87話 転移石
スギノルリ、涙腺が!
「その時が来たら、よろしくね」
私はエルフの里を後にした。
まだすぐに魔王討伐に行くわけではない。
ノワール達とはひとまずお別れだ。
里もめちゃくちゃだしね。
ヴァイスも、一旦獣族国に戻ると言っている。
エクルは私と一緒に来ることを望んでいるけど…
「二人とも、とりあえず一緒に創造国へ行ってくれないかな?」
私に何か考えがあるだろうことを察してくれたヴァイスは、深く聞いてこなかった。
エクルも、念願の創造国に興奮していた。
そして私は、三度目となる創造国へと足を踏み入れた。
「少し時間潰しててくれる?」
楽しそうなエクルを連れて、ヴァイスが街へと去っていった。
私はラピスと二人、ある店を訪ねた。
シャンリンシャンリン…
「いらっしゃいませっすー」
「あの、さ…」
私を見て、クロムがため息をついた。
「お客さんー、うちは道具屋っすよー?」
そう言いながらも、店の二階にある部屋へと案内してくれた。
「売り場大丈夫なの?」
「おかげさまで、従業員雇えるようになったっすー!」
変わらない笑顔。
「ここは?」
「ここは、他の仕事用の部屋っすー」
「……情報屋の?」
「そうっすー!」
隠す様子はない。
もうパッセさんとやり取りをしたのだろうか。
「今日は何っすかー?」
人族が使う魔道具。
けれど今まで、道具屋でそれを見たことはない。
「転移石ってある?」
私の問いに、少し考えるクロム。
「どうして知ってるっすー?」
「実物を見たの」
「……」
「千代姫が使ってた」
その言葉を聞くと、クロムは立ち上がり、部屋の隅にある棚を開けた。
「コレっす」
間違いない。
千代姫が最後に消える前に使っていたあの石だ。
掌に乗るくらいの大きさ。
その表面には、魔法陣が描かれていた。
やっぱりあれは、転移魔法だったんだ。
ゲームでは定番だからね。
転移アイテム。
この世界では転移門が主流だけど、魔法使いが少ないこの状況なら、皆常備してそうなアイテムだけど…
「今はもう出回ってない品っすー」
「……なんで?」
「売れないからっすー」
「なんで?」
「採算合わないからっすー」
転移石とは、その名の通り、転移魔法が使えるアイテムだ。
転移門を使わなくても、好きな場所から転移できる。
私やエルフは普通にしていることだけど、人族は魔力が少なく、一人で転移魔法を使うことは不可能だと言っていた。
それならば、このアイテムはより必須な気がする。
しかし、そうでない理由は、
値段だ。
転移石は、膨大な魔力が込められている。
転移魔法を使うのだから当然だ。
そしてそれは、先にも述べたように、人族一人で賄えるものではない。
転移門一回分の魔力を、このたった一つの小さな石に込める。
それがどれだけの労力か。
当然、売値は高くなる。
しかし、魔法を軽視する人族でそんな高価なものが売れるはずもない。
転移門のほうがよっぽど安くてすむ。
結果、転移石が売られることはなくなった。
「エルフや獣族には必要ないっすからね。人族で売れないなら終わりっすー」
「500年前ならまだ売ってたっすかねー」
だから千代姫は持っていた。
千代姫自身の魔力か、魔王の魔力なら十分に転移石を満たせるだろう。
それにしても…
クロム、当然のように千代姫のこと知ってるな…
カーディナルのことを知っていたってことは、ナデシコさんの存在も…?
私は考えるのをやめた。
「コレ、4つ買えるかな?」
「いいっすけど、コレはまだ魔力入ってない空っすよー?」
「いいよ、自分で入れるから」
「まいどありっすー」
私は、クロムに教えてもらい、買った転移石に魔力を込めた。
「コレで、使えるようになったの?」
「そうっすけどー…」
「ん?」
「はぁー、お客さんー。4つ一気に転移石に魔力込めたっすねー」
あ、やば、魔力…。
「外でやっちゃダメっすよー」
「はい…」
クロムに呆れられるのはこれで何回目だろうか…
「それで、コレ、1つあげる」
私は転移石を1つ渡した。
「くれるっすー?」
「うん、それを、巨人王に渡して欲しいの」
「渡せるわけないっすー」
「渡せるよ、クロムなら」
クロムの笑顔が消える。
「お願い」
「何でっすー?」
「私は、エルフ族と獣族と共に魔王討伐へ行く。巨人族とドワーフ達にも来て欲しい」
「……それは無理っすー」
「人族のことは、私が何とかするから」
「……!」
疑問だった。
魔王封印は、エルフ族と獣族が協力して行う。
では巨人族とドワーフ達は?
巨人族の戦力は大きいだろう。
なぜ共に闘わない?
その理由を考えてみた。
それは、人族のせいなのだろう。
この創造国は、ドワーフ達を人族から守るために、巨人族が共に暮らしている。
では、その巨人族が魔王討伐へと向かったら?
手薄となった創造国へ、人族が攻め入ってくるのだろう。
それを避けるために、巨人族は魔王討伐に参戦していない。
なんて馬鹿げた話だろうか。
勇者が倒せなかった魔王を封印する為にエルフ族と獣族が命をかけているのに、その影で、別の争いをしようとしている。
つくづく、協力というものが出来ない世界らしい。
「私は、この闘いを終わらせたいの」
「だからお願い」
机の上に置かれた転移石を手に取り、考えるクロム。
「自分が産まれた時には既に、この大陸は種族間で分かれていました」
「だからこそ、情報が全てだと教えられた」
「そしてそれを、各々に渡すことが仕事でした」
「疑問に感じたことも、変えようと思ったこともありません」
「全ての種族が共に闘う」
「そんなことを言ったのは、貴方が初めてです」
「見てみたいです。その光景を」
いつもの作り笑いではない。
私の目を真っ直ぐ見て、口元を緩めるその表情。
本来のクロムの姿を見せてくれた。
その想いに、応えなくてはいけない。
スギノルリ、転移石ゲットです!




