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学生失格  作者: 利苗 誓
21/22

第20話 学生失格



 後日――


「ついに出来ました」

「ああ、出来たねえ」

「案外早かったわね」


 俺と紗子ちゃんと宮戸はいつもの会議場所で、新調されたノートパソコンをのぞき込んでいた。ついに出来上がったゲーム画面を見て、俺たちは満足そうに笑った。 

 一応プロトタイプらしい。まだ完全な完成版ではないが、人前に出して恥ずかしくない程にプレイできるようにはなっている。

 かちかち、とゲームを進めてみる。特段、目につくような粗も見られない。


「おお~」


 いかにもゲームといった画面に、俺は少し嬉しくなる。俺一人の力で完成させたものでもないし、そもそも俺は絵を描いただけだからこのゲームの大半は紗子ちゃんと宮戸で作ったと言っても過言ではないけど、今までに感じたことのない手ごたえだとかそういうものを感じる。


「で、紗子ちゃんこのゲームどうするの?」

「え、ど、どうする……?」


 紗子ちゃんは戸惑った。


「どうすると言われましても、特にどうするとも決めてないんですけど……」

「ほら、イベントで売るとかさ、ゲーム会社に持っていくとかさ、アプリとして出して売るとかネットにあげてバズらせるとかさ、色々あると思うよ」

「そ、そうですね……ま、まだ未定ですかね……」


 紗子ちゃんは頬をかく。


「今はゲームが出来たことが本当に嬉しくて何も考えられないです」


 えへへ、と不器用に笑った。ああ。なんて。愛らしい。


「良かったわね」

「はい、ありがとうございます!」


 宮戸の言葉に紗子ちゃんがしゃきっとする。


「ありがとうございます、生島さん! 宮戸さん! お二人のおかげで私はゲームを作ることができました! 最初は一人でゲーム作ってて全然面白くないかもしれない……とか本当に作れるのかな……とか思ってたんですけど、お二人が力を貸してくれたのでとてもいい物が作れました! ありがとうございます、ありがとうございます!」


 宮戸と俺の手を強く握った。


「あの、なんだっけ、エンディングのスペシャルサンクスとかに僕の名前とか書いてよ」

「も、もちろんですよ!」

「じゃあ私も頼むわ」

「当たり前です!」


 興奮して、俺の手を握る力が強くなる。


「じゃあもうちょっとこのゲームやってみてもいいかい?」

「はい! ご自由に!」


 俺は俺たちで作ったゲームを噛みしめるようにプレイした。


「ん……」


 パソコンが動かなくなった。


「紗子ちゃん、動かなくなったよ」

「まあそういうこともあります。ご機嫌斜めなのかもしれないです」

「叩いたら直るんじゃないかな?」


 俺は片手をあげた。


「止めてよ、叩いて直るわけないじゃん! 馬鹿なの!? ちょっと待ってあげてよ!」


 紗子ちゃんは俺からむしりとるようにしてパソコンを奪った。


「え、いや、さすがに僕も冗談のつもりだったんだけど……」


 紗子ちゃんは守るようにしてノートパソコンを抱える。


「え、あ、その……」


 かあっ、っと紗子ちゃんの顔が赤くなる。


「生島くんならやりかねないわね」

「は、はい、私もそう思いました……」

「えぇ!? 二人ともひどいね。僕はさすがにそこまで物知らずじゃないよ!」

「ふふ……」

「あはは」


 宮戸と紗子ちゃんが含み笑いをする。俺はまたいつものように道化を気取って周囲を楽しませる。それでも、今は本当に楽しい道化だった。


「いやあ、僕の信頼も地に落ちたものだよ」


 俺は今までで一番楽しい時間を過ごしていた。紗子ちゃんと、宮戸と出会えて良かった。






 それから数日が経った。


「ふう」


 俺は食堂に来ていた。今回は宮戸を待ち伏せている訳でもなく、紗子ちゃんとたまたま会うことを狙っている訳ではなく、単に食事に来た。サークルには依然としてあまり行けていない。講義に行くため、階段を降りる。


