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Thebes:「車窓」  作者: エンリコリート・ヴァシュタール
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Thebes:「車窓」-第十五回

「車窓」-第15回


 ……ん、ああ、そうだな。


 ここが前書きなのだから

 オレが言わなくてはならないのか。


 ……今日の語りはな。

 ちょっとニンゲンにはつらいかも知れん。


 別に、そうではないかも知れん。


 オレは語りたくて此処に居るが

 それを覗き見るかどうかなんてニンゲン達の自己責任(じゆう)だ。


 勝手(じゆう)だよ。






 ざり。と、音を立て、孤児院の中庭に着地する。

 同時、狸帽の少女を取り巻いていた不可思議の躍動も失せる。


 焦燥に。足早に。

 まるで当然。まるで元から開いていましたとばかりに

 ただノブを回すのと大差のない動きで無断開錠(ピッキング)して、孤児院に侵入する。


 当然のように玄関口を通り、当然のように個室への廊下をすすむ。

 途中、その姿を孤児院長に(・・・・・)咎められるのなら良い。

 そうであってくれた方が、良い。


 しかしそうはならず。

 なににも咎められることなく、孤児たちの居室。

 無遠慮にその入り口を開ける。

 こちらには鍵などなく。つまり院長が開けようと思えば孤児側がそれに抗う術など作られるわけもなく。

 躊躇いなく開ける。


「えっ」

「ルコ、どうし──」


 ぎょっとしたような、双子。

 赤い髪の孤児と同室の、双子の孤児だけがそこに居、槍の雨号に帰ったはずの狸帽に疑問を投げかけようとするも


「──マリエルは何処?」


 有無をも言わさぬ狸帽の態度に、方やびくりと竦みながら、方や怖ず怖ずと。


「──マリエルなら、さっき院長先生が(・・・・・)呼びに来て、礼拝堂に」



 答えた双子に礼も言わず、はじけるように踵を返し、礼拝堂へ駆け出した。

 "悪い予感"という奴は、この段においてもはや確信に変わりつつ。



◇◆◇◆◇



 激しい音を立てて、礼拝堂の正面扉を蹴り開ける。

 息を切らせ、その中を目にする。


 其処に在ったものを、目撃してしまう。


 堂の中央、申し訳程度くすんだ赤絨毯の敷かれたその先。

 あろうことか神前。

 聖教会宗派信仰神が一柱(ジャスティズ)の祭壇の前で。



 見覚えのある粗末な裳裾(スカート)

 捲れ上がり、乱され。

 その細い脚に分け入って。


 否定したくも、しかしどうあっても赤い髪の孤児、それを組み敷くように覆いかぶさる、孤児院長。


「あ……あ……」


 狸帽の、かすれた声が漏れる。

 しかし彼女をして、動けぬこの間に。


「む……おぉ……」


 狸帽にとって、悍ましさすら、吐き気すら催すその恍惚の声。

 醜悪な肥満体を反らせ、身を震わせる、孤児院長。


 反らせたその脇から覗く、赤髪の孤児の顔。

 それはこちらを向いているのに。

 その目はこちらを見ていなくて。


 何処も、見ていなくて。


 その瞳に、光はなくて。


 今更。この段において気が付けば。

 院長の両の手は赤い髪の孤児の細首に添えられて。



 "はぁ"


 そんな呼気と共に。

 院長の手が、赤い髪の孤児から離れる。


 ごとり。と。


 無抵抗に。

 あまりにも無防備に、孤児であったモノの頭部が、床に落ちた。



 "ああああああああああああ"


 "あああああああああああああああああああああ"


 ──やめろ。


 "あああああああああああああああああああああああああああああああああああ"



 "ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ"


 ──やめろ。壊れるぞ。少女。



 目を見開き、瞳孔が開き、焦点が震え。

 怒りに、全身が沸き立ち、毛の逆立つような感覚、空気が、揺れ。



「お……まえ……」



 ぼば。と。およそそれとは思えぬ異様な衣擦れ、気鳴りを残して。

 彼我の距離を瞬時に駆け、院長の体を蹴り上げる。

 めしゃり、と、硬化皮革(ハードレザー)のブーツがだらしのないどて腹にめり込む。


 大人と子供の体格差を圧してその巨体が浮き、其の身沈まぬ間にさらに蹴り飛ばす。


「ゲ────ぉッッッ!!!?」


 さらに追いすがり走る勢いのまま踏み抜く。振り返り、蹴る。


「お、まえ!! おまえ!! おまえ!! おまえぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」


 蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。

 畳みかけるように、腰の裏──



 "その腰の裏のモノであるとか"



