Thebes:「車窓」-第二回
年中豪雪。
国境の山岳を境に国家全体が雪国。
シルヴェリア自治領。
の、国境の街ランス。
暖かい場所でバナナで釘を打っても、釘がバナナに刺さるだけで面白い事は何もなかった。
いや面白くなるとなんで思った?
おかしいな、面白くなるはずだったんだ。
そんな事より、そもそもこの極寒の地でどうやってバナナを手に入れるか。
問題はそこだ。
「ありがとうございます」
狸帽の少女は礼を言った。
客室までを案内した桃髪の客室乗務員。
彼女に対し、可もなく不可もなく。抑揚もなく。礼も無礼もないといった体で。
桃髪の客室乗務員はわからない程度に唇を尖らせた。
"あら、愛想のない事"
とでも言いたげだ。
「すみません」
まるで表情を読まれたような口ぶりに、桃髪の動きが一瞬止まる。
「えっと……?」
何が、すみません、なのか。脈絡をわからない体で、桃髪は疑問符を浮かべて見せるが
「昔から苦手なんです。顔に出すの。最近はそれが一層強くなって……」
そう言い分ける顔はやはり無表情。
最近、とは恐らく母の死が境。
其れはこの年頃の少女が、ある程度心を閉ざすに十分だったはずではあるが、そんな立ち入った事情が桃髪にわかるはずもなく。
都会ではありえない。こんな年若い少女が、この極寒の環境下で自活できるタフネスを持ち、かといってそれは女性にありがちな愛想による世渡りではない。
桃髪はすでに困惑顔を隠そうともしない。
「まるで"殺す為の剣"ね」
桃髪が呟いた一言に、どういうわけかここに来て初めて、露骨に少女の顔が変わる。
警戒だ。
もともと不愛想。もともと無表情。だが今は実にわかりやすく目を細め、不信を露に桃髪を見返す。
「普通の乗務員さんは──」
言いかけ、一旦言葉が止まるが、少女はため息を吐いて残りを続けた。
「──伝説の暗殺者の俗称なんて知らないと思いますけど」
彼の暗殺者がシルヴェリア出身であることは、その界隈では有名な話である。
だがあくまでその界隈ではだ。
"ああ、なんかすごい暗殺者がいるみたいね。怖いわね。名前は……なんていったかしら?"
くらいが一般の認識だ。
さらに言えば、その少女の答えを聞いた桃髪の乗務員は、何らかの確信を得た様にひとつ、頷く。
「そうね。俗称を言ったところで、その本名がさらっと出てくる女の子ってのも中々居ないわね」
大人びた妖艶さの中に、満足げな笑みを浮かべて、桃髪は口の端を吊り上げる。
対して少女は、伏せがちに眼を逸らして、ため息を吐く。
「よしましょうよ。お互い仕事中じゃないでしょ。私たち、深くかかわらない方が不利益を被らないと思いますけど」
少女は業務中の乗務員に向かってそんな言葉を吐いて、さっさと客室へ入ろうとする。
「まってよ"時計猫"――」
桃髪の乗務員の方は、しかしながらその言葉に納得しなかったようで、食い下がる様にその背を負うが
『――関わるな。と、言っている』
振り返った少女は、違う目をしていた。
最早"不愛想"では済まされない。
少女という外観に相応しくない、冷たい目をした何かが其処に居て。
はた、と桃髪が気が付いてみれば、それは先ほどまでの少女の其れとは打って変わった声音で、まるで成人した男性のような――
「貴方……何者?」
少女の態度に、乗務員は言葉以上の何かを感じている風であった。
桃髪が何もできないで居れば、狸帽の少女は"本当に子供か"と疑うほど顔を歪めたかと思うと、その下唇を噛む。
そして一言。
「――リコ」
そう呟いて、踵を返すと、さっさと客室に入り、戸を閉めるのである。
ぴしゃり。
通用路に一人残された桃髪の乗務員は、なにか抗いがたい脅威に出くわした様な怯えと、その状況を楽しむ玄人とが混在したような、絶妙な顔をして、しばらく佇んでいた。
「だれが、"顔に出すのが苦手"ですって……?」
Thebes:「車窓」エピソード
第2回
キャスト
狸帽の少女 ルコ・クロケット
桃髪の客室乗務員 ヴィアーネ・ティセール
語り手 "オレ"
まぁオレはオレだよ。
最初っからオレだって言ってんじゃん。
オレ以外のなんて名乗ればいいの。
そんなことよりバナナの話しようぜ。
あの黄色くてすべすべでなかみはふわふわであまくてとろけて――