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1.1 学校

 僕があなたに——あのノートに出会ったのは、偶然なのか、運命なのか、はたまた必然なのか、そんなことは、今となってはどうでもいいことだけれど、あの時の僕は運命だと思った。


 僕が学校に行かなくなって約五年、中学生になって一年と二ヶ月、ゴールデンウィークの始まる前日、四月の後半。あの日僕は、朝九時半ごろに鉛のように重い体を引きずるようにしてなんとかベッドからい出ると、服を着替え、静まり返ったリビングで朝食をとった。出かける準備が整うと、玄関に置いてあったリュックを背負い、ドアを開けて、なんとか一歩目を踏み出して外に出ると、振り返ってドアの鍵を閉めた。


「はぁ」


 ため息が自分自身にのしかかってくる。


 鍵がかかったことを二度確認すると、たまったプリントを受け取りに学校に向かって歩き出した。朝の通勤ラッシュはとっくに終わり、駅や街は静寂を取り戻している。


 僕が自分の足でプリントを受け取りに行くようになったのは、去年の二月から。

 理由は単純、顔を出さないと、親が怪しまれるから。虐待とか、ね。みんな気にするから。


 不登校、登校拒否、学校に行けない、学校に行かない。


 どんな言葉で呼ばれても、もう気にしない。


 過去五年の間に、何度も学校に行こうとしたし、中学に進学した時には数ヶ月はなんとかなった。でも、その後、体が言うことを聞かなくなった。毎朝、悲鳴をあげるのだから、もう戦う気力はない。朝と違って、夕方から元気になるこの体は至極不便で、夜は何時間も眠れないまま、部屋の窓から空を見ていた。


 僕は僕ができる限りのことをしてきたし、これからもそれは変わらないだろう。


 ただ、毎日が息苦しくて、毎日が大人になるまでのカウントダウンのようで、大人たちには、この子どうなるんだろうと、心配され、腫れ物のように扱われ、今からでも間に合うと、妙に明るい声のトーンで、何度も何度も言われる日々だ。


 欠陥品のように諦め顔で話しかける人もいるし。

 あなたは特別だと、妙に期待を込めて話しかけてくる人もいる。


 もう、うんざりだ。


 若いから、時間はまだある。まだ、まだ、まだ……。


 そう言われるのは、いつまでなのだろう?

 

 そんなことを考えているうちに、学校に着いてしまった。


 午前十一時時過ぎ、堂々の遅刻である。




 ◇   □   ◇




 校門をくぐって数分後、僕は職員室の一番奥にある窓際に座っている担任の……名前なんだったけ——とにかく、僕の今の担任の先生にプリントの山を受け取って、さっさと帰ろうとしていた。


「学校まで来てるんだから、授業に出なくても、出席にできるのに。これからのことどうするの? 出席日数あったほうがいいよ」

「やめてください。欠席でお願いします。プリントを取りに来ただけです」


 僕と僕の担任のいつもの会話だ。


 ひねくれていると思われようが、そんなことは、もうどうでもいい。


 今まで十分、好奇の目で見られてきた。

 僕の問題を解決できる先生は、病院にも、相談センターにも、学校の相談室にも、歴代の担任にも、どこにもいなかった。


「そーお、仕方ないわね……」


 先生はまだ何か言いたそうだけど、僕はもうこの先生に用事はない。


 先生は何かのプリントの採点をしながら、僕に対する願望というか、要望を口に出し続けている。僕のことをどれだけ考えてくれているかなんてわからないけれど、僕のことを見ていないのだから、これ以上ここにいる必要はないはずだ。


「失礼します。また、再来週来ます」


 職員室の戸を開けて、廊下に出た。


 廊下には誰もいない。

 僕の足音だけが、虚しく響く。

 窓から入ってくる初夏の風が気持ちいい。


 だけど、友達という名の知り合いに出くわすと厄介だ。


 僕は早足に、校舎の最南端にある図書室に向かった。



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