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学生失格  作者: 利苗 誓
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第2話 バイト店員失格


「えぇ~、では次の資料を説明します」


 俺たちは講義室に到着し、一番後方の席で教授の話を聞いていた。映像学の歴史だかなんだか、一度もまともに聞いたことがないので話が一向に頭に入ってこない。教授はただひたすら黒板に向かって話している。

 あの教授も人生をただ無為に、死ぬためだけに生きている、平凡な人間なんだろう。

 講義内容が分からなかったので、飽きた俺はスマホをいじり始めた。一番後ろの席にいるので、ここで何をしていても教授には見えない。隣にいる山田もスマホをいじっている。が、小田は少し違った。


「……」


 鹿爪らしい顔で教授の話を聞き、資料に目を通している。


「おいおい~、佑大、ちょっと意識高いんじゃないか~い?」


 俺はにやにやと笑いながら小田に肘鉄砲を喰らわせる。小田は俺に苦笑を向けてから、また講義を聞きだした。

 就職してから映像学の歴史を使うわけでもないのに、一体こいつはどうしてこんなに真面目に聞いているんだろうか。俺は胸の奥にもやもやとした苛立ちを抱えながら、講義中もずっとスマホとにらめっこをしていた。


 講義が終わり、小田たちと別れた俺は、バイトに向かっていた。連日連夜続いた新入生歓迎会のために十万円ほど使い込み、加えて新歓合宿や飲み会もここ最近続いたせいで金欠だったので、少しバイトのシフトを増やしてもらった。


「久しぶり、花蓮ちゃん」

「あ、久しぶり~」


 大学一回生の頃から続けているコンビニのバイト。俺はそそくさと着替え、タイムカードを切った。働くのが面倒なので、椅子に座ってのんびりとする。

 大学にいる時とは違って、おちゃらけた言動は慎む。その場によって自分のキャラを変えるのは、人生を楽しく生きるコツだろう。自我や思想なんて面倒なものは持ち込まない。


「ちょっとぉ~、生島君、早く働いてよぉ~」

「いや~、面倒くさくて。それにまだ仕事時間じゃないでしょ~。花蓮ちゃん、僕の代わりに働いてくれないかい?」

「嫌だよ~」


 ほらほら、と花蓮ちゃんは俺の背中を押し、掃除用具入れに向かわせる。


「いや~、最近僕ちょっと肩凝ってるから上がらないんだよね。だから掃除出来ないかもしれないよ」

「え~、もう~。仕方ないなぁ~」


 俺の言い訳を聞いた花蓮ちゃんは背後に回り、俺の肩を持った。


「しょうがないから私が肩揉んであげるよ~」

「ありがたいねぇ」


 俺は花蓮ちゃんの豊満な胸部を背中に感じながら、そのまま顔だけを後方に向けた。


「もっと強く揉んでくれないかなぁ」

「きゃっ! ちょっ、ちょっと! 突然こっち向かないでよ~」


 俺が顔だけを動かしたので、頭部に花蓮ちゃんの胸を感じる。悪くないね。花蓮ちゃんは顔を赤くしてそのまま肩を揉む。


「はいっ! じゃあこれで終わり! 肩揉んだんだから頑張ってよ、生島君!」

「はいはい」


 花蓮ちゃんは俺の背中を軽く叩き、押した。

 そのまま流れるようにして俺は掃除用具を取り出し、適当に店内を掃除し始めた。バイトなんて、真面目にやっても真面目にやらなくても、貰える賃金は変わらない。なら、真面目にやらない方がどう考えたって効率的に決まってる。


「ほら、掃除早く終わらせてよ、遅いよ~!」

「まぁ待ちなよ」


 花蓮ちゃんは両手を振りながら俺がレジに入るのを待つ。客もいないのに急かすなよ。都市部という訳ではないので客は少なく、店長も常に店内にいない。サボっていてもバレない、割のいいバイトだ。

 俺は掃除を適当に終わらし、レジに入った。


「ようやく帰って来たよ」

「ようやく帰って来たよ、じゃないよ! じゃあ私商品の補充あるか見てくるからレジ頼むね?」

「はいは~い」


 花蓮ちゃんはそう言うと、店内を猛スピードで走り出した。商品を補充したり廃棄したりは、大体花蓮ちゃんに任せている。どうしてそこまでただのバイトに真剣になれるんだろう。いつ来ても花蓮ちゃんはシフトに入っているということから考えると、花蓮ちゃんも飲み会で大枚をはたいているのかもしれない。

