てけてけ
1人夜道を歩いていると後ろから「てけ...てけ...」と聞こえる。
振り返ってしまうと最後、それは全速力で襲い掛かってきて、
体を腹部から上下に両断してくる。
上半身だけの女が腕だけで歩くときに聞こえてくる足音から名づけられたのが
「てけてけ」
ズルズルズル...
「誰かいるのか?」
俺は振り返ったがそこには誰もいなかった。
「...て...け..て..けて」
上京してもう10年になる。
中学卒業と同時に高校に入る金もなかった俺は出稼ぎのために東京に来た。
最初こそ苦労はしたが今は多少の贅沢をしても余裕が持てるくらいには稼げた。
今年の春先に祖母が亡くなった。当初仕事が忙しくて葬式にも行けなかった。
祖母は随分前から1人暮らしをしていたが、今は誰もいない。
その家をどうするか家族会議になった。
俺以外の家族はみんな持ち家があり、管理も大変だから売りに出そうとしていた。
俺は何を思ったのか自分がもらうといってしまった。
みんな「お前だったら任せてもいいか」と言ってくれた。
言い出したのもあるし、夏には仕事を辞めて地元に戻ることにした。
暫くは貯金を切り崩していくことになるが、そのうち農業でも始めよう。
新幹線に乗り、地元を目指す。お盆前だったこともあり人が多い。
その中できゃっきゃっと騒いでいる集団がいた。
「ねえ、てけてけって知ってる?」
「何それかわいい」
「いやいや、怖い話なんだけど」
「えぇー」
「日が暮れた頃に一人で歩いていると後ろの方から「てけてけ」て、聞こえるの。
でも、振り返ってみても誰もいないんだって」
「幽霊か何かなの?」
「幽霊の方がましかも。
で、また歩き出すと同じように「てけてけ」て聞こえてきて振り返るんだけど、
次は街灯に照らされて猫か何か動いてるのが見えたんだって。」
「猫ならかわいいじゃん」
「ただ、よく見ると足が2本しかなくてほとんど長い毛で覆われているの。
その生き物の足元を見ると刃物のようなものが見える。
じっくり、見ていてその人は後悔した。足だと思っていたそれは手だった。
そして毛むくじゃらの中に真っ赤な目が2つこっちを見ているの。
それは、猫じゃなくて上半身だけの人だった。
まずいと思って逃げ出そうとした瞬間...
「テケテケテケテケテケテケテケテケテケテケ!」
て、2本の足で近づいてきたんだって。」
「きゃーーーーー!何それこわーい」
「これが「てけてけ」の都市伝説」
集団の何人かは泣いてしまっている。
都市伝説や怪談にはもってこいの季節だ。だが近くのおっちゃんに怒られていた。
大体想像がつかん、どんな筋肉をしていたら腕だけでそんなに早く走れるんだ?
そんなどうでもいいことを考えながら外を眺める。
目的の駅に到着はしたがここからは公共交通機関を乗り継がなければならない。
親や兄弟に迎えをお願いしたが忙しいと断られてしまった。
仕方がない時期が時期なのだから。俺はのんびりと帰ることにする。
・・・なぜこうなった?
気が付けば既に19時を回っている。
知らない間にバスの本数が減っているじゃないか。
祖母の家まではしばらく歩かないといけない。
スマホの明かりを頼りに家を目指す。バスの本数は減ったが道は全く変わらない。
昔のことを思い出しながら田んぼのあぜ道を歩く。
暫く歩いていると何か引きずるような音が聞こえる。
ズルズルズル...
「誰かいるのか?」
俺は振り返ったがそこには誰もいなかった。
「...て...け..て..けて」
何か聞こえてくる。「てけてけ」としか聞こえず身構えてしまった。
新幹線での会話を思い出してしまった。
だが、何か確認しないまま逃げ出すほど臆病じゃない。
スマホで道を照らしながら耳を澄ませる。
先ほどの音がはっきりと田んぼの方から聞こえてくる。
「す...けて..たす..けて...」
これは人の声だ。俺は慌てて田んぼの方に目を向ける。
そこには太ももから下がない女性が腕だけで土手を登ろうとしていた。
俺は急いで女性のもとへ駆けつけて抱きかかえる。
「大丈夫か!」
「車いすが..田んぼに..」
確かに田んぼの隅に車いすが倒れている。
「わかった、ここで待ってろ」
スーツケースからバスタオルを取り出し女性に掛け、田んぼの方に入っていく。
あぜ道まで車いすを持ち上げて、全体的に水気を拭き取る。
ある程度拭き上げて、女性を座らせるために抱き上げる。
「もしかして、タケル君?」
その女性は話しかけてくる。確かに俺はタケルだ。
「私のこと覚えてるかな?小学中学と一緒だったサチコだよ」
聞き覚えがある名前だ。
サチコは小学校からの幼馴染だ。
短髪でボーイッシュ、運動神経が良くて女子からの人気も高かった。
俺は高校に入らなかったから詳しいことは知らないが、
陸上部で活躍していたらしい。
だが、目の前にいるのは髪が長くおっとりとした女の子だ。
