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Thebes:「車窓」  作者: エンリコリート・ヴァシュタール
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Thebes:「車窓」-第七回

車窓」-第7回


 酒は良い。

 人間の作る糧は生きるに不必要な手間をかけるが

 その分味は良い。

 原動力を得ると言う以外に、満ち足りるものがある。

 特に嗜好品と呼ばれる類は顕著だ。

 煙草という奴は合わなかったが、だが、酒は良い。


 バナナが無くとも酒があればと思っていたが。

 だが何か無粋な者が居るな?






「────」

 気が付けば狸帽の少女が座るカウンター席の傍ら。

 彼女を覗き込むように軽薄そうなパーマ髪の男が立っている。


 彼女が手に取るはずだったグラスを取り上げ、ニヤニヤと少女を見下ろす。


「おい、よせよナルカス。そんな小さい子に」

「うっせ。だから気に入らねってんだよ。こんなガキが銀貨三枚ひょいと出して、朝から酒だァ?」


 連れ合いらしいもう一人が止めに入るも、パーマ髪の軽薄そうな男は其れを振り払う。


 少女は──男へ顔を向けもしなかった。

 カウンターに座ったまま、一切視線をくれず。


「──何のつもりですか?」


 その態度は余計に軽薄男の神経を逆なでする。

 眉を寄せ、目を剥いて。


「テメェみてぇなガキが、バカ高い酒(ビショップス)だなんて生意気だっつってんだよ! どうせ酒の味もわからねぇだろうから、このオレが代わりに呑んで、講評してやるってんだよ!」


 そう言って、徐にグラスに口を付ける。

 嗚呼。


「かーっ! うめぇ!」

「ナルカス。うちの店でやんちゃは許さねぇぞ」


 成り行きを見守っていたマスターが見かねたように口を挿むが


「うっせぇよアックス! こんなガキがポンと銀貨三枚だ! どうせいいとこの嬢ちゃんなんだろうさ。一杯くらい奢ってもらったって罰は当たらねぇだろ」


 狸帽の少女は格好こそ毛皮ではあるが、シルヴェリア人には珍しい金髪だ。

 まぁ物怖じしない態度も相まって、貴族に見えないこともない。だろうか。


 軽薄男はやりたい放題だが当の少女は、いっそ無反応と言っても過言ではない。

 事此処に至ってなお軽薄男を一瞥すらせず。


「マスター。同じものを」


 そう言ってこともなげに。

 ちゃり、と、わずかな金属音を響かせて、再びカウンターに銀貨を置く少女。


 カチン。と。

 軽薄男の激昂する音が、聞こえるようだった。


「てンンめぇぇぇ!! このガキが! バカにしやがって!」


 音を立ててグラスをカウンターに置く冷静さはあるようだが。

 何しろ顔を赤くした二十代前半くらいの男に胸ぐらを掴まれ、無理矢理席を立たせられる。


「おいナルカス! 不味いって! ホントに貴族だったら……ッ!」

「おめーはだーってろ! ヨヴァン!」


 連れ合いらしい男が再度止めようとするが、軽薄男は止まらない。

 そのまま少女を引き寄せ、無表情を覗き込む。


「おいおい黙って聞いてりゃ、アンタら──」


 ついには我関せずで一人酒を飲んでいたもう一人まで席を立ち、止めに入ろうとするが。

 彼が何かするより早く、胸ぐらを掴まれたままの少女が素早く、指先でカウンターの木板を打つのを見た。

 何だあの動き。は。と。

 はは、何だと思う?


 一人客の彼がそう訝しむ間にも、少女を挟んで彼と向かい合う形であった軽薄男が、驚愕に目を見開き。

 そのまま顔を青ざめさせ、尋常ではないほどに体中を震わせ、次第にそれは痙攣と呼べるほどのものになり、ついには白目を剥いて、その場に崩れ落ちる。


 なんだ。

 今、何をした。

 想う間にも、少女は何事もなかったかのように襟元を正し、カウンター席へと戻ってしまう。


「え、なに? ちょ、ナルカス!? あーもう、なんなのさ!?」


 気を失った軽薄男を連れ合いらしい男が介抱し、抱えあげる。


「だから飲み過ぎだって……バークボルドさん! 今日の分、付けといてください。次にまとめて払います」


 そういって少女や店に頭を下げると、軽薄男を引きずって店を出て行く。

 連れ合いの彼はそこそこ常識人のようだ。友人はもう少し選んだ方がいいと思うが。


 一変静まり返る店内。

 困ったのは一人客の彼だ。

 自分が止めるつもりだった。起こるはずだった暴力は起らず。

 やがて所在なさげに後ろ頭を掻き、成り行き上しかたなしといった体で、少女の横に座る。


「やぁ、災難だったね」

「──止めようとしてくれていましたね。ありがとうございます」


「あーいや、何も出来ませんで……はは」


 そんなやり取りを割る様に、マスターの手が差し挿まれる。


「話始まったとこ悪いんだが、嬢ちゃん。ホントに注ぎなおすのかい? 銀貨3枚だぜ?」

「男の人の舐めたモノを、口にできません」


「ふぅン。こちらとしちゃ、金が出るならどっちでもいいが、せっかくの司教の懐酒(ビショップス)だぜ」

「そっち、呑まないなら、オレが貰っていい?」

 