 暫く花蓮ちゃんが働く様子を眺めてから、俺は声をかけた。


「あ、花蓮ちゃ~ん、終わった?」

「後ちょっと~」

「じゃあ僕はウォークインに行くからバックにはけるね~。誰か来たらレジよろしく~」

「は~い」


 俺はレジを抜け、飲み物の在庫が入っている冷蔵室に入り、適当に飲料水を補充した。その後、冷蔵室から出た俺は在庫にあった漫画を手に取り、読み始めた。

 レジで客の対応をするのが面倒だったので、漫画を読んで時間を潰す。俺が考えた、バイトの時間の潰し方だ。俺は今日も出来るだけ苦労せずに、バイトを終わらせたい。


 暫く漫画を読みふけり、そろそろいい頃合いだろうと思ってレジに戻ってみれば、やはり客は一人もいなかった。相も変わらず人気のないコンビニだ。店長すら滅多に顔を出さないのがうなずける。花蓮ちゃんはレジに戻る俺の顔を見て、手を振った。


「あ、お疲れ~生島君。どうだった?」

「いやぁ、凄い寒かったね。体が冷えたよ」

「あ、そうなんだ。えっと……どのくらい?」


 花蓮ちゃんは俺に歩み寄り、俺の手を握った。


「わっ、冷た~! 大変だったね、生島君」


 そして、なまめかしく、わざとらしく、首をかしげる。妖艶とでもいった方が良いのだろうか。俺がウォークインから帰ってくるたびにこうして手を握って来るから、レジに戻る前にいつも適当に冷蔵室で手を冷やしている。


「おぉ!? 今の俺は冷たいよ~!」

「ちょ、止めてよぉ~」


 冷え切った手で、花蓮ちゃんの手を握る。


「こんなところまで~」

「きゃっ、ちょ、止めてってばぁ~!」


 わずかに開いた隙間から背中に手を当て、体温を吸収する。花蓮ちゃんは少し怒ったように、背中をさすった。


「もう、セクハラ!」

「へへへ、セクハラおじさんだぞ~」

「ちょ、駄目だってぇ~」


 手をわきわきと細かく動かしながら花蓮ちゃんに詰め寄る。

 

 お前も、こういう俺を望んでいるんだろう。求められた性格さえ演じていれば、彼女くらいは簡単に出来る。大学に入ってから適当な女と付き合っては適当に別れてを繰り返してきたし、これからもそうする。花蓮ちゃんと付き合って別れたなら、今のバイトを辞めて次の女を探しにバイトを転々とする。


 大学生って、そういうもんだろ?


「ねぇ、なんか生島くん悪い顔してない?」

「……ん?」


 一人、思考の世界にひたっていると、花蓮ちゃんから声をかけられた。


「いやぁ、ちょっと花蓮ちゃんの裸を妄想しててね」

「最低~! 変態!」


 笑いながら、花蓮ちゃんは俺の肩をぺしぺしと叩く。


「あはははは、僕は変態なのさ」


 俺は適当に花蓮ちゃんをいなしながら、その日も適当にバイトを流した。



「じゃあお疲れ様です」

「お疲れ様で~す」


 コンビニの面倒な勤務時間も終わり、俺たちは帰途についていた。次のシフトの人に挨拶をして、花蓮ちゃんと一緒にコンビニを出た。


「じゃあ生島君、お疲れ~」


 出口で、花蓮ちゃんが俺に手を振る。俺は手を振り返さず、花蓮ちゃんに詰め寄った。


「花蓮ちゃん今度一緒にどこか飲みに行かないかい?」

「……え?」


 当面の目標として次の彼女を作ろうと思っている俺は、花蓮ちゃんを誘った。


「え~っと、どうしよっかなぁ~」


 花蓮ちゃんは顔を赤くして、もぞもぞと手を動かす。

楽しい大学生活を送る上で彼女という存在は必要不可欠だろう。取り敢えず、誰でもいいから彼女が欲しい。バイト仲間でなら別れてもサークル活動に支障はない。


「どうしよう~」


 にこにこして返答を待っているが、花蓮ちゃんは顔を赤くして伏し目がちに何度も呟く。迷っているような雰囲気を出しながら、ちらちらと俺の方を見てくる。脈無しだったのかな?


「う~ん……嫌ならじゃあいいよ! ごめんね、迷惑だったよね。一回一緒に飲んでみたい気分なだけだったからさ! じゃあばいばい花蓮ちゃん!」

「え……ちょ、ちょっと待ってよ!」


 帰ろうとした俺の手を、花蓮ちゃんが掴んだ。どういうことだ。


「えーっと……いいよ、一緒に行こう!」


 顔を赤くして、俺に詰め寄って来る。ああ、そういうこと。迷ってるふりをしてもっと言い寄られたかったのね。面倒くさい女だ。


「え、いいの!? ありがとう、花蓮ちゃんはいい子だね~」


 だがおくびにも出さず、恐らくは求められているであろう態度を気取り、大仰に感情を表現しておいた。


「う……うん、じゃあまた連絡するね!」

「おっけー、じゃあまたね~」

「またね~」


 どうにかこうにか飲みの予定を取り付けた俺はにこやかに花蓮ちゃんを送った。どいつもこいつも、単純で馬鹿な奴らばかりだ。


 花蓮ちゃんの後姿が見えなくなった後、俺は冷えた目で帰途についた。






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