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学生失格  作者: 利苗 誓
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第19話 デート失格



「ところでさっきから沢山パソコン見て回ってるけどさ、パソコンによってそんなに違うものなのかい?」

「それは勿論違いますよ!」


 左手側のノートパソコンに手を向けた。


「これ見て下さい」


 紗子ちゃんが言う。見てみると、パソコンの性能比較が記載されていた。というか、見てもよく分からない。紗子ちゃんが簡単な説明をしてくれた。


「CPUはパソコンの頭脳にあたるものです。CPUの性能が高いとデータの処理能力が上がります。メモリはいわゆる作業机の広さです。RAMともいいます。これは8GBですね。これが大きくなればなるほど処理能力が上がります。ストレージは内部に保存できるデータの容量のことですね。ROMともいいます」

「ほうほう」


 今度の説明は中々分かり易かった。


「私は一応そこら辺の性能を見てます」

「あとネットレビュー?」

「ふふ、そうですね」


 俺の言葉に紗子ちゃんが少し笑った。そしてあるノートパソコンの前で立ち止まった。


「そう言えば紗子ちゃんはどうしてノートパソコンが良いんだい? ゲーム作りを色んな所でやりたいからなのかい?」

「いえ、それは、その、どっちかって言うとほとんど家で作ってるんですけど……」


 所々ドモる。たどたどしく喋る。俺には言えない何かがあるんだろうか。


「生島さんも宮戸さんもいますし、やっぱりまだそのゲーム作りの関係性を断ち切りたくないな、とか思ってノートパソコンに……」


 ぼそぼそと言う。ああ。なるほど。

 現状、ゲーム作りの会議は外でしている。その時に紗子ちゃんが持って来たノートパソコンを見てああだこうだと話している。その状況でデスクトップパソコンなんて買ってしまえば俺と宮戸との繋がりが消えてしまうと、そう思っているんだろう。現状ゲーム作りという一点でしか繋がっていないこの関係性が崩壊すると、そう思っているんだろう。だから途端に訥々と喋り出したわけだ。


「いや、紗子ちゃんが欲しい方を買えばいいと思うよ。紗子ちゃんのためにも、僕のためにもね」


 なだめるように、そう言った。


「でも……」


 だが、中々決心がつかない。また一人でゲームを作るという状況に戻りたくないんだろうか。


「いえ、いいです。私はノートパソコンを買います。私が、買いたいんです」


 少しして、決意を持ってそう言った。紗子ちゃんに買わせてるみたいで嫌な気分だ。


「それに、どちらにしてもデスクトップも欲しいんで、またデスクトップの方も買いますし」


 にこ、と笑った。相変わらず紗子ちゃんは自分のことだけを考えない。いつもいつも、俺を気遣うような発言をする。そんな風に人に気を遣って生きて息苦しくないんだろうか。いつか、俺にも全く気を遣わないようになってほしい。自分の欲求を押し殺して相手の要求に添うようになってほしくない。

 でも、今はもう何を言ってもノートパソコンを買うだろう。

 

 そうやって俺は自分に非がないように取り繕う。自己保身の為に俺自身を騙して過ごす。俺はつくづく、駄目な奴だ。




 紗子ちゃんはノートパソコンを買った。


「あの、も少し……いいですか?」

「ん、いいよいいよ」


 パソコンを重そうに持っている。


「持ってあげるよ」

「え、いや、あの、申し訳ないんで……」

「ん~……」


 どうしようか。このまま半ば強引に俺がパソコンを持っても良いけど、それは本当に紗子ちゃんのためになるんだろうか。それで紗子ちゃんは喜ぶんだろうか。

 紗子ちゃんはパソコンに詳しいけど、俺は詳しくない。持ち運んでいる過程で俺が雑に扱ってしまって壊してしまうかもしれない。あるいは俺がパソコンを持ったまま、紗子ちゃんの前から立ち去って二度と姿を現さなくなるかもしれない。もしかしたら紗子ちゃんはそう考えているかもしれない。

 なにより、俺が紗子ちゃんなら、俺みたいな人間は信用できない。

 なら、折衷案を取る。


「じゃあ紗子ちゃん、二人で持とうか?」

「ええぇぇっ!?」


 聞いたことのないような声が聞こえた気がした。


「僕が持ってもいいんだけど、僕が持ち逃げする、とか壊す、とか思われてるかもしれないからね。折衷案だよ」

「そんなことないで……す」


 しりすぼみに行った。


「やっぱりそんなことあります。持ち逃げは考えてないです! でも壊しかねない所が生島さんにはあると思ってしまいました……」


 素直。


「まあまあ仕方ないよね。僕機械には疎くてさ。だからせめてもの助力ってことで、さ」

「ありがとう……ございます」


 何やら複雑な顔をしている。紗子ちゃんが俺を信用していないと、俺が思ってしまったからいけなかったんだろうか。つくづく、俺は何度も何度も紗子ちゃんに気を遣わせるような発言をしてしまうな、と今更にして自省する。俺は安藤といても山田といてもこんな発言を繰り返しているのかもしれない。