 マスターが新しいグラスに蒸留酒(ヴィスキ)を注ぎ直す横で、名乗りを上げるのは隣の一人客。


「……どうぞ。そんなでもお礼になれば」

「じゃ、遠慮なく」


 そう言って先ほどのグラスに口を付ける一人客。

 すげ、これが銀貨3枚の味。だなどと小声が聞こえ


「お兄さんなら、そんなお酒いつでも飲めるのでは?」

「え、なんで?」


「腰に、大層なものをお持ちで」

「ああこれ、最近手に入れたんだよ。ちょっと身に余る大物でね。オレ自身はしがない流れの傭兵さ」


「知らないで持っているなら危険な代物です。……でも、お兄さんは知ってて持っているでしょう?」

「これが。何だと……?」


 そう言って少し不敵に笑い、腰に吊り下げた長剣の革鞘をなでる。


「なんでここにあるのか。とか。それが何か。とか。わかりませんけど」

「うん?」


「神器と呼ぶに等しい魔力を帯びている。相応の剣士でなければ剣が認めない。……もし、盗品ならなるべく早く手放すことをお勧めします」

「へぇ」


 そう短く相槌を打つと、一人客の彼は面白そうに口の端を吊り上げる。

 なるほど、何故こんな酒場に居合わせたか、この男もどうやらただ物ではない。


 赤茶の中分け髪。歳は二十代前半といったところか。

 一人客の彼はもう一度グラスを傾けると、呼気、というか、溜息、というか。

 短く、息を吐いて。

 面白がるように、狸帽の少女を覗き込む。

 少女は事此処に至って未だに一人客を振り向かないが、先ほどと違い、視線だけを投げてよこした。


「それはお嬢さんもでしょ」

「私が。何だ、と?」


「何者かはわからないけど。キミ多分保護者とはぐれて、とかじゃなく、普通に一人で居るよね」

「南では珍しくありません」


「さっき。……魔術。使ったでしょ」

「まさか」


「誤魔化せると。思ってる?」

「……"恐慌(フィアー)"」

 

「なるほど、ねぇ」


 得心した様に頷く一人客。

 "言わされ"に特に気を悪くした風でもなく、少女。


 薫らせていたグラスを、そこで初めて口に運ぶ。

 香りを楽しみ、舌で味わう。

 くい、と傾けられるグラス。堂に入った所作。


 うまいだろう?

 高級蒸留酒(ヴィスキ)の代名詞、司教の(ビショップス)懐酒(・クロック)の26年物だ。うまくないはずがない。

 この深い甘味。なにより煙さ。原酒(オリジナル)特有の度の強さ。

 同意を求めるような一人客の男の表情(かお)


 しかしながら。

 次の瞬間狸帽の少女が眉を寄せ。目に涙をにじませ。少し赤ら顔で。

 なんていうか、こう。口を"え"の形でだらしなく広げ。


 嗚呼、うん。

 実に不味そうに。

 ぐぇぇぇぇぇぇぇ。って。


 散々っぱら"普通じゃない"感出しといて。

 その、まるで普通のお子様が無理矢理酒を飲まされた時のような反応に。


 マスターも。一人客も。

 一瞬ぽかんとした後。


 えええええええええええええええええええええええええええええっ!?



 だから言ったじゃないか。

 少女は酒を嗜まない。





Thebes:「車窓」エピソード

 第7回 


 キャスト


        狸帽の少女 ルコ・クロケット

       バーマスター アクセル・バークボルト

       連れ合いの男 ヨヴァン・スエーデ

          軽薄男 ナルカス・タルカ

 遅れて止めに入った一人客 リトア・ディフェンド

          語り手 オレ

 


 嗚呼、良い。

 この深い甘味! 独特の煙さ! 

 これほど身も心も酔わす蜜など他にあるまい。


 ま、ニンゲンの男の啜ったものに口等付けられんがな。


 少女にはまだ早かったようだな。

 ふふ、達観したような態度で、実のところはまだまだ子供よ。


 これがわからぬとは。

 そもそも人が作った物で在ろうにな。


 これが在ればバナナなど……


 ──いやバナナだ!

 諦めぬぞ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] つづき♪ 気長に待ってます。 [一言] つまり私は、「Thebes」シリーズが醸し出す雰囲気が大好きなわけです。 今回のこれで、自覚しましたw
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