不幸の始まり
『称号』それはこの世界の人々が神から与えられる使命のようなもの。
特に強制力があるわけではないが、それによって得られる恩恵は大きく、与えられた『称号』に因んだ人生を歩む人間が多い。
例えば『ドラゴンスレイヤー』ならばドラゴンを殺すにふさわしい恩恵が与えられ、『統治者』であればその発言や行動には人々を動かす影響力にプラスの付加がある。
よってその『称号』の影響力はすさまじく、それによって人生が左右されるといっても過言ではない……
「どんな称号がもらえるか楽しみだね!」
「ああ」
この世界の人々は一定の年齢になると教会で称号の確認を行う。貴族や王族は早い段階で確認するものらしいが俺たち平民などはその地域を統治する領主が人を集め一斉に行う。普段なら数十人いるが今回は数人しかいないようで待つ時間がなくて助かる.俺は幼馴染のナモ・ワイローとともに教会を訪れていた。
「ナイル君ならどんな結果でも大丈夫そうだけどね」
「まあ、いい結果になることに越したことはないさ」
「それはそうだけど……そういえば今回の継称の儀にはすごく偉い人が来てるらしいよ」
なぜ領主がわざわざ人を集めて継称の儀を行うのか、平民ではそうそう教会を動かせないというのが一番の問題点ではあるが、人材発掘というのが貴族たちの狙いである。下手に規制などしてしまえばほかの領主のもとで発見されてしまえば手は出せないし、独自に教会で調べられて大成してからでは簡単には自分たちの戦力にはできないし、大金だってかかる。
教会の端には豪華な服を着た俺たちと歳が近そうな女の子とそれを守るように配置された騎士たちがいた。あのレベルの警備となるとただの貴族ではないな……まさか、いやそんなわけがないか。
『おお!』
ナモと話をしながら順番待ちをしていると教会内が騒がしくなってきた。
『勇者の称号だってよ』
『歴史的瞬間だ!』
「勇者だってすごいね!」
「そう……だな」
『勇者』それは数百年に一度世界に現れるという人類の敵の総称である魔王を倒せるとされるものの称号、勇者が現れてみんなは喜んでいるみたいだが魔王なんてものが現れれば、辺境の小さな村でも商人を通じて噂ぐらいは届くはずだ。しかしそんな話は聞かない……つまり『勇者』の誕生とはすなわち『魔王』の誕生の兆しとも考えられる。心のどこかに英雄願望だとか人とは違う称号を得たいという気持ちがないわけではないが自分はそこまでの器はない。ありきたりの称号で自分の手の届く範囲の大切なものさえ守れればいいと思っていた。
『次のもの』
「あ、私だ!行ってくるね」
勇者の称号を得た少年は先ほどの騎士たちに囲まれた少女のもとへ向かっていた。あれほどの称号だ、貴族に仕えるのは当たり前か。勇者を手元に置いておけば国の中でも大きな力を持つことになるだろう。それにしても騎士たちが身に着けている紋章に見覚えがある気がするのだが……
『今度は聖女の称号だと!』
『信じられない』
再び教会内が騒がしくなってきた。聖女?確かに勇者の称号とともに聖女の称号が現れるのはおとぎ話でよくある話だけど、今継称の儀を受けていたのはナモのはずだ。幼いころから誰に教わるわけでもなく擦り傷を治す程度ではあるものの回復魔法が使えたけどまさかそんなはずは……
ナモが小走りでこちらに向かってくる。
「ナイル君!私、聖女だって!」
「す、すごいな」
まさか自分の幼馴染がおとぎ話のなかの称号に選ばれるなんて……誇らしいのか、うれしいのか、そんな感情の中にどこか寂しさに近いものも感じていた。
ナモの喜ぶ声を聴いていると、一人の騎士が近づいてきた。
「聖女様、少々お時間よろしいでしょうか?」
「騎士……様?」
「いえ、私にそのような敬称は不要です、ノイシヴィア第一王女様がお話をしたいと仰せです」
その騎士はきれいな礼を取りナモに話しかけてきた。まるで俺は存在しないかのように。
「もしかしてあの奇麗なこ女の子とお話しできるんですか?」
「お、おい」
「はい、お時間いただけますか?」
「ナイル君!私、王女様とお話ししてくるね!」
そういうとナモは騎士に連れられて王女様のもとに向かってしまった。ナモは少々、お転婆というか天然というかその物言いに少し危うさを感じたものの、騎士は何かをいうことはなかった。しかしその代わりに最後、俺のほうにさげすむような眼を向けてきた。この国の思想としては使える平民はとことん使いそれ以外は自分たちより劣った種だと思っている節がある。実際、貴族と平民では金も権力も何もかもが違うのは事実ではあるものの、平民がすべてを自由にとはいかないのが現実である。だから優秀な称号を得たものは冒険者になることが多い。成功すれば莫大な富を得られるし、農作業や下働きばかりよりはましだと考える人が多いからだ。
「これは……まずいな」
ナモとは冒険者になって村を脅かす魔物を売って生活しようと話をしていた。俺たちの村は王国の首都から離れていて、大きな町も気軽に行くには遠い距離にある。危険な魔物が現れても対処が遅れてしまう。そのせいで昔、俺は母親をナモは父親を失った。もともと仲が良かった親友同士というのもあって俺たちの家族は悲しみを埋めるように新しい家族になった。
このままではナモは聖女として王都で暮らしていくことになるだろう。ナモが幸せに暮らしていくなら俺はそれを祝福したいと考えてはいるが、貴族の反感を買うの怖いし、聖女が冒険者になって泥にまみれて生きていくことを国が許すわけがない。
『次のもの』
考えを巡らせていると俺の番がやってきた。立て続けにいい称号が出たことで心なしか周りの期待する視線を感じられた。俺は称号の恩恵の前では微々たるものの多少魔力があったし、身体能力にも自信がある。そこそこでもいいから使える称号が得られればナモを見守ることができるかもしれないし、両親には申し訳ないがお金さえあれば冒険者を派遣することができるかもしれない。
「そこに立ちなさい」
「はい」
俺は指示され司祭様の目の前にある魔法陣の上に立つ。司祭様が何事かつぶやくと魔法陣が輝きはじめ少し時間が経つと収まった。おそらくこれで俺の称号が判明したのだ。『剣士』や『戦士』のようなよくある称号で構わない。俺は自分の潜在能力ならばそういったありふれたものでも足手まといにはならないと思っていた。
「君の称号は……」
「……」
俺の今後の人生にかかわる運命の瞬間である。教会内の人々もそれまでのざわめきが嘘のように静かにその瞬間を見守っている。やはり、期待を込めた視線が俺の背中に刺さってくる。
「……ゴブリンキラーそれが君の称号だ」
「え?」