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光を失った少女

 私はほんの少しだけ、人と関わることが苦手だった。

 私のやることなす事が尽く不愉快に思う人がいる。原因不明で改善のしようがない。

 周りから浮いた存在になっていて、周囲の私に対する態度は、一歩引いて眺めるか、直接的な嫌味や暴力で嘲笑うか。

 でも、そんな私にも優しくしてくれる人が居た。

 

「もー。また喧嘩しちゃったの?」


 ラルナ・アルティネータ。

 私の幼馴染で、家が近かったことを理由に、昔からよく一緒に遊んでいる仲だ。


「あはは、そうなんだよ」

「もー! だめだよ!」


 彼女は私の傷を見て毎回そう言うのだ。

 そんなラルナに、本当は虐め紛いの仕打ちを受けていると訂正出来るはずがない。

 もし私が周囲の人間からよく思われていないとラルナが真に気がついた時、私から離れてしまうかもしれない。

 それがどうしようもなく怖いんだ。

 でもそれは彼女を信頼していない事と同義だ。こんな事を考えている私が嫌で嫌で仕方がない。


「ごめんね」


 それは自分の内に秘めている彼女に対しての謝罪の意を孕んだ言葉だった。


「別に謝る事はないけど!」


 ラルナは他の有象無象とは違う。私を知っても関わり続けてくれている。

 私にとって彼女はただ一つの光だ。それなのに…。


「でも心配なの。気をつけてね?」

「うん。ありがと」


 悲観しても仕方がないことは分かっている。

 私は目の前にある光をただ真っ直ぐに、大切にしていればいいんだ。


「ねね。気を取り直してさ、遊ぼうよ! あがって!」

「…うん!」


 思考をリセットし、できる限り元気な声で返事をした。


 一緒にご飯を食べて、ゲームして、お風呂に入って、恋バナみたいなこともしたりして。

 殆ど毎日、何から何まで一緒に過ごす日々。


 彼女と遊んでいる時だけは幸せなのだ。この時間の為に私は命を絶たずに今を生きている。

 

 そんな日々の中、事態は唐突に起こった。


 いつも通り学校が終わり次第彼女の家に直行する。

 でも違和感は遠目からでも分かった。人だかりが出来ているのだ。

 嫌な予感が脳裏を過ぎる。

 私は集団を乱暴にかき分け奥に進んだ。


 そこにあったものは、赤黒い液体に塗れた、肌色の肉の塊だった。


 思考が一瞬停止する。


 嫌だ。

 だってそんな、昨日まで元気で…

 え?

 嫌だ。

 信じない。

 何で?

 信じたくない。


 顔はぐしゃぐしゃに潰れていた。衣服は乱雑に脱がされていて……あぁ、考えたくない。


 顔が判別できないからラルナでは無い、何て事は思えなかった。


 服だ。散らばっている服、それは彼女が酷く気に入っていたものだった。それに髪の色も、長さも合致している。


 もう現実逃避は叶わない。


 私の絶望をさらに掻き立てるのは周りの反応だった。

 人々は揃いも揃って片手に薄型の機械を持ち、その目で彼女を捉えている。


「撮るなぁあああ!!!!!」


 気が着いた瞬間には私は彼女に覆いかぶさり、叫んでいた。

 自分の叫び声はやけに遠かった。


 私にはラルナしかいないのに、唯一優しくしてくれる人だったのに。

 ……これは何かの悪い夢、そう、夢だ。

 あぁ、こんな夢なら早く覚めて、早く、覚めて、覚めろよ!!!!!


