どきどきっ⁉ 部室攻防戦
「で? お前が暴走したと?」
「暴走じゃありません。こいつらが僕の髪をばかにするから」
「ああ、分かった分かった」
目の前には、初対面の先輩に宥められる内原くん。会話を聞いている感じだと、二年の辰巳という先輩らしい。辰巳先輩はくるりと私の方へ向き直った。
「さっきはうちの内原が失礼した。だが、話を聞いているかぎり、君たちにも少し問題があったような気がするんだが……」
きっ、と先輩を睨み付ける雪歩と、鼻歌交じりに火の鳥に再び目を落としている花凛。教室の隅で制服のブレザーを頭からかぶり、がくがく震えている美月。話せる相手が私だけだと思ったのか、辰巳先輩は先ほどから私にしか視線を合わせない。
うん、うちの部が誇る雪月花三姉妹さん? お客さんの前では行儀よくしよう?
「ハイ。申し開きもゴザイマセン」
私自身も先ほど勢いに任せて彼を天パと罵ってしまったことを恥じていた。
「うん。そう言ってもらえると話が早い。そこでここはひとつどうだろう? この部室をかけて公正な勝負をするというのは?」
「勝負ですか?」
「そうだ」
「そんなの受ける義理はないわよ梅乃。そもそも私たちが先に使っていたのだし」
確かにそれはそうだ。だが、私たちは学校から特別な許可をもらっているわけでもない。
「負けるのが怖いのかな?」
「なっ。そんなことありません。誰にものを言っているんです?」
辰巳先輩はこれまでの丁寧な態度にそぐわぬ挑発を雪歩に向けた。
「おっ、勝負か、勝負か? 私はいつ何時でも勝負は受けるぞ。わくわくするな~」
花凛……。なにその何処かの星のサイヤ人みたいな台詞。
辰巳先輩は私たちのことをよく見ているみたいだ。押しに弱そうな私に交渉を仕掛けて、勝負を提案し、負けず嫌いの雪歩は挑発しておく。花凛は面白そうなことが好きだからこういう提案には積極的だ。美月は、見ての通り残念な人……いや、使い物にならないと判断したのだろう。
え? 言い直したワードの失礼レベルが大して変わってないって? そうだね。失敗、失敗。てへ。
「それで、勝負っていうのはどんな?」
「クイズ勝負だよ。互いに問題を出し合って、それに答える。先に相手の出した問題に答えられなかった方が負けというわけだ」
「え? でもそれは、クイズ研究会の人たちに明らかに有利ではないですか?」
「そんなことはないよ。君たちは僕らが知らないようなコアな文学の問題を出してもいいわけだし」
なるほど、どれほど自分たちの部活の分野に精通しているかも試せるというわけか。確かにけっこう公正かもしれない。
「でも、辰巳先輩は私たちより年上ですよね。知識に差が出ます」
雪歩が噛みつく。それに辰巳先輩は笑顔で返す。
「確かに、僕が出るのは不公平だから、出る気はないよ。こっちは内原にしか回答権がないものとする。どうかな?」
「いいんですか? こちらは三人ですよ?」
あの、雪歩、今ナチュラルに除いたのは誰? 使い物にならない美月? それともちょっと頭がアレな花凛かな? う~ん、やっぱり考えてみると、雪歩が先に言ってくれて良かった。私なら、こちらは二人ですよ、って言っちゃってたかも。
「勝負を決めたんだからそのくらいのハンデは負うよ。いいな? 内原?」
「そういうことならこっちは一人で十分ですよ」
「あとで後悔しても知らないからね!」
「後悔なんてしないさ。なんたって僕の成績は学年一位、だからね。トップであることこそ至高。次点以下に意味はない」
内原くんはどこかの国会議員に聞かせてやりたいようなセリフで挑発する。というか、雪歩が学年二位だってことも知らないんだろうなぁ。ほんとナチュラルに人に嫌われるのが得意だよね……。
「くぅううう」
また喧嘩がはじまる前に、私が雪歩を、辰巳先輩は内原くんをそれぞれ拘束する。
「ではそろそろいいかな? 先に回答するのは内原。文学部、問題をどうぞ」
デーデン。という効果音が聞こえてきそうなほどに辰巳先輩が急に場を回し始めた。なんだろうこの無駄なTVショウ感。
う~ん。問題かぁ。悩むなぁ……。でも第一問目だし、相手がどのくらい知識を持ってるかも分からないからなぁ……。一問目は様子見だな。
「じゃあ、いきます。エドガーアランポー著。世界初の推理小説と言われ……」
どかっ、と内原君が机を叩く。回答ボタンを押したつもりかな?