「あ」


 階下に、紗子ちゃんがいた。紗子ちゃんも俺に気付き、ふりふりと手を振っている。そして何を思ったのか、パソコンバッグのポケットから数枚の紙を取り出していた。


「ボツになったやつ……?」


 紗子ちゃんが取り出した紙には、ボツになったキャラクターが描かれていた。俺が描いたやつだ。没になったキャラクターで次の新作ゲームを作りたいと、そういうことなのだろうか。相変わらずキャラへの愛が強い。


「さえ――」

「あれえ、昂輝じゃん?」


 俺が紗子ちゃんに声をかけようとした瞬間、後方から声を掛けられた。


「食堂まで来たなら寄ったら良かったのに。何してんの、昂輝こんなところで」

「昂輝お前サークル来いよ~」

「あ、昂輝」


 安藤たちサークルの同期が、階段を下りてきていた。


「あ……」


 途端に体が固まる。どうすればいい。安藤たちを前にして思考が固まる。

こいつらを無視して紗子ちゃんの所に行くべきか、紗子ちゃんを無視してこいつらの下に行くべきか。


「……」


 答えが出るまでに、そう時間はかからなかった。


 俺は、安藤たちの下へと足を向けた。

 以前も同じような状況があったが、紗子ちゃんは俺が無視をしても道理だ、と許してくれた。だが、安藤たちならそうはいかない。紗子ちゃんと一緒にいるところを見られたらお前の友達あんなやつだったのかよ、だとか陰キャが友達とか気持ち悪い、だとか言われるに違いない。

 結局俺は、また楽な道へと逃げた。何かに必死になって人に嗤われるよりも、何かに必死になる人間を嗤う方へと、逃げた。

 人間は弱い生き物だ。放っておけば必ず楽な道へと逃げる。そして俺も、その一人だ。


「昂輝ぃ、どっか行こうぜぇ?」

「賛成ぇーーー! 男気やってよ、男気」

「男気やるほどの人数じゃねぇだろ!」


 山田の言葉に安藤が笑う。俺たちは五人横に並んだ。後ろにいる人は俺たちが壁になって前に進めないだろうが、こいつらにはそんなことは関係ない。自分が今良ければそれでいい。他人の迷惑なんて二の次だ。


「うわ、あの子前もいなかった?」

「マジじゃん」


 紗子ちゃんが俯き、じっとその場で立ち止まっている。俺が以前紗子ちゃんを無視してしまったから、紗子ちゃんが俺のことを思って俺に視線を向けないでいる。私とあなたは無関係ですよ、とそう示すように、紗子ちゃんは必死で地面に視線を向け、じっとしている。


「お前あんなのに好かれてんじゃねぇの? マジ草」


 紗子ちゃんを対象に、安藤を筆頭に陰口が交わされる。いや、対峙している今、これは陰口ですらない。


「うわ、見て昂輝。なんか気持ち悪い絵描かれた紙持ってんだけど」

「本当だ、気持ち悪~い」

「きっしょく悪ぃ。気分悪ぃわ。なあ昂輝?」


 安藤が俺に同意を求めてくる。俺はあはは、そうだねえ、と乾いた笑いで返すことしか出来ない。

 横に広がった安藤たちが階段を降り切った。すぐ近くに紗子ちゃんがいる。そして――


「……ちっ」


 安藤が紗子ちゃんとぶつかった。


 それは、故意にやったことではなかったかもしれない。安藤の動線のその先に、紗子ちゃんがいた。陰キャだ、オタクだ、と嘲笑している安藤が、紗子ちゃんを避ける道理もなかった。俺と目を合わせないように、と下を向いている紗子ちゃんが安藤を避けられるはずもなかった。紗子ちゃんが自発的に避けるだろう、と決めてかかった安藤のせいで、紗子ちゃんとぶつかった。


「あっ…………」


 図体のでかい安藤にぶつかられた紗子ちゃんは、いとも容易によろけ、転んだ。ガシャン、とパソコンが地面とぶつかる音がその場に響いた。手に持っていた大量のラフ画がその場に散らばっていく。


