボクが胸をなで下ろしていると、赤沢先輩が声をかけてきた。
「鴎外君おつかれー! ちゃんと接客できたねー!」
糸目女子の赤沢先輩は元気よくそう言った。
「……怖くて泣きそうになりましたよ」
「この辺りは危ないダンジョンが湧くからね~。
ちょっぴり血の気が多いお客さんが多いんだよね! ……バイト、イヤにならないでね?」
アレをちょっぴり血の気が多いで片づけるのはすごい。
大学生はやっぱり大人だなあ。
「まあ、はい、がんばります」
「そうそう! バイトをがんばって好きなものを買っちゃおう!
そのためならイヤーなこともツラーイことも耐えられるってね!」
「……イヤなことばかりじゃないと助かるんですが」
「ところでバイト代はなにに使うつもりなの?」
「ちょ、貯金です」
「えっ? 貯金? ダメだよー! 青春はあっというまだよー?
鴎外君、高校何年生だっけ?」
「高校一年です……」
「わーかーいー! 将来に計画的なのはいいけれど、もっと派手に使おうよ!
高校生活が地味になっちゃうよ?」
すでに地味で冴えない学校生活をおくっています……。
ボクが返答に困っているとバックヤードから声がした。
「赤沢~、鴎外君は真面目なの。お前と一緒にすな」
店長の青木さんがたしなめた。
「ぶ~……! わたしも真面目ちゃんなのになー!」
「は、ははは……」
嘘を吐いたボクは、ひきつった笑みを浮かべていた。
貯金なんて嘘だ。
バイト代の使い道は決まっている。
地味、平凡、クラスメイト全員での寄せ書きでは最後に渡されてしまう、世界への存在力が足りていないボクの唯一の趣味のためだった。
※※※
断層次元収束化現象――別名【ダンジョン化現象】が起きて、早数十年。
世界のいたるところにダンジョンが発生するようになった。
ダンジョンとはモンスターが湧き、未知や宝が待ちうける迷宮のことだ。
それこそゲームや漫画のような……というより、ダンジョン化現象が本当にゲーム世界を参考にしたのだから驚きだ。
町でぽこじゃがと発生するダンジョン。
なんでも別次元の可能性だとか。
ダンジョン化現象は、ボクたちの世界と、ありえた可能性の世界とやらの次元が繋がりかけた状態らしい。湧いたダンジョンを放置しておくと次元浸食が進んでいき、世界が作り変えられてしまう。
学者曰く、ボクたちの地球が次元中継地点に選ばれたとか。
たとえるならば、ターミナル駅。
いろんな鉄道やバス路線の起点みたいに、ボクたちの地球にさまざまな次元が集まってくる状態なのだとか。
そして記念すべき、最初の次元中継地点に選ばれたのが。
ゲーム機だったりする。
難しいことはよくわからない。
ただ、別次元がボクたちの世界にアクセスするためには、こちら側の法則を踏まえる必要があるらしく、当時の電子機器で普及率が高いものがハブとして選ばれたのだとか。
ようは流行していたゲーム、それもRPGが参考にされたのだ。
勇者と魔王。
魔法とスキル。
モンスターに宝箱etc。
ダンジョン化現象はゲーム世界を模しながら別次元の可能性を広げてきた
そのまま放っておけば、地球はドットな世界になっていたのかもしれない。
だが人類も黙っちゃいなかった。
ゲーム世界で浸食するならば、ゲーム世界の論理で対抗すればいいのだと研究チームを立ちあげる。そしてステータス・レベル・アイテムなどなどの概念をダンジョン内で人類側から成立させて、冒険者を募って攻略することにした。
俗にいう【大冒険時代】だ。
まあ、結局ダンジョン化現象が治まることはなく、今も絶賛発生中。
けれど昔の人にとっての非日常は、今のボクたちには日常となった。
むしろエンターテインメントとして発展した。
個人の適性うんぬんはあるのだけれど、ほぼすべての人が攻略できるようになった今、ダンジョンはそこまで脅威ではない。なんなら害虫駆除のノリで攻略していたりする。
モンスターハンティングなんかも結構人気だ。
ダンジョン専用アプリも次々に開発されていき、最近ではダンジョン攻略の配信を楽しむ者もいる。
人気配信者は億単位で稼ぐとか。
まあボクはそんなのとは無縁で、一人こそこそと楽しんでいた。
古城みたいなダンジョン内。
バイト帰り、ボクはここでダンジョン攻略していた。
「――無円の月」
まあるい暗黒の影が、ボクの手からしゃきーんと迸る。
無円の月は、ボクに襲いかかってきた全長20メートルばかしの蜘蛛をばっさりと斬り伏せた。
「ふ……我を誰だか知らんようだな」
言葉は芝居がかっているがボクだ。
頭に牛の飾り角を生やしているし、仰々しいローブを羽織っているし、なんなら歌舞伎役者みたいに隈取しているが、それでもボクだ。
これがボクの趣味だった。
と、背後から骸骨剣士が襲いかかり、ボクの心臓を剣でつらぬく。
あわや絶命かと思いきや、ボクの形をした影が崩れ落ちる。
「――空蝉だ。愚かモノめが」
ボクは骸骨剣士の頭を片手でにぎりしめ、パリーンとかっこよく割って見せた。
今のは【残像だ】のほうが鉄板だったかな?
