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菅原くんのキャンパスライフ

 高校生の頃のようにチャイムは鳴らない。だが、教授の一声で、講義室は蜂の巣をつついたかのようにざわざわと喧騒に包まれる。


「おーい、勉。今日はサークル顔出すだろ?」

 半すり鉢状になった聴講席の後ろ側、一段高い位置から声が降って来た。


「悪い、今日ちょっとバイトでさ……」


「うへぇ、おまえが居ないと行ってもつまんねぇんだよな……」

 伸ばした茶色い前髪。細い顎、ひょろ長い手足。顔はなかなかに整っていて眉は細く、明らかに 今時の大学生といった風体をしたこの男は、紀野長谷太。西京大学の俺と同じ専攻で学ぶクラスメイトのようなものである。


「ま、そのうち顔出すからさ」

 一見どこのだれともウェーイな関係になれそうだが、彼はあまりそういうことが楽しくはないらしい。出来るかできないかで言えばできるそうだが。


「お前、そんなんだから、いつまでたっても彼女できないんだよ」

 長谷太が唇を尖らせる。


「うっせ。俺はある時は胸がきゅんきゅんして、時に心がちくちく痛むような、甘酸っぱい青春ラブストーリーなんてまっぴらごめんなの。前も言ったよな」


「あっはは。それ久々に聞いたわ。で、どんなだったらいいんだっけ?」


「胸がおっきくて、包容力抜群で、ちょっぴり年上の彼女を捕まえて、毎日膝枕で耳かきしてもらえるみたいな、そんな安心できる恋がしたい」


「それ、結局彼女必要じゃん?」


「だーかーらー、サークルで見つけたような出会いだと、胸キュン路線に行っちゃう可能性が高いだろ」


「そーかねぇ」

 適当な冗談で長谷太をあしらおうとしているうちに、帰り支度を整え講義室を出ると、目の前に見知った顔があった。


「おー。来た来た。菅原くん。ついでにきのっちも!」

 ちょうど形の良い眉の辺りに手を当てて、遠くのものを見るときのテンプレ姿できょろきょろしていた。肩の下まで伸ばした濡れ羽色の髪。きれいなアーモンド形の瞳。秋の厚手の服装からでもうかがえる、圧倒的なメリハリを誇るワガママボディ。その華やかな容姿から学内ではちょっとした有名人の東宣来子(とうせん くるこ)さんだ。

 今待ち伏せてましたよね。四年生の癖に暇なんですか? 


「お疲れ様です」

 俺が軽く会釈すると、隣の長谷太もペコリとお辞儀をする。


「ひどいっすよ。ついでなんて。勉なんかよりよっぽどサークル出てるのに」


「だからついでなの。きのっちは放っといても顔出すでしょ」


「そういう人こそ大事にしてくださいよぉ」

 おい、その余所行きの態度やめろキモいから。


「で? 菅原くん。今日は顔出すよね? お姉さん久しぶりに勉君といろいろお話したいなぁ」

 にこと柔和な笑みを浮かべる。やめてやめてやめて、なんかその笑顔威圧感ありますから。全く、梅乃ちゃんと言い来子さんといい女性の笑顔ってたまに高圧的に感じるよなぁ。……俺だけか。


「すみません。今日はちょっと、用事が……」

 その言葉に来子さんが眉をしかめる。


「あれ? おっかしいな。この顔見せると大抵の男は言うこと聞くんだけど……」

 などと小さい声でぶつぶつ言った。やっぱり先輩、自分の笑顔の圧力に気付いてますよねそれ、明らかに! すかさず長谷太が明るい声を出す。


「最近どうも付き合い悪いんですよ。さーみしぃなぁ」


「ふうん。確かに、お姉さんも寂しいなぁ」


「すみません」

 小さな声で謝る。すると先輩はパンと手を打ち鳴らした。


「あ、そだ。ほんとにすまないと思っているなら、今月末あたりちょっと私に付き合ってよ。ほら、駅前に出来た新しいアウトレットモール」

 え? 付き合うって? 俺が? 先輩に?