「うわ……」

「だっさ……」


 くすくすと、花木と山田が嗤う。紗子ちゃんは、動かない。

 暫くして、紗子ちゃんはよろよろと膝をついて、頬を拭った。泣いているのかも、しれない。


「じゃあ酒買ってラクワン行こうべ?」

「いや、まだ講義あるから代筆行かないといけないし」

「講義の一回や二回くらい出なくても問題ねぇだろ~?」

「そうだよね」


 その場に散らばったラフ画をよろよろと拾う。一枚一枚、丁寧に、拾う。パソコンは無事だろうか。凄い音がした。もしかすると壊れているかもしれない。


「今日、宅飲みしない?」

「いや、ラクワンだろ」

「じゃあどっちもやればよくない?」

「ありよりのあり」

「ウケる」


 ラフ画をぎゅっと胸の前で抱きしめて、何度も頬を拭う。涙が、流れ落ちている。下唇を噛んでぷるぷると震えている。くすくすと、紗子ちゃんの周りの人間が嗤っている。


「にしてもさっきの女ヤバくなかった? こけてたよね。クソ笑えるんだけど」

「ほんそれ。あいつ俺とぶつかりやがった。ちょっとは前見ろよ。だから嫌いなんだよ、ああいうオタク」


 安藤に歩幅を合わせることで、紗子ちゃんがどんどんと遠くなる。俺のせいだ。俺のせいで紗子ちゃんが俺から目を離そうとして俯いた。そのせいで転んで、嗤われた。


「どうするよ、あんなの綾の友達だったら」

「えぇ~、止めてよ。本当気持ち悪い」

「だよなあ」


 がはは、と安藤が嗤う。


「ああいうオタク見てると虫唾が走るんだよな」

「私も」

「ああいう陰キャ絶対友達いないよね」


 山田が嗤う。


「本当、死ねばいいのに」


 安藤が、言った。

 死ねばいいのに。


「黙れよ」

「……え?」


 気付けば、俺は口に出していた。

 心の底に渦巻いたドス黒い澱が、俺の心の蓋を破って漏れ出てくる。


「黙れよ、って言ってんだよ」

「え、なに昂輝、どしたの?」


 花木が声をかけてくる。


「聞こえねえのかよ。黙れって言ってんだよ。お前ら何様のつもりだよ」


 安藤たちが立ち止まった。


「は? なんだよ昂輝、お前あんなのの肩持つのかよ? マジありえねぇんだけど」

「何があり得ねぇんっだよ。言ってみろよ。何があり得ねぇんだよ」

「いや、お前あんなオタク好きなわけ?」

「好きとか嫌いとかいう話じゃねぇだろうが。謝れよ」

「は。俺が?」

「お前らに決まってるだろうが。謝れって言ってんだよ!」


 叫ぶ。心の蓋が、破れた。


「何も努力してねぇお前らがあの子を馬鹿にできる権利なんて持ってねぇだろうが! 何も持ってねぇお前らがあの子を悪く言う権利なんてねぇだろうが! 何様のつもりなんだよお前ら! 一番気色悪いのはお前らだろうが!」


 怨嗟が、迷いが、呪詛が、恐れが、悔悟が、自責が、こみ上げてくる。


「あの子が必死になって頑張って作った物があん中に詰まってんだよ! 何にも努力出来ねえお前らがあの子の夢の邪魔する権利なんてねぇだろうが! あの子が必死に頑張って作った物をお前らが壊す権利なんて持ってねぇだろうが! 人にぶつかっといて笑ってんじゃねぇよ! 嗤われるべきなのはお前らだろうが!」


 安藤達が眉を顰める。一度こみ上げたものは、どうしても止まらなかった。紗子ちゃんの夢を馬鹿にする安藤たちが、どうしても許せなかった。


「お前らは人を馬鹿に出来るほど偉いのかよ! 人を馬鹿にできるほど何かに打ち込んだことなんてねぇだろうが! 手前の醜い心から目を逸らして他人に押し付けてんじゃねぇよ! 人を馬鹿にする権利なんて手前らが持ってる訳ねぇだろうが!」

