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学生失格  作者: 利苗 誓
18/22

第17話 部員失格



 宮戸と出会ってまた翌週の同日。 

 俺は例によって、食堂で張り込んでいた。相も変わらず劇的なオーラを出しながら歩く宮戸が、そこにいた。


「あ、宮戸ちゃん、お久しぶりだね~」

「消え失せて」


 開幕早々激烈な一言。


「そんなあ。全く宮戸ちゃんはつれないなあ。今日はどうしたんだい、こんなところで?」

「図ったわね」


 その通り。


「私がいつもここに来るからあなたも張り込んでるんでしょう。忌々しい……」

「忌々しいって」


 からからと笑う。


「いやあ、実は僕、今日宮戸さんにお願いがあって来たんだあ」

「何」

「これ!」


 俺をよそに席に着く宮戸の眼前に、『デートプランを考える』と書かれた紙を突きつけた。


「いやあ、僕どうにもウブだからさあ。デートプランとか考えられなくて。ということで宮戸ちゃん、僕と一緒にこの課題を考えてくれないかい?」

「十二回死んで」

「ええ~十二回も? 一回くらいサービスしてくれない?」

「十三回死んで」

「サービスの方向性が真逆~」


 宮戸を指さし、細かく動かす。


「ところで宮戸ちゃん、シナリオ出来たかい?」

「それが本題ね」


 宮戸は持っていた箸を止めた。


「そうそう。大まかに出来たなら先に描いておきたいから見せてくれないかなあ、と」

「そう……」


 俺たちは前のゲーム制作会議から何度も会議を重ねていた。宮戸は自分の書いたシナリオを持ってきてくれたし、紗子ちゃんはそれに合わせてプログラムをどんどんと進めていた。そして俺も紗子ちゃんと宮戸の意識をすり合わせて色んな絵を描いていた。最近サークルに行けていない理由の大半も、絵を描いているからだった。

 だが、依然として宮戸のシナリオは最後までたどり着いていないし、紗子ちゃんも意味が分からないバグが発生した、と嘆いていた。俺だけが手すきになってしまっていた。


「一応最後まで書けたけれど、どれを採用するかは紗子次第よ」


 いつの間に宮戸は紗子ちゃんを紗子呼びするようになったんだろう。


「分かってる分かってるって」

「先にあなたに渡してどうするつもり?」

「ん? う~ん、一応どういうのを描こうか考えようかなあ、と」

「へえ」


 試すように、宮戸が見てくる。ちらちらと見える首元が艶めかしい。


「まあいいわ。じゃあ渡してあげる」


 宮戸は鞄から大量の紙を出した。


「これ」

「ええ!?」

「これ全部シナリオよ」

「こんなに……?」


 およそ想像の何倍も量がある。というか、毎日持ち歩いているのか、こいつは。


「好きなだけ読みなさい。どのシナリオを採用するかはまたすり合わせるけれど」

「分かったよ、いやあ助かるなあ」


 俺は宮戸の渡したシナリオを貰った。取り敢えずこのシナリオに登場してくるキャラクターのラフ画とプロットくらい描いておきたい。おそらく書いたものの殆どは無駄になるだろうけど、俺が描いたという事実は消えないし俺を裏切らない。