 号哭が建物に響き渡る。


 私は行き場のない怒りと喪失感に俯き、固く目を閉じた。

 早急にこの事態が収まることを祈って。


 そこからの記憶はあやふやだった。なんでも、叫び声が煩いと警察を呼ばれてそのまま自体が発覚。

 あの場であれだけの人がいながら、誰ひとり救急車を呼んでいなかったという事に愕然とした。


 死亡してからそこまで時間も経っていなかったようで、もしも初めに見つけた人が助けを呼んでくれていたら、もしかしたら……。


 そして彼女が他殺であったことも明らかになった。


 死後数日して犯人が捕まった。少し年上くらいの男性三人だった。


 絶対許せない。


 でも、私には彼らに復讐するだけの知恵も技術もない。もっと言うなら、そんな気を起こそうという精神力さえ削がれてしまっている。

 

 どう頑張ったって、彼女は元に戻らないのだから。

 

 もしも、時を戻せるとしたら、どこまで戻ればラルナを救えるだろうか。あの日あの時、学校なんか行かずに彼女の家に直行していれば、或いは……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 最近夜は全然寝付くことが出来なかったが、何故か今日は気絶でもしたのか疑うレベルですんなり寝入ることが出来た。どれだけ私は薄情なのだろう。


 スッキリと冴えた目とは裏腹にどんよりとした気分で朝を迎える。

 二度寝する気も起きなかったのでそのままベットをぬけリビングへ向かうと、テレビを母親が見ていた。


「おはよ。今日は学校行ける?」


 珍しく話しかけられたと思ったら、何をけ分からないことを言っているのだろうか。

 今まであんたらに迷惑かけないように無理して学校に通っていたというのに。


「……うん」

「そっか……え? 本当に行くの!? 大丈夫?」


 流石に理解が追いつかなくなった。原因の分からない違和感に吐き気を覚える。


「えっと、どういう事?」


 若干の苛立ちを含ませた声でそう聞いた。

 抽象的な質問だったと自分でも思う。ただ何も分からないためそう聞かざるを得なかった。


「いや、あの、ちょっと吃驚しちゃって。気をつけて行くんだよ!」


 返答は私の違和感を払拭するに値する内容ではなかった。

 いつになく優しい母親にモヤモヤを抱えたままお風呂場へ向かった。

 こういう時は一回湯船に浸かるのが私なりのストレス解消法だ。


 服を脱ぎ終わったあと鏡に映る自分と目が合い、言葉を失う。


 バサバサでベタついた髪に荒れきった肌、顔は浮腫んでいて自分だとは思えなかった。


 腰周りに視線を落とすと括れも無くなり変わりに脂肪が付いていた。


「なに…これ…」


 感嘆に震えた喉からその言葉がこぼれ落ちた。


 顔のパーツ自体は私のもの。母親の外見は変わらず、家の内装も同じ、状況証拠で考えれば他人と考える方がおかしい事だ。


 でもこれは私じゃないと理解を脳が拒絶する。


 過度なストレスは人間をここまで変えるものなのだろうか?


 元々スタイルには多少自信はあったし、そういったケアは面倒でも必ずやるようにしていた。


 親友の次は、今までやってきた努力まで奪われるのか。


 なんか一気に何もかもどうでもよくなった。が、自分がこの姿なのは気分が悪いのでとりあえずルックスを取り戻すことにした。流石にこのままでは外にすら出たくない。


 外に出たくない……?


 その感想が、母の言っていた事に少し繋がったような気がした。


 直ぐに私用の美容品があるかを確認する。

 予想通り、化粧水も乳液も、ヘアオイルさえも存在していなかった。


 私は、今までずっと引きこもっていたいのではないのだろうか。

 全て妄想で、これが現実で。

 ずっと引きこもっていたと仮定すれば母のあの反応も説明が出来る。


 きっと化粧品がひとつもないあたり、本当に何にもしてなかったのだろう。そりゃこうなる。

 というか、お風呂に入っていたかも怪しい。髪から犬みたいな匂いがする。


 でも、だとしたらあんな、救いのない妄想をするだろうか。

 あの妄想はただ絶望するために見ていたようなものだ。

 妄想とは、こうなればいいのにということを見るはずだ。


 ……取り敢えず髪を洗いたい。


 シャワーから温水を出し髪に水分を含ませ、シャンプーを軽くてで泡立ててから髪に馴染ませ……。

 全く泡立たない!!

 私何日お風呂に入ってないの!? こんなにベタベタになることある!?


 ちゃんと泡立ったのはシャンプーをつけて流してを繰り返した三回目だった。

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