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Thebes:「車窓」  作者: エンリコリート・ヴァシュタール
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Thebes:「車窓」-第九回

「車窓」-第9回


 無知ゆえの純粋。


 疑いようのない腹黒。


 無害を装う曲者。


 さていつまでも狸寝入りはできんぞ。

 狸なのは帽子だけにしておかないか、少女?






 目覚めぬ狸帽の少女。

 一人客の男改め、赤茶髪の傭兵。

 孤児の少女から差し入れられた昼食は狸帽の少女の分だけを受け取り、自分の分は丁重に断る。


 粗餐と思われでもしたか、と肩を落とす赤髪の少女を傭兵が呼び止める。



「いいかい? スープはこの場でお食べなさい。パンは部屋へ持ち帰って、ルームメイトと分けなさい」

「!」


「院長様には、内緒だ」


 鼻先で人差し指を立てる傭兵の提案に、驚いた表情を見せる赤髪の少女。

 伺う様な視線をしばらく向けた後、おずおずとスープに手を伸ばす。一度匙を含んでしまえば、後は早かった。

 がっつくよう豆のスープを平らげる少女を見ながら、傭兵は顔をしかめた。


 なるほど。

 ──なるほど。まぁ知った事ではないが。



「あ、ありがとうございます……」



 "食ってしまって今更だが"

 と、悪びれた様に言葉を零す赤髪の少女に、傭兵は先ほどと打って変わった作った様な笑顔を向け、髪を撫でた。

 雑に平らげられたスープの椀の縁だけをふき取り、"綺麗に食った"ような形を作り、少女の口を拭う。


 見れば、服装もお粗末ながら、雪国ゆえか着重ねだけはしていた。

 傭兵は残ったパンを"衣服のしたに隠して持ち帰り、大人に見られないように食べなさい"と伝え少女に渡し、帰した。




◇◆◇◆◇◆◇




 狸帽の少女、目覚めぬまま午後も中ごろ。

 院長が部屋を訪れた。



「聞けば、行きずりの関係ですとか。傭兵殿にはご予定もありますでしょう、後はこちらで──」

「いえ、気ままな傭兵稼業。今現在行く当てもありませんし、嬢とは一時とはいえ同伴の好、このまま待つつもりです」



 赤髪の少女から聞き出しでもしたか、傭兵と狸帽の少女が無関係と知るや、いそいそと。


 言葉を遮りながら、はっきりと断る傭兵。

 一見無害そうな笑顔を崩さないのは流石とでも言おうか、しかしこの腹黒。方眉がピクリと震えるのを、傭兵も見逃さなかったようだ。



「そうですか。ではごゆっくりと」



 スゴスゴと、とでも言おうか。踵を返し、部屋を後にする孤児院長。部屋を訪れた時より足音が高いのは気の所為ではあるまい。

 さて、傭兵が引き下がれば、どうしていたものか。


 来訪者去りて、再び静まり返る室内。



「さて、そろそろ良いんじゃない? お嬢さん」

「そうですね」



 応を返す者などいないはずの其れに、しかしさも当然のように。


 見れば、傭兵の目の前で狸帽の少女はむくりと体を起こす。

 流石に酒は残っているのか、重そうに額に手を当てながら。


 ベッドの上で上半身だけを起こし、気だるげな横目を傭兵に向ける。



「居てくれて助かりました」

「そりゃどうも」


「出来れば、アレに触れられたくはなかったので」

「"アレ"ね」



 視線を逸らし、辟易とため息を吐きながら、傭兵。

 少女はかけられた毛布を抜け、ベッドわきに脚を下ろす。

 部屋の両側に置かれたベッド。それぞれに腰を下ろし、向かい合う。



「私の分も、渡していただければよかった」



 脇に置かれた膳を見て、狸帽の少女はぽつりと零す。



「そ? まぁ確認の取りようもなかったしね。食べるかい?」

「ください」



 盆ごと差し出されたその食事を見下ろして、豆のスープの椀を持ち上げる。

 盆には匙が置かれていたが、狸帽の少女は雑に椀を傾けた。


 ぐびり、と喉が鳴り、やはり少し雑に盆に椀を戻す。

 そして先の蒸留酒(ヴィスキ)の時とは違い、可愛さのかけらもなく顔を歪め、僅かにむせ返ったように咳払う。



「そんなに不味いのかい? なら無理して食べなくても──」

「いいえ。──彼女に渡せなかったのなら、ここで消費しなければ」



 彼女、とは赤髪の少女の事だろう。しかし"消費"ときたか。

 狸帽の少女は顔を歪めながらスープを飲み干し、続いて手のひらほどの大きさの丸いパンに手を伸ばす。肉でも噛み千切る様に齧り、大きく咀嚼する。


 これが、孤児たちの食事情。

 いや、これすら、客向けの其れ。



「さて、どうする?」

「っ……っ……」



 傭兵に問われ、咀嚼したままの少女は上目遣いに視線だけ返す。


 "どうする、とは?"


 目だけで聞き返す少女。

 傭兵は孤児院長の去って行った廊下を指し、方眉を吊り上げる。



「悪徳院長に、天罰」

「しませんよ、そんな事」



 "できませんよ"ではなく。

 しかしはっきりと否定する少女に、傭兵は意外そうに眼を見開く。

 納得がいかないように、狸帽の少女を覗き込んで続ける。



「あの子たちの扱いを見て、人情とかは……?」

「…………」



 話す間にも食べ終えた少女は、手の甲でこれまた雑に口元を拭うと、ジト目と言おうか、責めるような目を向ける。



「私は人を裁く立場ではないし、そこまでの義理もない。そも、あの院長を成敗したところでどうなります? あの子たちは明日から硬いパンすら施されなくなるだけです」



 かすかな苛立ちを含んだそれは、彼女にしてはやや饒舌な言葉となって吐き出される。

 


「酔いつぶれたキミをここで介抱しようと言ってくれたのは、あの孤児の女の子だぜ?」

「──そこまでの義理ではない、と、言いました」



 それを。

 狸帽の少女が顔を歪め、眼を反らして言うのを見て。


 "なるほど、狸帽の少女とて、院長の孤児の扱いに憤りがないわけでもない"


 そう読み取ったのか、傭兵は鼻を鳴らして、乗り出していた身を引いた。



「私は数日後にはこの街を離れます。許せないのなら、貴男があの院長を排除したうえで、子供たちのその後のお世話もしたらいいじゃないですか」

「自分とてそうしたいのはやまやまだけど──って?」


「そうは言ってませんが」

「いや、俺もずっとこの街にいるわけじゃない。キミの言う事はもっともだよ」



 燻ったように、傭兵は引き下がる。

 目を瞑って、深く息を吐く。



「なにか、してあげられることはないかな」

「気休めですね」




「……気休め、しましょう」





Thebes:「車窓」エピソード

 第9回 


 キャスト


        狸帽の少女 ルコ・クロケット

       赤茶髪の傭兵 リトア・ディフェンド

         孤児院長 ラストン・ボゥウェイン

       赤い髪の孤児 マリエル

          語り手 オレ

 



 

世に不条理。


憤慨やるせなく。


孤児院とは名ばかりに、院長が孤児から搾取していることは明らかだ。

だが、それがどうした。

孤児たちは搾取されるとともに、そんな腹黒に守られていることも事実なのだ。

部屋を追われれば即日凍え、教会の名を笠に着なければ布施も募れまい。


悪を正す、と、弱きを救う、は違う。

少女も、この傭兵も、よくわかっているじゃあないか。 



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