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日常とか言ってた頃が懐かしいよ

「もう、悪かったって言ってるじゃない」

 と、いうわけで、いくらこの物語にメタ的な発言が多くても、さすがにテイクツーとはいかず。つーんと私はそっぽを向く。だってあんなのあまりにひどい。


「ごめんね、梅乃。私が梅乃の本読んでみたいなんて言い出したから」

 まったくそのとおりだよ。だけどいつまでもこんな態度じゃいられない。もういいよ、と言いかけたところで、今度は花凛が口を開いた。


「まったく~、二人ともほんとに反省してるのかにゃ?」

 こいつ……。


「もう! そう言う花凛はどうなのよ」

 一番の戦犯、花凛は全く責任を感じていないようだ。


「う~ん、私? 私も悪いと思ってるよ。だからお詫びにこれあげる~」


「なにこれ?」

 花凛の掌に乗っていたのは、白い和風の筒状パッケージ。


「昆布茶だよ」


「…………」

 だから、趣味が渋いね……。雪歩と美月は黙ってしまった。じょぼじょぼと給湯室から持ち出してきたやかんのお湯を紙コップに注ぎ、すっと私に差し出してくる。


「興奮した時に、気持ちを静めてくれるらしいぞ」

 へ? 興奮?

「これ飲んで落ち着きな?」

 目の前に差し出された昆布茶の真ん中にぽつんと一つ茶柱が立っていた。それが今は無性に。


「かぁ~りぃ~ん~‼」

 無性に腹立たしい。わなわなと拳を震わせて、私は花凛を追いかけまわす。


「だ~れのせいで興奮したと思ってるの~っ!」 


「にゃはははは~。梅乃が怒った~」

 ああ、さっき雪歩に注意したばかりなのになぁ……と。なし崩し的に追いかけまわしているけれど、実はその時にはすでに私の怒りは霧散してしまっていた。


「あっははははは」


「ふっふふふふふ」


「こら! そこ、笑わない」


「ふっ、ふふふ。だってぇ~」


「梅乃ったら、さっきは自分が注意してたくせに~」

 その様子を見た雪歩と美月は、もう私が怒っていないことに気付いたのか、こらえきれずに笑い出していた。もう……。


 え? 怒ってないならなんで追いかけるのかって? 


 考えてみると自分でもそれはよくわからなかった。ただ一つ言えるのは、喧嘩しても、うるさくて煩わしくても、突っ込みどころが満載でも、自分が何となくこの空間が好きで、こうやって一緒に騒いでいるのが楽しいってこと。この楽しい、けれどばかばかしい思い出は、きっといつか私の創作活動の資源になってくれるはず……。と、一応文学部の創設者である私は付け加えておきましょう。


 そんなことを考えているうちに、何というか、行動すべてが規制に縛られていない花凛が教室の外へ飛び出そうとした。

「あっ、それは反則……」


「にゃははは。けんかにルールも反則もないのだよ~」

 前方不注意のまま扉に向かって駆ける花凛。その時、からからと引き戸が開いた。


「失礼! 文学部はここで……って、え? え?」


「うわ、いきなり入って来んな、よけて、よけてぇ~‼」

 どす、と鈍い衝撃音。尻餅をついた両者が同時に、痛たた、と声を漏らした。


「うわ、やっちゃったね。大丈夫? 花凛? って、お、おおおおおお」

 倒れた花凛に近寄ろうとして、美月が固まった。なにやら、指を差しながら口をぱくぱくさせている。


「おおおお、男の人‼」

 そして、美月は相手が倒れていることも忘れてささっと私の後ろに隠れた。繰り返しますが、美月は予想外のことが起こるとすぐに動揺してしまう節があります。そして、美月は極度の人見知りで、特に男の人には免疫がない。