「なんなんだよ、うっせぇんだよ!」


 安藤が、叫んだ。


「オタクにオタクっつって何が悪ぃんだよ! 陰キャに陰キャっつって何が悪ぃんだよ!」 

「ほ、ほんとそれ! 大体私もカメラとか持ってるし、頑張ってない訳じゃないし!」


 一歩引いていた花木が、安藤の肩を持つようにして言う。


「お前は違うだろ、お前は写真を撮ることが好きなわけじゃねぇだろうが! お前が好きなのは写真を撮る自分だろ! カメラを持ってる、人と違う自分が好きなだけだけだろうが! 今まで何も努力してこなかった人間が何者かになれたと錯覚してんじゃねぇよ! 何も持ってない無個性の手前らが自分を慰めるために買っただけだろうが! カメラを買ったくらいで他人と違う自分になった気がして酔ってただけだろうが! なんで努力しようとしてねぇんだよ! なんで買っただけで何者かになれたような気になってんだよ!」

「そ、そんな、ちがう、し……」 


 花木がどもりながら、言った。


「ちょ、昂輝さっきから何なの。私らそんなに変な事言ってないし。あんたおかしいんじゃないの。ちゃんと言葉交わしてくれない?」

「言葉を交わしてねぇのはお前らだろうが」


 一歩踏み込んで来た山田を、嘲笑う。


「なんだよ、変なこと言ってないし、ってよ。なんだよ、あんたおかしいんじゃないの、ってよ。お前らの価値観を勝手に俺に押し付けてきてるだけだろうが。お前らが求めてんのは対話じゃねぇだろ。同意だろうが。小田の時も同じことしただろうが」

「なんでここで佑大の名前が出てくるの」


 引き攣った顔で、花木が言う。


「なに自分は会話しようとしてるのに相手がおかしいこと言ってます、みたいな空気出してんだよ。会話をしたいだとかもっともらしい理由を免罪符にして自分の正しさを認めさせようとしてるだけだろうが。自分の価値観を分からないお前がおかしいと認めさせようとしてるだけだろうが。自分の価値観を押し付けたいだけの手前が被害者ぶってんじゃねえよ」

「そんなことないし……」

「お前はさっきから同じことしか言ってねぇじゃねぇか! 会話をしてねぇのはどっちなんだよ! 自分を持ってねぇのはどっちなんだよ! 手前らのものさしで他人を測ってんじゃねぇよ! 内輪の中で偉ぶって人を見下せるような気になってんじゃねぇよ!」


 安藤が舌打ちし、俺に突っかかって来た。


「あんな根暗な奴ら嗤われて当然だろうが! 世界の底辺はあいつらだろうが! 俺のどこがあんなやつらに負けてんだよ!」


 紗子ちゃんを悪く言う言葉全てが、愚かしい。


「じゃあ言ってみろよ」


 安藤に詰め寄った。


「言えよ。お前は何を頑張って何を夢見て何を努力してきたんだよ」

「…………」


 安藤が言葉に詰まる。


「ねぇんだろ。ねぇんだろうが! そうやって努力することから目を背けて遊びに逃げて来たからこんなことになってんだろうが! 分かったようなつもりになってんじゃねぇよ! お前らはずっと人の作った物に乗っかって自分が偉くなったような気になってただけだろうが! 人の夢壊して良い気になってんじゃねぇよ! 何も持ってねぇ自分の責任を他人に求めてんじゃねぇよ! お前らは自分の責任から逃げてるだけだろうが!」


 安藤に、山田に、花木に言う。


「ち、違うから。そんなの友達がいないことを正当化しようとしてるだけだし。あんな女の方が私らよりよっぽど駄目なの当り前だから!」

「ほんそれ。友達もいないくせに良い気になんなよ」


 意味分かんねえ。


「友達がいないといけねぇのかよ! お前らがそれを裁断する権利なんて持ってんのかよ! 自分には何の取柄もねぇくせに群れになって批判してんじゃねぇぞ! 他人の非難に乗っかって批判してんじゃねぇぞ! 群れることでしか自分の意見を言えねぇような奴が適当な理由こじつけてんじゃねぇよ! 正義ぶった顔して人を断罪してんじゃねぇよ! 人を扱き下ろす風潮に同調してるだけだろうが! それがお前らの信奉する正義なのかよ! 何の力もねぇくせに他人を扱き下ろす時だけ一緒になってへらへら笑ってんじゃねぇよ! 俺はお前らみたいな人間が大っ嫌いなんだよ!」