「お前本当にサチコか?」
「そう言いたくなるよね。本当にサチコだよ」
「なんでまた田んぼの中に?」
「ちょっと夜のランニング?的な散歩してたら誤って落ちちゃって」
その足で何を言ってるんだ?と言いそうになったが飲み込んだ。
そこまでデリカシーが無いわけではない。
ゆっくりとサチコを車いすに座らせる。
「お前の家この近くだったよな?送ってくよ」
「うん、助かる」
サチコは笑顔で答える。だが、どこか悲しげだ。
送る途中で思い出話や今までどうしていたのか話した。
サチコは高2の夏に事故に遭ったらしく、手術で両足を切断したらしい。
今は両親と3人で暮らしているようだ。
サチコを家まで送って軽く別れを済ませて祖母の家を目指す。
途中、小学生くらいの子供の集団とすれ違う。
「あーあ、嘘つかれたぁ」
「嘘じゃねぇって、本当にいたんだって」
「この辺にいるはずだから明日また探そうぜ」
多少明るいとはいえ、もう夕方だ。
田舎あるあるだろうか、補導する人がいないからこんな時間でも子供がいる。
「おい、おめぇら早く帰んないと怒られるぞ」
「誰だよおっさん」
「おっさんじゃねえ、こう見えてまだ20代だ」
「てか、でけぇ鬼見たい」
「そしたら取って食ってやろうか?」
「やっべぇ、逃げろー」
子供たちは笑いながら走っていく。見ていて微笑ましい。
なんだかんだで祖母の家に着いた。家の中は掃除されているようだ。
想定外の長旅で疲れた体を癒すために風呂に入る。
この家には古き良きなどほとんどない。給湯器完備だ。すぐに風呂に入れた。
風呂から上がり、缶ビールを飲み干す。そして、そのまま寝落ちる。
朝になって玄関の方から声が聞こえる。
「タケル君いるー?」
サチコの声だ。
「おう、おはよう」
「ちょっと、服くらい着なよ」
油断していた。まあ、田舎じゃ当り前の光景だろう。
「はいこれ、お母さんが昨日のお礼に持っていけって」
「え?別にいいのに。まあ、ありがたくいただくよ」
サチコは恥ずかしいのか、少し顔を赤らめて袋いっぱいの野菜を差し出す。
サチコの家は俺の実家と一緒で農家だ。
わざわざ自分で車いすを転がして持ってきたようだ。
「上がっていくか?お茶くらいしか出せないけど」
「うーうん、すぐ家に帰るつもりだったから」
そういってサチコは家に帰ろうとする。
「おい!いたぞ、てけてけだ!」
庭先の方に目をやると昨日すれ違った子供たちがいた。
サチコは怯えた表情を見せる。
「みんな、やられる前にやっつけろ!」
子供たちがサチコをめがけて一斉に走ってくる。
やっと理解した。俺はすぐさまサチコと子供たちの間に入る。
「おめぇら、何しに来た?」
「あ、昨日のおっさんだ」
「どけよ、俺らは妖怪を退治に来たんだ」
「妖怪だぁ?」
「そうだよ、てけてけっていう下半身がない妖怪だよ」
振り返るとサチコが肩をすくませ震えている。
「ここにはてけてけなんて妖怪はいない、
サチコっていう一人のかわいい女の子だ」
「足がねぇから、どう見たっててけてけだ」
子供たちは自分を正義だといって聞きやしない。
俺も流石に冷静さを失い近くにあった木槌を待ちあげ叫んだ。
「だったら俺は鬼だ!俺の女に手出す奴は許さねぇ、潰して食ってやる!」
「ひぃ、ご、ごめんなさーい」
子供たちは泣きながら逃げていった。
昨日とは違い大きな男が大きな木槌を持ち上げて叫んできたのだ。
本当の鬼だと思ってしまうくらいには怖かったのだろう。
後ろから笑い声が聞こえてきて俺は正気に戻った。
「「潰して食ってやる」だなんて、本物の鬼じゃん」
「う、うるせえ。さすがの俺でもキレるときはあるよ」
「そうみたいだね。でも、ありがとう」
「お、おう。どういたしまして」
「それで、私はいつのまにタケル君の女になったのかしら?」
「いや、それは、言葉の綾ってやつで...」
「ちょっとドキッてしちゃったかな?嘘でもうれしいな」
「嘘ではないかなぁ」
恥ずかしさもあって声が小さくなる。
「さっきの威勢はどうしたのよ」
サチコがまた笑い出す。
「お前がいいなら、俺と一緒に暮らさないか?
向こうで稼いで貯金はあるし、何かあってもまた守ってやる」
「ふーん、さっきと違って随分と男らしいこと言うじゃない」
サチコが茶化すように言ってくる。
「でも、タケル君だったら喜んでお願いしようかな」
サチコは今までで一番の笑顔を見せる。
こうやって、俺は地元に戻って土地と家、
あろうことかお嫁さんまでもらうことになった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は少し長くなってしまいましたがいかがだったでしょうか?
本来は童謡の「さっちゃん」と混ぜようと思ったのですが、更に長くなりそうなので止めました。
今、知られている都市伝説の分書いていけたらと思います。