「もう、美月ったら。その態度は失礼でしょう?」

 さすが雪歩ちゃん。一見良識がある人に見えるね。間違えた、良識があるね。


「そうだよ。あの大丈夫ですか?」

 花凛はすくりと立ち上がっていたので私は相手の方に声をかける。


「あ、ああ。たいしたことないよ」


「あれ? 内原くん?」

 ぱんと軽く制服の裾を払って立ち上がったのは、見知った顔の男子生徒だった。少眺めの癖っ毛。喉が詰まるほどにかっちりしめたネクタイ。ちょっと低めの身長が特徴の同じクラスの男子。内原文則(うちはら ふみのり)くんだ。ていうか美月、同じクラスの男子に怯えてたの……。なんか、内原君かわいそう。


「里咲? ああ、里咲のとこの部活だったのか……」

 だがそのつぶやきは雪歩の少し低めの声にかき消された。


「それで? 内原くんはうちに何の用だったの?」


「ああ、富永か。お前もこの部活だったの?」


「お前って言わないで。質問を質問で返さないで。で、何の用なの?」

 さっき雪歩は勉強は出来る方って言ったけど、その成績は学年二位だ。そして、一位が、この内原くんである。彼は特に意識していないみたいだけど、雪歩は少し内原君のこと気にしているみたい。


「ああ、そうだった。文学部に話があったんだ」

 一旦言葉を切って、唇をなめることで、さらに私たちの不快指数を跳ね上げてから、内原くんは続けた。


「単刀直入に言うと、この部室を譲ってほしいんだよ」


「え?」

 私たち三人の声が重なった。美月は耳をふさいで歯の根をがたがたやっている。そろそろ落ち着こうね。それよりも、部室を譲る? どういうことだろう? そしてみんなの疑問は、大概の場合花凛によって代弁される。


「にゃは。嫌にきまってんだろ。なんで、内原に部室が必要なのさ~」


「それは、これだよ、これ」


「そ、それはっ。か、じゃっ、きゃ、だ、団体きゃつどう任天、認定書!」

 私の後ろから妙に説明的な台詞を発したのは美月だ。ああ、でも、団体活動認定書ね。ていうかどうすれば「だ」、から始まる言葉を「じゃ」、とか「きゃ」でどもるの……。ギャツビーも任天堂も関係ないからね。


「うん、団体活動認定書ね」

 内原くんが丁寧に訂正する。作者、間違えた。神様的にもこれはグッジョブだろう。


「ひっ」

 そして美月は、そんな言葉にさえ怯えている。そんなになるなら面倒だから会話に入ってこないでね。


「たしか、放課後に正式な部活としての活動をするために必要な書類だったよね」


「そうなんだ。僕たちは最近クイズ研究会という部活の活動を申請して、認められた。でも、これは活動場所を保障するものでも、部費を保障する書類でもない」

 そう。ここ満ヶ谷学園では、その認定の甘さもあって現在部活が飽和状態だ。生徒の自主性を重んじるという建前で、活動場所や、活動資金については各団体で工夫するようにと言われている。


「それで、差しあたっては活動場所を確保したいと思って」


「それでここを譲れって?」


「え~早いもんがちだろ~」

 雪歩と花凛は挑戦的な態度だが、私は背中に冷たい汗をかいていた。私たちも別に学校側から許可を得てこの場所を使っているわけではない。団体活動認定書は私たちも持っているけれど。その認定の甘さは私たちの姿を見ればよく分かるだろう。って、言わせないでよっ。


「ここ以外にも活動できそうな場所は……」


「いや、それがなかなかないんだよね。里咲たちも知ってると思うけど、今部活が飽和状態で」


「いや、でも、他にも部はたくさんあるよね。どうして文学部?」


「う~ん。それはなんていうか言いにくいんだけどさぁ~」

 いらっ。さっきからその髪をかき上げる態度とか、妙にもったいぶった物言いとかちょっと頭にくるものが……。じゃなかった。そもそも、部室を譲ってくれと言ってきた時点で私はなんとなく良い印象を持てていないのだ。


「はっきり言ったら?」

 雪歩が冷たい声で言う。


「じゃあ言わせてもらうけど、この部活、ちっとも真面目に活動していないじゃん」

 なっ……。その言葉に、私は怒りに任せて机を蹴飛ばしたり、は決してせずにただただ思った。


 ごもっともだ‼ 


 ぐうの音も出ない正論相手に、しかし花凛は立ち向かう。

「なっ、それは失礼だろ。文学部はちゃんと活動してるぞ。……梅乃が」

 え、私? 花凛、花凛自身はどうなの?


