9話 扇と風使い
スギノルリ、装備もレベルアップです!
「よっしゃー!目指せレベル40!」
装備も整えたし、レベル上げだー!
私は扇を手に取った。
扇、扇子?
私がしていたゲームでは、扇も武器の一つだった。
「コレを見た時、やってみたいって思ったんだよねー」
私は扇を広げた。
そして腕を頭の上まで伸ばし、思い切り振り下ろした。
ヒュンッ
小さく空気を切る音がして、前にあった草を少し揺らした。
「うんうん、悪くない」
私は扇を前後に動かして、表裏を見ながら、手の感触を確かめた。
「それでは……!」
私はもう一度、さっきと同じように扇を振った。
そしてそれと同時に、
「風刃!!」
シュパパパパパッ!!!!
「……できたっ!」
目の前の草が切れている。
扇を振ると同時に、魔法で風刃を使う。
魔法陣は掌に発動するから、扇を持つ手にちょうど被さる。
そこから風刃が発動すれば…
「まるで扇から風が出ているみたいになるのでした」
思い付きの割に上手く出来たかな。
「あとはタイミング合わせるのと精度を上げていくのが今後の目標かな。練習あるのみ!」
その日は日没までずっとその練習を繰り返した。
「おはようございます〜」
この世界に来て初めて宿に泊まった。
やっぱベッドで寝るのって気持ちいい〜
これからはちゃんと宿で寝よう。
「おぉ、おはよう姉ちゃん!」
朝から元気がいいジロッソさん。
そう、私はジロッソの宿に泊まっている。
一階が食堂で、二階が宿屋らしい。
てっきり外の出店だけだと思ってたのに、こんな立派な経営者だったとは。。
おかげで私は、宿とご飯、この世界で生きるために必要なものをなんとか確保出来ている。
「なんか朝から賑やかですね」
私は窓から外を見た。
いつもスープを売っている広場に、朝から人がたくさん集まっていた。
「姉ちゃん、また掲示板見てねーなー」
ジロッソさんにため息をつかれる。
掲示板はこの世界じゃ情報の要だから、毎日ちゃんと見ろって言われてたんだった…
「今日は勇者様御一行の出発パレードがあるんだよ」
ガシャン!!
私は飲んでいたスープのスプーンを落とした。
「大丈夫か?」
落としたスプーンを拾い、ジロッソさんから新しいスプーンを受け取った。
「勇者って…、そんなに凄いんですか?」
ジロッソさんがまたコイツは…って顔をしていたが、そのまま話をしてくれた。
「魔王は倒しても復活する。それを倒す為に、100年ごとに勇者を呼ぶんだよ」
「この世界に国はここだけじゃない。だから、勇者を呼ぶ権利は順番に回ってくる。生きてる間に自分の国から勇者が現れたってんなら、一生の語り草だな!」
自分の国でオリンピックが開かれるみたいな感じなのかな。
いや、比べるところ違うか。
「それに、過去を遡ってみても、[祈り子]が現れた例は少ない。前に現れた時は、見事に魔王を倒したらしいからな」
「え?倒せない時もあるんですか?」
「あぁ、現にこの過去数回の勇者は魔王に敗れている。もちろん、[祈り子]はいなかったらしい」
「魔王を倒した勇者を召喚した国は、数世代後も繁栄する。反対に、負け勇者を召喚した国が辿るのは…」
そうか、それであの時、あの国王は言ってたんだ。
『勇者に祈り子とは、これでこの国も安泰じゃ!』
必ず、魔王を倒せるだろうと思ったから。
嫌な記憶が蘇る。
国王に勇者、共に私を見下すあの視線を。
その時、広場から歓声が上がった。
「おっ、勇者様のお出ましだな!」
そう言ってジロッソさんは外に出て行った。
私は、窓からそっと広場を見た。
宝石だらけの馬に、豪華に飾られた馬車。
歩兵や騎兵に厳重に守られてゆっくりと進んでいた。
忘れたくても忘れられない、気持ちの悪いあの笑顔。
魔王とか、勇者とか、そんなのどうだっていい。
元の世界に帰れないのであれば、私はこの世界で、静かに暮らしたい。
この国の他にも国はあるって言ってたな。
もう少しレベルが上がったら、この国を出ようかな。
「風刃!!」
扇を使っての風刃、だいぶ慣れてきた。
「よしよし、コツは掴んだな」
アイテムボックスからスープを出して、お昼ご飯を食べた。
「あ〜、本当美味しい〜。アイテムボックス最高!」
ジロッソさんの特製スープを堪能した。
この辺りはそんなに強い魔物もいないこともあって、私は油断していた。
ガサガサッ
突然、草むらから魔物が現れた。
私はたった今スープを口に入れたばかりだ。
やばっ!魔法を唱えれない!
―風刃!!―
私は心の中で叫んだ。
シュパッ!!
ギュエェー!!
え?
私に飛びかかってきた魔物が切られ、倒れている。
「やっつけた、の…?」
魔石を回収しながら考える。
今私は、魔法を唱えてはいない。
だけどこれは、風刃が発動しているみたいだ。
ということは…
私は心の中で唱えた。
―風刃!!―
シュパパパパパッ!!
「おぉ〜!」
「無詠唱でも魔法使えるんだ!」
しかも、魔法陣も手のひらではなく、私が思った場所に出せた。
「これは大発見」
無詠唱で魔法が出せるのなら、なおさら扇での風刃がソレっぽく見える。
「いいねいいね!」
「まてよ」
私は喜んだ後、ふとまた考えた。
「無詠唱が可能なら、魔法陣なしとかも出来たりするのかな?」
それが出来るなら、もっと面白い。
「練習あるのみだー!」
【レベルアップ】
【[風使い]になりました】
1ヶ月が経った頃、私はついにレベル40になった。
2段階の魔法も使えるようになっている。
「風使い?」
ステータスに表示された文字。
【[風刃]を規定量発動したので、[風使い]の称号が与えられます】
確かに、扇の扱いの為に、この1ヶ月[風刃]ばっかり使ってたけど…
「風使いって、何?」
私は手のひらを見た。
感じる。
そうか。
私は一度、手のひらをギュッと握りしめた。
そして、ゆっくりと開いた。
ヒュゥゥゥゥゥ〜〜
小さな竜巻のような、風の塊が手のひらの上に出来た。
手を頭から下へ、後ろへやると、風は私の周りを回った。
「風刃だけでなく、風を自由に扱えるってことね」
「ならばっ!」
私は2回軽く跳ねた後、思いっきりジャンプした。
「空〜を自由に、飛びたいな〜!」
「はい!風魔法〜!」
全身に風を纏い、体を宙に浮かせる。
そしてそのまま上昇し、空高く舞い上がった。
「やったーーーー!!」
空を飛んでる!
私、空飛んでる〜!
夢だった。
空を飛べるなんて。
この世界に来て初めて良かったと思えるくらい嬉しい!
猛練習の末、私は無詠唱に加え、魔法陣を消すことも出来るようになった。
これなら、魔法使いって気付かれずに魔法が使えるかもね。
スギノルリ、風使いになりました!
 