「……」

「……」

「……」


 気付けば、全て言っていた。

 心の底にあった澱も、膿も、言いしれない醜い感情も、すべて出し切っていた。自分と向き合わずにずっとしまい込んでいた感情を、ずっと向き合ってこなかった自分の心を、全て、吐き出した。

 安藤たちを見る。安藤たちは、ゴミを見るような目で俺を見ていた。まるで理解できないといった表情で、俺を見ていた。


「……」


 俺は無言で安藤たちの下を去った。安藤も山田も花木も、何も言わなかった。俺は今までもずっとあいつらのやってることが嫌だった。夢を追いかける人間を嘲笑して自分が偉くなったような気になっているようなあいつらが、ずっと嫌いだった。そんなあいつらに交じることで、俺は偉くなったような気になれた。まるで世界が俺たちのためだけに動いているような、万能感と全能感が、あった。

 人の夢を壊してせせら笑って、頑張る人間を見下して、自分たちは何の努力もせずにただただ遊んで、過ごしていた。そんな、人の夢を嗤うような資格があるわけもないのに、俺たちは嗤っていた。嗤うことでしか自分の行為を正当化することが出来なかった。遊びに興じる自分たちを正当化するには、努力する人間を馬鹿にするしかなかった。たとえそれが間違ったことだとしても、俺たちは自分と向き合わなかった。

 全てが全て、俺が選んだ道だった。自分の弱さと向き合えない俺が犯してしまった間違いだった。


「紗子ちゃん」

「……あ、生島さん」


 紗子ちゃんが目を拭う。


「紗子ちゃん、手伝うよ」

「すみません、ありがとうございます……」


 俺は散らばったラフ画を一緒に集めた。紗子ちゃんは俺と安藤たちのやり取りを見ていたんだろうか。俺の弱さを、愚かさを、醜さを、絶望を、滑稽な俺自身を、見ていたんだろうか。紗子ちゃんの下から十分に離れた距離でのことだった。意識的に聞こうとしても聞こえない距離だったのかもしれない。けれど、安藤たちと大学構内のど真ん中で起こした騒ぎは、決して小さいものではなかった。周りに人も十分なくらいにいた。

 俺と紗子ちゃんはラフ画を全て集め終わった。


「紗子ちゃん、ごめん……」

「どうして生島さんが謝るんですか」


 沈黙が、とても重くのしかかる。まるで見えない鉛の空気に飲まれそうになる。肩が重い。胸が苦しい。視界がぼやける。これが、自分と向き合うってことなのかもしれない。


「パソコン、壊れてないかい?」

「あ、はい。大丈夫でした。いいパソコンケース買ったんで壊れてませんでした。データも飛んでなかったですし、大丈夫です」

「良かった……」


 こんなことで紗子ちゃんが一生懸命頑張った結晶が無残に壊れてしまったら、俺は紗子ちゃんに一生合わす顔がない。


「大丈夫ですよ、壊れてもパソコンはまた直したら済みますし、データもちゃんとバックアップ取ってますし。生島さんが気にすることじゃないですよ」

「……そうだね」


 紗子ちゃんは俺を慰めようと、頬を緩めた。データのバックアップがあったのか。そりゃ、そうだよな。紗子ちゃんと作ったゲームが壊れてしまうだとかなくなってしまうだとかそんな理由でもなく、俺はただ単純に、紗子ちゃんを貶めるあいつらが許せなかっただけなのかもしれない。その切っ掛けが、紗子ちゃんに直接的な危害を加えたことだったのかもしれない。

 安藤たちが起こしたあの事件も、謝って済むような問題じゃないし、何より安藤たちの悪意に乗っ掛かった自分も、事件を引き起こした一端を担っている。あいつらと一緒になって紗子ちゃんを嗤って、見下して、悪意で危害を加えさせた。


「紗子ちゃん、今度また集まってくれないかな?」

「……もちろんです」


 パソコンを抱えたまま、紗子ちゃんは破顔した。

 そのあどけない笑顔が、俺を責め立てているようにしか、見えなかった。





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