Thebes:「車窓」-第十回
「車窓」-第10回
気休め、しましょうか?
おいおい何を考えている、少女。
父親を捜すんだろう?
他人にかまけている暇が、そんな余裕があるとは思えないが。
「──で、在りますから、私共としましては余裕のある方々から、心ばかりの施しなど在れば大変助かるのですが……」
オブラートオブラートオブラート。
包んで包んでオブラート。
真ん中の苦みがわからないように。
元の悪意が見えないように。
一夜明けた翌朝。
実に回りくどく、遠回しな"助けてやったんだから当然お礼にお布施するよな?"っていう孤児院長の無心に辟易としながら。
しかしながら実にうまく顔に出さず。さらに言えば出すべき愛想もまた出さず。
狸帽の少女は無感動に、院長の差し出す籠に銀貨を置いた。
ここでの施しは孤児の少女たちに届かぬ。
この籠にどれほど高額を注ごうとも、昨日見た赤毛の少女の腹は満たされぬ。
◇◆◇◆◇◆◇
「これが、キミの言う"気休め"かい?」
「……これだけではないですが、そうですね」
籠に銀貨を置いた、その早朝。
狸帽の少女は布施を募る孤児たちに同伴した。
孤児たちと同様に籠を持ち、布施を募る。
これによって、根本的な解決にはなるまい。
今日一日、いつもよりわずかばかり布施が増えたところで、孤児たちに配当されるものは増えたりしないだろう。
しかしながら、自分たちの仕事を手伝う者がいる、と言うだけで心癒されるものが有るものだろうか。孤児たちの表情は昨日見たそれよりも、幾らばかりか明るかった。
「手伝ってくれてありがとうね、えっと……」
「……ルコ・クロケット」
「ルコちゃん。……私はマリエル。こっちはトマシュ、とラヴィク」
赤毛の少女より一間回り小柄な、ほとんど見分けのつかない平凡な茶髪の少年たち。紹介に応じてぺこりと頭を下げる。
「傭兵さんもありがとうございます」
暗に"昨日のことも含めて"と頭を下げる赤毛の少女。
赤茶髪の傭兵は少女の言に、少しだけバツが悪そうに頬を掻いた。
「リトア・ディフェンドです。……まぁ、俺は嬢についてきただけだよ。そも、大人が同伴していたら布施が減ってしまうかな」
──ほう?
事此処に至って初めて名を名乗った傭兵に、狸帽の少女は一瞬、僅かだが目を見開いて、傭兵の顔を振り仰ぐ。
そしてすぐに、明ら様に顔を逸らす。
傭兵も傭兵とて、狸帽の態度に一瞬ぴたりと動きを止め、視線が二度三度右往左往したあげく、口を半開きにしたまま、これまた顔を逸らすのだ。
つかず離れずの恋人みたいなやり取りは、しかしながら少女の年齢や、そもそもの態度が何の雰囲気も生み出すことを許さなかったが。
「そうですね。その可能性は大いにあります。……傭兵さんは少し離れていて頂いてもいいですか?」
「あ、はい」
対して悪びれた様子もなくそう言い放つ狸帽に、傭兵は頬を掻いて従った。
かくして通り対面のベンチに傭兵が腰を落ち着ける一方で、孤児たちの布施を募る声が再開される。
しかしながら布施の見入り芳しくなく、昼近くになるころには今日も今日とて、降雪。絶望的に足りていないのは"愛想"であると気づいてか気づかずか、少女は顔をしかめて空を見上げた。
"そんな顔したら寄り付くものも寄り付かぬだろうに"
傭兵が苦笑いしてそれを眺める中、狸帽の少女は何かに思い至ったような顔をし、そそくさと毛皮の外套を外し、狸尾飾りの帽子と共に脇のベンチに重ね置いた。
"違うそういうことじゃない"
傭兵の彼氏もそう思ったろう。
少女は長袖ながら襟の開いた、そう厚手でもないワンピースの様な丈長の上着に、長い裾からわずかに覗くスカート。ミニスカートと言って差し支えなさそうな膝上丈の其れは、防寒の意味では上着に隠れてほとんど機能を成していない。