 ──にマウントされた隠し鞘から引き抜いたナイフ。

 いつもの狸帽ならそれで事足りたろう。

 しかし冷静さを欠いた今、それは雑に院長の横腹を抉るにとどまる。


「ぎ!!──ッの!!!!」


 しかし身を寄せたその一瞬に、だらしのない体型から想像も出来ぬほど俊敏に、院長が狸帽の少女の髪を掴み、投げ捨てる様に振り払う。


 距離が空き、仕切り直したところで、ある意味わずかに、冷静になってみれば。

 混乱から回復した院長がよろよろと体を起こし、恨みがましい目でこちらを凝視しながら、法衣の袖から何かを取り出す。


 ちり。


 鈴の音と共に、黒装束の男が二人、天井より突如現れ、院長を庇うかのように立ちふさがる。

 ──私兵。そんなものを囲っていようとは。


 狸帽の少女。舌打ち、歯噛みし、しかし、膠着(こうちゃく)

 瞬間横目に映る赤髪の孤児。ピクリとも動かないそれを視界にとどめ置けず、目を逸らす。

 呼吸浅く、ただ怨嗟の眼差しで院長を射る。



 ──やめておけ、少女。

 お前がやることはない。



 一時の身の安全が保障され、刺し傷に息を荒げながらも、院長は手をかざし、聖句を唱える。

 見る間に。その傷が。塞がるのを。見て。

 少女はあり得ないモノを見る様に、絶句し、眼を見開いた。


「この、ガキがっ!! 調子に乗りおって……」


 院長の台詞など、耳に届かなかった。

 この下衆が、ヒトと呼ぶにも汚らわしい豚が、形ばかり聖句を唱えたとて。

 慈悲を下賜し、癒しの奇跡を起こし、その傷を塞いで見せる神とはなんだ。

 敬虔な信徒が、目の前で穢され、奪われるのを看過しておきながら。


 なにが貫く信念(ジャスティズ)



 そんな。


 そんな信仰神(かみ)など──



 ──おい、少女!


 動揺を隙と観た黒装束の一人が、ナイフを手にとびかかる。

 狸帽の少女は、反応できていなかった。


 くそ。


 肉薄する黒装束。

 少女の、その何処か呆然とした表情のまま、その真紅の双眸が、(ぼう)と灯り。

 其の左腕が、不自然に動き。

 左腕だけが、黒装束を振り払うように横なぎに振るわれ。


 それが触れるか否かという間合いで。


 黒装束は黒い何かに包まれる。

 揺らめく何か。漆黒でありながら、月光差し入るだけのこの礼拝堂の夜陰に、それはほの明るく光り。

 火だ。漆黒の炎が、黒装束を包み。

 焼かれるというほどの間もなく。それは黒装束ごとかき消えた。


 かき消えた(・・・・・)

 驚愕に目を見開いたその顔が、黒い炎に巻かれ数瞬、それが通り過ぎると、もとより何もなかったかのように、失せた。


 狸帽は眉を寄せ、その瞳から光紡が失せ。

 脱力した様に右手で(・・・)顔を覆う。


「──リコ(・・)……やめて! 私が! 私が……!」


 ──言っている場合か! 構えろ! 建て直せ!


 その間にも、黒装束のもう一人。

 一人目に隠れ迫る様に。

 くそ。専門(プロ)か。同僚の末路に眉一つ動かさず。


 どんな手も間に合わぬと思われたその瞬間に。


 どう。と、空気を揺るがし。爆発的な速度で迫り、狸帽の少女と(たい)を入れ替える赤茶髪の傭兵(・・・・・・)

 その顔に驚愕はなく、狸帽の少女。脇をすり抜ける傭兵に表情のないまま視線だけをよこし。

 すれ違う数瞬。少女の金髪が少し、ほつれ、揺らぎ、間近を通り過ぎ、交差する吐息が。



 完璧なタイミング。傭兵に反応した黒装束は流石だが。

 狙いを違え、予定より早く突き出されたナイフをかいくぐり。


 抜剣。その刀身は白光帯電し、この夜陰において眩いまでの白一色。

 斬り上げ、その体ごと両断する。

 ヒトの体ごと、軽々と両断する。


 ジバァァァァァァァッ!!


 と、いう擬音で足りるだろうか。

 炭化した断面から引火の名残だけを残し、目を見開いたままの上半分(・・・)、次いで残りが、どさりと崩れ落ちる。


 あれが。"雷刃(トオルセイヴァー)"



 コツ、と靴音。

 名残を払い、長剣を鞘に納めるその横で。窮地に現れた傭兵に礼を言うでもなく、一歩、残された院長に歩を詰める少女。


 その顔は既に無表情。

 頭を冷やしたか。まぁ、これで出し抜かれはしないだろうが。



 院長。

 "何が起こったかわからない"といった(てい)の、驚愕から我に返り。


「ひっ……く、来るな! 来るなぁ!!」


 喚くように手を振り回し、後ずさる。


 少女はそれに向かって無遠慮に二、三歩歩き。

 自身の短い裳裾(スカート)に右手を差し入れ──



 "はたまたスカートの下のモノであるとか"



 ──徐に取り出す。"炸火刺鉄(けんじゅう)"


 この時代、この場所においてそれは、およそ"鉄砲"とも呼びづらいほどお粗末な精度ではあるものの。

 一応の、曲がりなりにも矢弾──遠距離武器で在り、はたまた、こと精度を必要としない接近戦において、何をも貫き通す必殺の刺突。


 無言、無表情のままそれを院長に向け。


 ぱん!