「でも今は遊んでいるようにしか見えなかったけど」

 まあ、今は遊んでいたからね。


「うるっさいな~。天パには分からない高尚な遊びだったの~」

 その時、ピクと内原くんのこめかみに筋が入ったのを私は見逃さなかった。ついでに、花凛が遊びと言ったのも聞き逃さなかった。活動だよ!


「て、天パは関係ないんじゃないかな」


「ああ、ウチの花凛が失礼しました。てぱ原君」

 ピクともうもう一本、内原君のこめかみに筋が走る。どうやら人の気に障ることに関してうちの部員の右に出る者はいなさそうだ。


「てぱ原?」


「あら、そんな風に聞こえた? ごめんなさい、てんぱらくん」

 うわぁ、雪歩ったら敵意むき出しだなぁ。彼女ら二人にとって、内原くんは完全に敵認定されてしまったらしい。


「今明らかに、天パって言ったよな!」


「言ってないわよ。少し自意識過剰なんじゃない?」

 ダメだよ、内原くん。雪歩たちとまともに会話しようとしちゃ。


「ええい。こちらが下手に出ていれば調子に乗って~」

 とうとう内原くんの堪忍袋の緒が切れた。え、下手に出てたの⁉


「ようやく化けの皮が剥がれたわね!」

 その様子を待ってましたとばかりに雪歩が指さして言う。


「皮がむけたわね!」

 花凛が子分のように復唱する。


「それやめてちょっと卑猥だから……」

 一応小さな声で突っ込みを入れておく。


「そうよ、花凛、気をつけて」


「怒ってる僕を無視して話をするな!」

 だから雪歩たち相手に普通に会話しようたって無理なんだから。あ、今回は私も加担してたか……。


「ご、ごめんね。花凛も雪歩もちょっと変わってるから……」


「ふん。もういい。それで里咲たちは、部室を譲ってくれるのか、くれないのか?」


「譲るわけないだろ~。べろべろべ~」

 花凛がやけに低次元な挑発を続ける。まだ十三歳なの。許してね。


「お前じゃ話にならん。里咲、どうなんだ?」

 きっ、と鋭い視線が私に向く。ここは、私がはっきり言わなきゃ。


「えっと」


「ああっ⁉」

 はっきり。


「その……」


「なんだよ!」

 それとなく?


「こちらとしては……」


「もったいぶるんじねぇ!」


「ひっ……」

 ああ、もうなんで二人ともこんなに内原くんを怒らせたの。ようやくちょっと美月の気持ちが分かったかも。でも私まで美月みたいになるわけにはいかない。何か反論しなければ。そうして、私はその時少しだけ、その場の対応に投げやりになった。もういいよ。どうにでもなれば、と。いわゆる魔が差したというやつだ。


「ぶっ、部室を譲るつもりはありません! て、天パの人には~~っ」

 言った。言ってやったよ。みんな見てくれてた? ん、てか最後に余計なこと言ったかな私。


「て、ん、ぱ、だとぉ~」


「にゃはははは~天パ天パ、パッパラパ~」


「お前らいい加減にしろぉおおおお」

 同級生ということで、交渉を内原くんに任せて教室の外で待っていたクイズ研究会の上級生たちがその叫び声に気付いて、内原くんを取り押さえたところで、その場は一旦治められた。なにこの混沌。私の静かな文学ライフはどこへ?


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