「あの、まだ問題の途中……」
「『モルグ街の殺人』!」
びっと人差し指を正面に向けながら言い放つ。だから途中だって……。
「辰巳先輩、まだ問題の途中なんですが……」
「…………問題を続けて」
「世界初の推理小説と言われている『モルグ街の殺人』で最終的に犯人として登場する動物は何でしょう? という問題なんですが」
「……オランウータンだね……。内原、不正解」
辰巳先輩があきれ声で言う。
「ぐっ、ひ、卑怯な」
そんな目で見ないでよ。私にとっても予想外の展開だよ。彼、もしかしてあほなんじゃないかな? うちの学年の成績一位と二位大丈夫かな。
「にゃははは~。不正解だって。内原頭わる~。そもそも早押しじゃないんだし、問題最後まで聞けよ~」
花凛、全くその通りだよ。だけど、馬鹿だと思ってた人に正論を突き付けられた時ってなんだか無性に腹が立つよね……。
「なっ、ふっ、ふざけるなよ。次は絶対お前らじゃ答えられない問題を出すからな」
「はいはい。じゃあ、次、内原の問題。どうぞ」
しばし眉間に皺を寄せて真剣に考え込んでいた内原くんがやがて口を開く。
「問題! 古くは江戸時代から親しまれ、一九一八年に粉末を溶かすインスタント品が藤田馬三氏によって開発されて以来ロングヒットを続ける日本の飲み物は何でしょう?」
むむ……さすがはクイズ研究会。難しいな。フジタウマゾウなんて聞いたこともない。こんな時は。ちら、と横目で文学部の頭脳(笑)たる雪歩を見やったが、彼女も考え込んでしまっている。分からないみたい。そこにふと花凛が口をはさんだ。
「なあなあ、雪歩。ロングヒットって何?」
「う~ん。そうね。簡単に言うと長く売れてるってことよ」
「長い間多くの人に人気があるってこと」
美月が加えた。仲間内の会話なら参加可能らしい。
「う~ん。よくわっかんないなぁ。例えばどんなもの?」
「ぱっと出すの難しいなぁ……。あ、蚊取り線香とかかしら?」
「確かに。蚊取り線香そうかも。他には、カップラーメンとかそうじゃない?」
「なるほどなるほど、分かってきかも、じゃあなぁ……コーラは?」
「それも正解かな。さすが花凛ちゃんだね」
「でも、食べ物ばかりね」
「はいっ! はいはいはい!」
花凛がまたしても手を挙げる。
「セロテープ!」
「正解!」
「ホットケーキミックス?」
「正解!」
「インスタントカメラ!」
「正解!」
「アンパンマン」
「正解!」
「ドラえも……」
「今、ロングヒットどぉおおっでもいいだろ‼」
いつまでも身内クイズ大会を抜け出さない雪歩たちに、とうとう内原くんが大声で突っ込んだ。あ、一応言っておくけど私は参加してないからね……。青色の耳なしネコ型ロボットが登場する某人気漫画のタイトルなんて言いかけてないからね。
「とっととこっちの正解考えろよっ!」
どうやら内原くん、完全に我慢の限界が来ているようだ。激しい貧乏ゆすりが始まっている。その様子を見た花凛がはぁ、と一つため息をついた。
「まあまあ。そう焦るなよ~。そのうち答えるからさ」
「ぶ、部長、これ明らかに制限時間オーバー‼ もう、不正解にしてくださいよ」
「あー、あれだな内原。制限時間を設けてなかったしなぁ……」
「そうよ。何も早押しじゃないんだから」
「くぅうう」
先ほどの自らの失態を皮肉られ、よく分からない悲鳴を上げる、怒りの持っていき場を失ったようだ。
「だがこのままだと決着できんのも事実。あと一分以内ということでどうだ?」
「ふん、当然だ」
辰巳先輩の落としどころに、内原君が鼻をならす。内原くん、今私の中で内原君の小物感株がうなぎ上りだよ。学年一位の、名前だけ知っている人でいてほしかったなぁ。
「全く、お前本当にせかせかしてるなぁ~。私らが考えてる間これでも飲んでちょっと落ち着きなよ」
すっと先ほど私に差し出したの同じ紙コップを花凛が内原君に差し出す。
「は? これは?」
「興奮してる時に気分を落ち着けるやつ。昆布茶だよ」
その言葉を聞いた内原の顔がみるみる青ざめていく。
「お。おま、それ、なんで……」
そして口をぱくぱくさせて花凛を指さしたかと思うと、すぐに教室から飛び出した。だだだと廊下をかける足音だけが聞こえてくる。
「お、覚えてろよ~‼」
「おい、ちょっと、内原?」
辰巳先輩が慌てて内原くんの後を追う。
「悪い、邪魔したな」
それだけ言い残すと、辰巳先輩もすぐに教室を後にした。一体何だったの⁉
それはそうと、さっきの問題の答えは? 答えは未来永劫闇の中なのです……では納得できず、私は文明の利器に頼ることにした。
すぐにカバンに隠している携帯電話を取り出して、検索エンジンを起動する。空欄に日本、飲み物、ふじたうまぞう、と打ち込んでから虫眼鏡のマークを押すと、莫大な数の検索結果がヒットした。そのうちの適当なサイトを一つ開く。ああ、内原君の問題の答えは。……昆布茶だったのね。
なんというか、こんな偶然、もう内原くんが哀れになるレベルだけど。何はともあれ、ひとまず部室は守られたようだった。
次回、水曜日更新です。