その下にタイツでも重ねているかと言えばそうでもなく。この南方、シュヴァイツ市においてめずらしくも白い素足を晒す。
前にも述べた様に、狸帽の少女の外套の中は、とてもではないが寒冷地でする格好ではない。
……。
いやいや、しかしながら。
狸帽の少女の、その見た目のイメージを"南方の蛮族"足らしめているのはその毛皮である。
毛皮を纏わぬ少女はその整った顔立ちや、出生にそぐわぬ金髪も相まって、幼いながらも"見目麗しいお嬢さん"だ。
雪の降りしきる中、まともな防寒着すら着せられず、布施を募って回る幸薄そうな美少女。──に、見える何か。
白い息の向こうの無表情は、寒さに耐え忍ぶ"健気さ"として上手くかみ合ってしまったようで。
あれよという間に、布施は投げ入れられた。
上目遣いに浅く頭を垂れる少女に、人々はさも不憫そうに眉を寄せ、しかしながらその表情の中に"良いことしたな"という満足感をにじませて。
"勝手な愉悦だ"
狸帽の少女は人知れず、ため息ともつかぬわずかな呼気を吐いて。
だが、愛想すら払わずして金銭を得ている。
その愉悦が特にこちらに実害ある訳でもなく、無条件に籠に投げ入れられる硬貨たち。
浅く下げられた少女の頭。
さらりと揺れる金髪。
白い素肌。
降り始めた雪に、溶けて消え失せてしまいそうな儚さ。
何気なく上目遣いに向けられる眼差し、その瞳だけが真紅。
◇◆◇◆◇◆◇
「すごいよ!ルコちゃん!」
「……そう」
籠を覗き込んで喜色満面の赤髪の孤児。
布施を募り終わって、昼三時も回ったか。
簡素な網籠には不釣り合いな額の布施。
大小銅貨が多くを占める中、稀に銀の混じるそれ。
不憫に思って布施を投げた旅客が見たらなんと思うか、狸帽の少女はしれっとした顔で毛皮を羽織りながら、籠を覗き込む。
「いつもは、どのくらい?」
「銅貨がほとんど。額で言うとこの五分の一くらい」
苦笑、しながら、赤い髪の孤児は言う。
其れを聞いた狸帽の少女は、徐に籠から貨幣をすくいあげ、目を丸くする孤児たちの目の前で少しずつ硬貨を籠に戻してゆく。
銅銀バランスよく。不自然にならないように織り交ぜて。
そうして狸帽の少女の手に四、籠に一となったところで、孤児たちに向き直る。
「今からこれで美味しいものを食べに行きましょう」
其の段においてなお、表情を変えず、そんなことを言うのだ。
赤茶髪の傭兵を含め、一同が唖然とする中、狸帽の少女は赤い髪の孤児を手招く。
なにを、と、身を寄せた孤児に、狸帽は何でもない事のように囁いた。
「今日、私は布施を募るのを手伝わなかったし、いつもより布施が多く集まる事もなかった」
そこで、ようやく──
"笑おうとして失敗しました"みたいな、口の端は釣りあげるも、眉が寄ってしまったような、苦笑。
「だからこれは、院長さまにはナイショ。 良い?」
「────……」
赤い髪の孤児は目を丸くしたまま、ごくりと喉を鳴らし、わずかに頷いた。
なるほど。
……なるほど、"気休め"か。
Thebes:「車窓」エピソード
第10回
キャスト
狸帽の少女 ルコ・クロケット
赤茶髪の傭兵 リトア・ディフェンド
孤児院長 ラストン・ボゥウェイン
赤い髪の孤児 マリエル
茶髪の孤児 トマシュ
同じ顔のもう一人の孤児 ラヴィク
語り手 オレ
世に不条理。
憤慨やるせなく。
孤児院とは名ばかりに、院長が孤児から搾取していることは明らかだ。
だが、それがどうした。
孤児たちは搾取されるとともに、そんな腹黒に守られていることも事実なのだ。
部屋を追われれば即日凍え、教会の名を笠に着なければ布施も募れまい。
悪を正す、と、弱きを救う、は違う。
少女も、この傭兵も、よくわかっているじゃあないか。