ダンジョンの床には、ボクに倒されたモンスターが散らばっていた。
「我は魔王ガイデルであるぞ。襲いかかる相手を見誤ったな……ふふ」
ふふ……ふふ……ふふふふふ。
たっのしいいいいいいいいいいいいいいいいい!
普段とは違う自分!
いやもう別人なのだけど、思いっきりキャラになりきるからこそ開放感がある!
普段は地味・平凡・冴えないオブ冴えないとさんざんな評価なボクだけれど、ダンジョン内では最強の魔王さまなわけ!
闇系スキルを極めたボクは今や、完璧で究極な闇の化身!
おおっと、今度はスライムがあらわれたな!
「紅茶のひとしずく」
ボクは爪から鋭い斬撃を飛ばして、スライムを真っ二つにした。
今の技名は……100点中10点かな……。
今日は魔王っぷりが板にはいらない。
バイト中にお客に怒られたせいで現実が尾を引いているようだ。
いけないいけない。ボクは魔王さま。
尊大で、傲慢で、最強の魔王さまだ。
…………別に、厨二病とかじゃないですよ。
ボクみたいになりきりプレイを楽しむ人は結構いる。
なんなら勇者と魔王プレイを、大手冒険会社がツアーを開いていたりする。
ダンジョンでいつもと違う自分になりきろうよみたいなCMもありますし、普段抑圧された人ほど、なりきりプレイにどっぷりはまるものだ。
………まあ、だからずっとボクはソロプレイなわけで、今の姿を誰にも見せたくないから配信もやらないんだけどね。
っと、いけないいけない。
ダンジョン現象化限定とはいえ、今のボクは冴えないボクじゃない。
そう、最強の魔王さまだ!
ふふっ、お次は巨狼か。
「暗黒の塔」
襲いかかってきた巨狼を、床から隆起させた暗黒の結晶で貫いた。
いいっ! 今のはすごくいい感じだ!
シンプルで、余裕ぶった態度で技を発現できたのは魔王ポイント高いよー‼
ちなみにダンジョンで湧くモンスターは別次元の可能性、次元の虚像らしい。
倒してしまえば、そのうち勝手に消える。
モンスター素材が欲しい場合は、ボクたちの世界に持ちかえれば存在が確定できるので、剥ぎとって売ることもできる。
まあ、この趣味は秘密にしたいので持ち帰らないんだけどね。
こーやってコソコソと楽しむだけで幸せなんです。
いやあ、人が全然来ない、不人気ダンジョンが湧くスポットを見つけられてラッキーだった。
バイト先も近場で見つかるし、これなら時間を有効活用できる。
バイト代がでたら衣装や装備をもっと凝ったものにしよー。
ボクが、そうやって日々のストレスを発散していたとき。
「きゃああああ!」
女の子の叫び声がした。
お読みいただきありがとうございます!
楽しんでいただけたり、先が読みたいと思っていただけたら、
ブックマークや広告下の☆☆☆☆☆を押して、応援いただけるとすっごく嬉しいです!
やる気めちゃあがります!