 無造作に引き金を引く。


 ぱん!


 無感動に引く。


 ぱん! ぱん! ぱん!


 何度も引く。


 ぼちゅ。じゃぷ。と、ざるに狙った弾丸が院長の腹に風穴を開ける、気色の悪い水音が。

 幸か不幸か、精度の所為か、少女の手が震えている所為か、それは数歩の距離であるにもかかわらず、致命的な何処にも当たらず。


 放って置いても絶命するだろう。しかしながら今現在、未だ以て院長は生きていた。



 ──もういい。


「ぉ、ご。……た、ふけ……ころひゃな……で」



 つかつかと最後の数歩を詰め、瀕死の院長の襟首をつかみ上げ。


「な、んで。まだ生きているの。マリエルは! 私の大切なものはあんなにも簡単になくなってしまうのに! 命乞いすらできなかったのに!」



 ──もう、いいんだ。少女。



「お前の様な下衆が! なぜ! まだ生きているの! なんでまだ死んでいないの! 生きようと足掻くの!」


 喚くように叫び、炸火刺鉄(けんじゅう)──回転弾倉(シリンダー)に一発だけ弾丸を残したそれを。その銃口を、院長の額に押し当てる。 


「死ね!! 死ねよ!! 死──」


 ──もう、やめろ。


「──やめて」


 ──お前が手を汚すことはない。


「やめて!! リコ(・・)!! 私が──」


 お前が──


 再び。

 狸帽の少女の。その真紅の双眸が、闇に、ほの明るく灯り。

 見開かれていた両の瞳が、すぅ、と、細められ。

 

 院長に突き付けていた銃口が。右手が。ゆっくりと降ろされて。

 かわりに、ゆらりと、まどろむ様な速さで左腕が持ち上げられ。



『お前が──負う事はないんだ』



 少女がするには。少女の今までを振り返るに。

 彼女が、絶対にしない様な(・・・・・・・・)微笑で。


 少女の姿をした何かは、院長の顔面を掴み上げて。



『絶望しろ』



 それは。

 装甲客車で度々、何処からともなく聞こえていた、男性の声で。


 掴み上げられた院長の、その目が見開かれ、しかし言葉もないうちに。

 それは、端から黒い塵となって、さらさらと。


 さらさらと。


 さらさらと。解けて消えた。



 狙ったかのような角度で、月光。

 礼拝堂の高窓を抜け、少女を照らし出す。


 貴族じみた金髪。真紅の瞳。微笑。

 震えるほど、美しく。



 しばしの静寂を割って、足音。

 ざり、と、身じろぐ音。傭兵。


「嬢……君は、何者なんだ……」


オレか(・・・)……?』


 疑問符すらつかぬ、独白のような呟きに。

 月明かりに照らされた、幻想的な何かが振り返る。

 逆光に(ぼう)と浮かび上がる、真紅。



『……そうだな。オレ(・・)は』



 その口角が、少女には有り得ぬ角度に釣りあげられ。



『──大陸魔術協会、認定魔王(・・)が十三』



 もったいぶった、肩書(まえおき)





『 "悪意" エンリコリート・ヴァシュタール 』



 少女は。微笑んだ。 




Thebes:「車窓」エピソード

 第15回 


 キャスト


      狸帽の少女 ルコ・クロケット

     赤茶髪の傭兵 "雷刃"リトア・ディフェンド

       孤児院長 ラストン・ボゥウェイン

       "ご婦人" セント・ジャスティライト

            教会孤児院のマリエル

        黒装束 ジェダ

        黒装束 ゲラン

      双子の孤児 トマシュ

      双子の孤児 ラヴィク


        語り手 大陸魔術協会認定 第十三位

            "悪意の魔王"

            エンリコリート・ヴァシュタール




 ──…………。


 あー。だからさ。

 何度も言ったじゃあないか。オレはオレだって。


 ほら毎度語り始めの上の方に書いてあったじゃないか。

 "作者:エンリコリート・ヴァシュタール"って。


 ニンゲンたちがこの語り聞かせを。

 あまりにも出来の悪い三人称だとか。

 所謂"神視点"一人称だとか。

 そんな風に思っていてくれたのなら

 オレの企みって奴は万事つつがなくうまくいっていたわけで。



 つまり最初から。

 ある"誰か"の語りを除いて

 狸帽が"リコ"と呼ぶ"もう一つの人格"とでも言おうか。

 


 オレ(・・)の、一人称であったというわけだよ……。



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