 それに。

 最近は、絵を描くのがとても楽しい。


「いやあ、助かったよ宮戸ちゃん。お礼に僕が考えたデートプランを見せてあげるよ」

「頼んでないわね」


 宮戸の返答も聞かず、俺の書いたデートプランを渡した。

 宮戸ちゃんとショッピングモールに行く。宮戸ちゃんと映画を見に行く。宮戸ちゃんとお昼ご飯を食べる。宮戸ちゃんと……。


「ごみ」


 宮戸は俺に突き返してきた。


「ひどいよ、宮戸さん! 君は創作することに対して寛容じゃあなかったのかい!?」

「私に迷惑をかけるようなものを押し付けてこないで。あなただって自発的に書いたわけじゃないでしょ」

「はあ……。まあいいよ、書き直すから」

「そうしなさい」


 俺は肩を落とし、がっくりとうなだれたたように振舞った。いつになっても、宮戸は俺には落とせない。


「まあ、紗子に見せる前に自分で描いておきたいって衝動は殊勝よ」


 微笑を浮かべながら、宮戸は言った。


「じゃあ精々あがくといいわ」 


 その後、台無しにするような捨て台詞を吐いて宮戸は去った。俺はシナリオを鞄に詰め込み、帰路についた。





「いやあ、暇だねえ」

「それ」


 いつものように人気の少ない食堂の最上階、俺はまたサークルのたまり場に顔を出していた。週に一回の部会、今日もまた何の生産性もない時間が過ぎていく。


「ねぇ昂輝知ってる?」

「なんだい?」


 花木が俺に話しかけて来た。


「佑大もうかれこれ一ヶ月くらい来てないんだけど」

「ええ、嘘だろう?」


 前に食堂で会った時も、結局あいつはここに来なかったのか。


「なんか最近佑大付き合い悪くて嫌じゃない?」


 山田が話しかけて来た。


「だよな~。俺もそう思ってたんだよな~」


 山田と共に、安藤も来た。

 ああ。これは良くない。良くない空気感が醸成されつつある。俺は瞬時に悟った。一人だけが主張するならばそれはサークルの意見としては成り立たない。だが、佑大に不信感を持っている人間が集まったら、話は変わって来る。ある一人の発言を切っ掛けに、今まで不満を持っていた人間が乗っかかるようにして悪口を言っていく。一人じゃ出来ないことも、皆となら出来る。それはいいことでも悪いことでも同じだ。佑大を追放するような、そういう土壌が、今まさに完成しつつある。


「昂輝は知らねぇかもしれねぇけどさ」


 安藤が俺を牽制するように言ってくる。お前もサークルに来てなかったからな、と言外に責めているのか。


「あいつ最近飲み誘っても来ねぇし、前とかコールしてんのに飲まなかったんよ、あいつ」

「マジ?」

「おおマジ」


 安藤は真剣な顔で言う。恐らくインターンか何かで酒に溺れられないような状況だったんだろう。


「え~うそ~、あり得ない」

「だよなぁ」


 花木と安藤が先導して首肯する。


「それにあいつ男気じゃんけんも参加しねぇんだぜ? 自分の分だけ出す、っつって本当に自分の分だけ出して帰りやがった。マジあいつふざけてるよな」


 小田、あいつはいつの間にそんな人間になったんだ。さんざ小田の悪口を言っていると、小田が部会に来た。部会は強制参加。不参加は認められない。


「おい佑大」

「え?」


 今日もまたスーツの小田が、安藤に呼ばれた。


「なんだよ、あらたまって」

「なんだよじゃねぇだろ」


 安藤、俺、花木、山田の視線が小田に向く。針のむしろだ。


「お前まえの飲み会来なかっただろ?」

「いや、講義の課題が多くて……」

「そんなもん関係ねぇだろ。飲み会は強制参加だろうが。出せよ」

「は?」

「出せって言ってんだよ」


 安藤がにらみを利かす。


「出すって何を?」

「飲み会代に決まってんだろ。強制参加なのに来なかったんだから当り前だろ?」

「はぁ!? なんでだよ! おかしいだろ!」 


 小田が声を荒げる。サークル関係者以外の人たちの視線も集まる。


「当り前だろうが。参加する飲み会に来なかったらその分の金を払う。人として当然だろうが」

「当然じゃないだろ! 参加しなかったんだから費用なんてねぇだろ!」

「そんなこと通用しねぇんだよ」


 どすの効いた声で言う。


「おかしいだろ! そんなこと聞いてねぇよ!」


 聞いている聞いてないの問題じゃない。そういうルールだ、このサークルは。


「黙れよ。いちいち言い訳すんなよみっともねぇ。さっさと出せよ」


 安藤は態度を変えない。小田に求められているのは対話じゃない。同意だ。お前の話なんかもう誰も聞いちゃくれないよ。


「おかしいだろ……」


 小声で呟きながら、小田は財布を出した。このサークルに求められているのは滅私奉公の精神だ。小田はそんな中で自分を持った。自分が貫こうとする意志を持った。だから排除された。俺たちの人生の夏休みを邪魔する人間にこのサークルにいる資格はない。ただ同じように酒を飲んで馬鹿をして遊んでいればいい。個人の意志は必要ない。それが、大学生ってもんだ。

 小田は明らかに俺たちに敵意を持った目で、わざと音を立てて、飲み会代を机の上に置いた。


「……俺辞めるわ」

「勝手にしろ……」


 小田は部会にも出席せず、踵を返した。

 小田はサークルを去った。小田の行方を気にする者は、一人もいなかった。俺は小さくなる小田の背中をただただ見続けることしか出来なかった。人の夢を壊して努力を否定するこのサークルにいるのが正しいのか正しくないのか、俺は分からなくなりつつあった。

 




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