 あまりの急展開に逡巡していると、長谷太が俺の肩を抱え込んで来た。ひそひそと手で口元を隠しながら先輩に背を向ける。

「おい、ちょっとちょっと。これチャンスじゃねーの?」


「ちゃ、チャンす? 何がだよ?」


「とぼけんなって。お前、少し前に先輩のこと気になるって言ってたろ」

 ますます声のボリュームを抑えて耳元で長谷太が囁く。

 や、やめれぇぇえええ。くすぐったいよう……。はい、冗談はさておき。


「ばっ、お前。確かに言ったけど。なんていうか先輩は倍率高すぎだろ」


「いやいやいや、だからこそ、このチャンスを活かすんだろ!」

 小さいが、妙に力のこもった声だ。彼なりに背中を押してくれているのだろうか。


「だけど……」

 なおも躊躇う俺に長谷太は追い打ちをかける。


「年上で……」


「え?」


「ちょっと巨乳」


「……おいまて、それ以上言うな」


「優しく包み込んでくれそうな包容力」


「あ~あ~あ~。やめてキコエナ~イ」

 確かに分かってはいた。俺が長谷太に言った理想の恋人像に来子さんはぴったり当てはまっている。ただ、ちょっとした大学の有名人になるほどの人物と俺がお近づきになれるわけがないと、意図的に先輩のことを避けていた節がある。そもそも、来子さんの勧誘にあったから入ったサークルだというのに。


「お前が言ってた理想の人にピッタリだろ」


「無理だって、気まずい思いするのが目に見えてる」

 そもそもなんで先輩は俺なんか誘ったんだ……。


「はぁ……。お前、何事に対してもちょっと臆病すぎだって。誘ってくれる時点で先輩に悪い感情はないと思うけどなぁ」


「マジで?」


「ああ。お前、俺がけっこうモテんの知ってるだろ?」

 ちょっとその顔ムカつくけど確かに事実ではありますね。


「お~い、お二人さん? 何してるのかな?」

 俺と長谷太の様子が気になったらしく、来子さんが背伸びをして、こちらに声をかけて来た。ああ、もう、いちいち仕草が天然っぽいなぁ……。


「あっはは~。ちょっと男同士の密談ッス」

 愛想笑いを浮かべながら先輩の方へ長谷太は向き直る。そして、ばしっ、と背中を叩いて親指を立ててきた。ああ、だからその顔と仕草ちょっとイラっとするんだよ。でも、やっぱこいつちょっといいやつですね。後でジュースでも奢りますかね。


「さあ、毎日膝枕、してもらって来いよ!」


「ちょっとぉおおおお!!」

 慌てて俺が長谷太の口をふさぐが、すべて言葉が漏れ出た後だった。


「……ひざまくら?」

 来子さんはかくりと首を折って不思議そうな表情をしている。ほんと、天然っぽ……、じゃなくて、ま、まあ、セーフですかね。


「こ、こっちの話です」

 きっ、と長谷太に睨みを聞かせてから俺は出来る限り爽やかな笑顔を貼り付ける。


「あっ、あの、俺で良ければ。是非。つきあいますよ。アウトレット」

 その言葉に、再び先輩がパンと両手を打ち鳴らす。


「ほんと? よかった~」

 柔和な笑みを浮かべる先輩はやっぱり、どこか俺の手の届かない存在な気がする。


「たくさん目をつけてるお店あったから、男の子の荷物持ちが欲しかったんだ~」


「え……」


「いよっしゃああ。今回の尾行は面白いことになりそうだぞ!」


「おまっ!」

 幸い、長谷太の言葉を聞く前に先輩は既に俺たちの前から立ち去っていた。もうやだ……。どうも俺は来子さんや長谷太のおもちゃにされているような気がするなぁ。


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