97話 重圧
スギノルリ、勇者と祈り子と共に!
「もう一度言う。魔王討伐に行くけど、一緒に行く?」
震えて下を向いていた祈り子は少し落ち着いたので、次はこっちだ。
「はっ、やっと勇者と共に行く気になったのか」
言葉遣いは変わらないが、その声量は少なく、さっきより落ち着いて話していた。
「勘違いしないで」
「なんだと?」
「私は一人で行っても問題ない。正直アンタ達の戦力は当てにならないし」
「それでもこうして話をしてるのは、アンタ達のため」
「どうゆうことだ?」
「【役立たずの魔法使い】だけで魔王討伐したら、討伐に参加しなかった【勇者】と【祈り子】の立場ってどうなるんだろうね」
はじめは不満そうに私を睨むだけだったが、その言葉を理解し、表情が曇っていく。
そんな不名誉な状態で、今後この世界で過ごしたくはないだろう。
それこそ私の二の舞だ。
「…………」
考え込む勇者。
「だから、一緒に来れば?」
「…………」
私の提案にも黙ったままだ。
「来るだけでいい。戦闘には参加せず、離れて隠れていればいい」
「魔王は私が倒すから」
「………」
「いいかげん、その夢から解放されたくない?」
「!!!!」
勇者が驚いて私を見る。
その動揺振りに、隣の祈り子も顔を上げた。
「……なぜ、それを…?」
「当たりでしょ?」
「………」
腐っても【勇者】だ。
特別な存在であることに違いはない。
その【勇者】には、ほかの召喚者達にはない、特別な力を与えられていた。
「私は障壁、バリアがつかえる。戦闘中はその中にいれば安全だから」
「………」
この勇者は、戦闘をほぼしない。
兵士達が仕留め、勇者はとどめをさすくらいだ。
でもそれの、何がおかしい?
高校生だった男の子が、突然異世界に召喚されて。
私のように、ゲームの知識があればいいけれど、それがない者は?
魔物を剣で倒すなんて、出来るのだろうか?
魔法のように離れて攻撃するのではなく、返り血を浴びながら、肉を断つ感覚をその手に感じながら。
怖いに決まっている。
しかし、【勇者】は弱音を言うことが許されない。
【勇者】を辞める事なんて出来ない。
彼も、彼なりに苦労したのだろう。
「……俺は何をすればいい?」
長い沈黙の後、勇者が喋った。
絞り出すように出したその言葉。
葛藤の末だろう。
「二つ。それ意外はしなくていい」
黙って頷いた。
祈り子も、まだ少し震えてはいるが、私の話を聞こうと顔を上げていた。
「一つ。その夢に従って、魔王の場所へ道案内すること」
【勇者】には、他にはない特殊な力がある。
それは、魔王の居場所を知る唯一の者だということ。
魔王は根城にいる。
しかしその場所は、毎回異なる。
しかも、隠されているのか、空の上にあるのか、カーディナルのように海の上にあるのか、勇者以外、その場所を見つけることはできない。
そして、その勇者が魔王城を見つけれる理由。
ケーンさんから聞いた。
それは、【予知夢】だ。
【勇者】は、夢で、魔王と対峙する。
それは、召喚された日から毎日ずっと。
魔王という、絶対的強者との戦い。
逃げる事は許されない。
その精神的苦痛はどれだけのものか。
早々に期待から外れ城から出た私とは違い、【勇者】として周りに期待され続ける。
それが、【勇者】の背負う重圧なのだ。
けれどそれを、理解してもらうことは難しかった。
その夢を思い出し、震える腕を必死で抑えている。
私は、彼の肩に触れた。
「もう、終わらせようよ」
彼もまた、被害者だ。
私達三人、突然この世界に召喚された。
彼はきっと、まわりに恵まれなかったのだろう。
この世界でも、おそらく、元の世界でも。
怒りはあるが、これ以上、彼を責める気にはならなかった。
「二つ。魔王にとどめをさすこと」
「私がギリギリまで魔王を削る。最後の一振りだけを…」
「これは、【勇者】であるハナダくんの役目だよ」
今までの、人を見下していた眼とは違う。
決意を決めた、迷いない眼だ。
その眼が真っ直ぐに私を見る。
「終わらせよう、この悪夢を」
「……わかった」
「明日の朝迎えに来るから」
私は城を出た。
この日の夜は、ジロッソさんの宿ではない所へ泊まった。
ジロッソさんのスープがあんなに美味しかったのは、この世界とは違う、故郷の、日本人の舌に合う味付けだったからなのかもしれないな。
スギノルリ、いよいよ魔王討伐に向けて出発です!