 紗子ちゃんは俺の思っている以上に、繊細だ。


「で、どこに行きたいんだい?」

「あ、あそこです」


 紗子ちゃんの指さす方を見てみると、パソコンを入れるためのバッグが沢山陳列されていた。


「パソコンを買ったらやっぱり持ち運びの時のパソコンバッグが欲しいですよね」

「なるほど」


 まあ、道理だろう。俺は紗子ちゃんとパソコンバッグが陳列されている場所へと向かった。また同様にパソコンバッグをうんうんとうなりながら見ている。


「パソコンバッグくらいはほとんど変わりないんじゃないかい?」

「私もパソコンを入れるバッグにどんな違いがあるかよく分からないんですけど、大きいポケットが欲しいな、と思ってて……」

「大きいポケット?」


 バッグの横についているポケットが大きい必要があるんだろうか。


「マウスとか色々入れれるんですけど、今回は生島さんと宮戸さんから貰った絵とシナリオを入れたくて……」

「ああ~」


 今回の買い物は紗子ちゃん自身のためというよりは、ゲーム作りのためという一面が強い。


「私のパソコンバッグって分かるようなデザインのものがいいですね」

「そうだねえ」


 取り違いされても困るだろうからなあ。


「まあ考えることもいっぱいあるし、たっぷり悩んで決めよう」

「ありがとうございます」


 紗子ちゃんはじっくりとパソコンバッグを見ていた。


「じゃあこれにします!」


 悩むこと数分、紗子ちゃんはパソコンバッグを選び、購入した。


「生島さん、付き合ってくれてありがとうございます……!」


 紗子ちゃんは俺に向かって破顔する。


「じゃあ次は生島さんの買い物をしましょう」

「あ、ああ、うん、そうだね」


 正直特に買いたいものもないけれどついて来てしまった。

 結局、俺は適当にイヤホンを購入して、イヤホンが壊れただとか前のイヤホンは機能性がよくなかっただとか適当な理由を付けて店を出た。


「生島さん、今日は本当にありがとうございました」


 店の前で紗子ちゃんが俺に一礼する。


「いやいや、僕も買いたいものが買えて良かったよ」


 そんな物はなかったんだけれど。


「生島さんのおかげで、本当に良い買い物が出来ました。またこの新しいパソコンとパソコンバッグを持ってゲームを作りたいと思います」

「うんうん、いい心がけだ」

「ふふ」


 軽く茶化すと、片手で口を隠し、目を弓にして笑う。紗子ちゃんは笑ってる時が一番可愛い。


「じゃあ今度また服が買いたくなったらいつでも言っておいでよ。僕もついて行ってあげるよ」

「ありがとうございます……!」


 紗子ちゃんはまた、深々とお辞儀をした。


「じゃあまたね、紗子ちゃん」

「……はい」


 別れの挨拶をすると、紗子ちゃんはまた少し悲しそうな顔をした。そんな顔をされても仕方がない。それに、パソコンなんて高価なものを持っている時にどこか遊びになんて行けないだろう。


「あ」


 紗子ちゃんが言っていたことをふと、思いだした。


「紗子ちゃん、今度ラクノウワンに行かないかい? ゲームセンターでもいいんだけど」

「ゲームセンター……ですか?」


 紗子ちゃんはきょとんとする。


「そそ。紗子ちゃん、明らかに自分のパソコンバッグって分かるのがいいんだよね。じゃあゲームセンターとかでキーホルダーとか取りに行かないかい? その後で服とか買いに行こうか」

「え、い、良いんですか!?」


 紗子ちゃんは興奮して俺に詰め寄って来る。パソコンが好きなら多分だけどゲームセンターも好きだろう。こんな提案をしているけれど、今俺の鞄の中には、ひよこのキーホルダーがある。山田のために取ったひよこのキーホルダーが鞄の中に入っている。これを紗子ちゃんに渡せば済む話だろうが、そうはしたくない。

 山田の為に取ったこれを紗子ちゃんに渡したくない。こんな風に薄汚れたキーホルダーを渡すんじゃなくて、俺と紗子ちゃんの思い出だけで取った、キーホルダーが欲しい。紗子ちゃんを落とすためだけに、そんなことをしたくない。


「じゃあまた今度日取りしようか」

「は、はい!」


 紗子ちゃんは鞄の中身が落ちそうなほどに、深々とお辞儀した。


「じゃあ紗子ちゃん、ばいばい」

「はい、ありがとうございます!」


 俺は紗子ちゃんとデートの約束を取り付けた。

 再三深く一礼する紗子ちゃんに手を振り、俺は帰途についた。本当に、充実した一日だった。





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